(3)

 三人は食事を終えると、腹が満たされたのもあって、しばしの休憩を取っていた。

 アディーは爪楊枝で歯を掃除しながら、


「なあ。この辺ってじいちゃんばかりいるよな。じいちゃんたちなら、もしかして、アマテラスプロジェクト以前の話、よく知ってるんじゃねえか?」


 と、シーシーと云いながら、机に突っ伏していた。ロキも、意外とボリュームのあったオムライスで満腹になった腹を押さえながら、


「確かに、そうかもしれないね」

「ならさ。ここの店長に聞いてみねえ? 店長ー! ちょっと良いかい?」


 有無と言わさず、アディーは店長である老人に声を掛けると、店長は「なんだい? 注文かい?」と、よぼよぼと伝票を持ってロキたちの方へと近づいてきた。アディーが、


「いや、ちょっと聞きたいことがあってね。じいさん、良かったら長話になるかもしんねえからそこ座ってくれよ」


 言って、手を対面の椅子に向けると、店長は「ほう。たまには若い者と話すのも悪くないな」とどっこいしょと椅子に腰かけた。

 ロキも傍らに置いてある水をごくりと飲むと、店長に話掛ける。


「あの、俺たち、アマテラスプロジェクトの真意というものを知りたくて旅をしているんですけど、二十年前以前はどんな様子だったんですか? この辺りなんか農村だし、どういう生活をしていたのかなって思いまして」


 それだけ言うと、店長は、「ふむ」と考える形になり、ゆっくりと話し出した。


「わしは、もう今年で七十歳を超えた。あれはわしがまだそれでも身体の自由が利いていた頃だった。それまでは皆、地主殿がこのユートピアをいちから地盤を築いて統治し、男も女も平和に暮らしておった」

「地主、ですか」


 ロキが答えると、店長は「うむ」と言って続ける。


「地主殿の名前はマホーンと仰った。ジェフ・マホーン殿だ。おそらくアメリカ系の方なのだろうな。お名前がそんな感じじゃった。その方は、このユートピアがまだ名前が無い頃に、ここに移民され、各地を廻っては、税金制度を整え、それから医療福祉の無料化を進めておられた。そのお陰で、我々がこの地で生き残った者でも、暮らしていくには十分なものを得ることが出来ておった。少子化が進んでいたから、医療福祉の無料化はそれだけこの世界に貢献したと云える」


 店長は遠い目で窓の外を眺めていた。ロキは、そんな過去があったなんて、全く想像が付かなかったが、確かに、そういう過去がなければ、今ここにいる老人たちは存在しないのかもしれないと納得がいった。


「では、そのマホーンという地主はどうなったのですか? 二十年前に何があったのです?」


 ロキが訊くと、店長は難しい顔に変わり、


「ジェフ・マホーン殿が崩御されたのだ。それとともに、アマテラスプロジェクトというものが統治する国へと変わったのだ。マホーン殿はかなりのお歳だったからな。その崩御の隙を狙った輩がその地位を奪い取ったのだろう。誰だか正体は分からないが、マホーン殿には息子がいた。一説にはその息子が政治に関わっていたということも聞いておる。だがそれは噂でしかない。誰も知るものはいないのだ……」

「じゃあ、今のアマテラスプロジェクトはそのジェフ・マホーンって人の意思とは違う方向に移行され、男だけがビーナスに追われる日々が突然現れたってことなのか?」


 アディーが口を挟む。それに店長も頷き、


「ああ。あれは本当に突然だった。アマテラスプロジェクトが開始された時に、女は村からどこかの役人のような人間に連れ去られたと思ったら、ビーナスという女のクローンがあちこちに出現した。我々、農民にはあんな狂暴な輩と戦う術はなかったし、当時それでも若い男たちがビーナスに挑んではいたが、次々と死んでしまった。あれは悲惨な光景だった」


 店長の瞳がどこか潤んでいるように思えた。ロキは再び水を口にすると、老人の店主に、


「貴重なお話有難うございます。じゃあ、やはり、アマテラスプロジェクトを統治している張本人に関する情報は当時から規制されているということなんですね?」


 ロキは真剣な眼差しで言う。店長もこくりとゆっくり頷くと、


「そうじゃ。誰にもこの陰謀の本当の意味も知らない。我々がただただ、何かの実験材料にされているようにしか思えんのだ。ジェフ・マホーンの息子、名も知らぬその男であれば何か知っているかもしれんがの……。どこにいて、何をしているかはわしらにはわからん」


 そこまで言うと、店長は深いため息を漏らした。ロキが、老人のか細い手を握り締め、


「わかりました。俺ら、必ずこのアマテラスプロジェクトの真実を暴いて、皆さんをこの地獄から解放すると誓います。ご協力、感謝致します」


 そこまで言うと、店長はロキの顔をじっと見つめ、


「……お前さんの顔。どこかで見たような気がするな。はて、どこだったじゃろう。いかんな、もう歳をとってしまって記憶が曖昧ですまない」


 言うと、アディーがロキの肩を叩き、


「とりあえず、やっぱり二十年前まではここは普通の国だったんだ。その二十年前にマホーンって人が死んだとき、何があったかもっと具体的に分かれば、アマテラスプロジェクトのことももっとわかるはずだよな! 希望は見えてきたな」

「そうだね。とりあえず、村の人にもう少し話を聞けると良いんだけど……」

「村人はわしと同じくらいの情報しか持っておらんと思うぞ」


 老人の切実な言葉にロキは「そうですか……」とただ答えるしかなかった。


 その時だった。店の入り口から銃を持った管理者が勢いよく中に入ってきた。


「おい! そこの三人! お前たち、B地区補給地区での反乱を起こした張本人らしいじゃねえか! 貴様らを確保する!」


 言って、手錠を持って入り口を塞いだ管理者。ロキたちは「まずい!」と口にすると、スタンブレードを構えた。すると、老人の店主が、立ち上がり、管理者の方へと向かって行こうとした。


「おい、じいさん! 危ねえって!」


 アディーが叫ぶと、店長は管理者に見えないように、手を後ろにして、キッチンの方を指さした。それから管理者の前に立つと、


「管理者殿。ここは休憩所だ。せめてゆっくり飯だけでも食わせてやらんか」

「何を言ってる、じいさん! あいつらは……って、おい!!」


 店長が、管理者を立ち往生させている間に、ロキたちはキッチンの方へと消えた。ロキは心の中で「おじいさん、有難う」と呟くと札束をキッチンに置いた。その奥へ進むとそばに裏口があるのが見え、そこから三人は無事脱出することができた。


 それから三人はバイクのあるところまで走った。後ろから管理者が迫ってくる。


「ロキ! 早く乗れ! 急ぐんだ!」

「イロハ! 早く!」

「あう!」


 三人は飛び乗るようにバイクに乗ると、そのまま急発進した。

 後ろから管理者がパンパン、と銃を撃ってくる。どうやらここの農村はこのぬぼっとした管理者一名だけのようで、なんとかその場を切り抜け、補給地区の外へ出ることができた。


 外は道路が広がっていた。


「アディー、とにかく飛ばしてくれ! この道路ならスピード上げれるだろ!?」

「そんなことわかってらあ!」


 言って、アディーのバイクは咆哮を上げる。山の道路だから、あちこちうねってはいるものの、アディーのバイク捌きで遠心力がきついが、左右に身体を持っていかれないよう、イロハを抱きしめながら、ロキはバイクの縁に捕まった。


「飛ばすぞー!」


 言って、アディーが道を進んでいくと、急にサーマルセンサー探知機が鳴りだした。


「くそ! こんなときにビーナスのお出ましかよ!」


 アディーが叫ぶと、ロキは周囲を見渡した。その時、森の陰から、三人のビーナスが突然現れ、三人を囲んだ。

 ロキは、弾薬を腰から素早く出すと、それに火を点け、放った。


「逃げろ! アディー!」

「言われなくてもそうする!」


 ドカン、と弾薬が弾ける音がして、それと同時に真っすぐに進むバイク。なんとしても、ここから逃れなければ、戦闘を回避することはできない。バイクを操縦しているアディーに戦闘させるのは無理だし、ロキはビーナスを殺すつもりもない。

 アディーは焦燥の中、精いっぱい飛ばすと、煙が晴れてきたあたりで、人影を見つけた。そう、あのミルコだった。


「ゴー。ファイア」


 静かに、死の宣告を告げるミルコの合図で、後方で弾薬から逃れたビーナスに向かって、目にも止まらぬ速さでオオカミが駆けだした。

 それからロキは後ろを振り向くと、ビーナスの断末魔とともに、ビーナスの死骸が転がった。

 アディーは急ブレーキを掛け、同じく後方に目をやる。イロハが「あう!」と言って、ロキの腕の中にぶつかった。


「み、ミルコ……」


 アディーがそう呟くと、ミルコはトコトコと歩いて、「カムヒア、ファイア」と告げた。それからアディーはバイクを降りると、ミルコの身体を持ち上げ、高い高いをする要領で、


「やった! さんきゅな、ミルコ! また助けられちまった! うえーい、うえーい!」

「……ちょっと。やめてくんない……」


 ミルコは嫌そうに顔をしかめる。ロキも降りて、後方にいるビーナスたちの亡骸を見た。……また死人が出てしまった。そう思うとどうしても胸が痛む。すると、ロキはミルコの方へ向かうと、


「なんで、そんな躊躇もなく殺してしまうんだよ! 君は!」


 叫んだ。分かってる、助けてくれたのは分かっているが、ビーナスが血に染まっているのを見ると、どうしてもこの言葉を投げつけたくなってしまう。ミルコは「?」と首を傾げた。


「……何言ってるの? ビーナスを駆除するのは当たり前でしょ……。あんた、何? ビーナスのこと、人だと思ってるわけ?」

「っ!」

「だから、ビーナスと旅してるってことなの……?」


 ミルコとロキの間に険悪な雰囲気が漂う。アディーは咄嗟に、


「な、なあ、ミルコ! こいつはちょっと訳があって、人やビーナスが死ぬところを見るのが嫌なんだ。っつーことで、さっきも今もすまん。良かったら、お前がさっき言ってた研究ってのに役に立つかわかんねえけど、ちょっと話できねえかな? 俺ら、アマテラスプロジェクトをぶっ潰したいんだよ」


 アディーが重い空気を破るようにそう言うと、ミルコは「ふうん」とどこか興味をそそられたかのように、イロハのことを凝視した。


「……まあ。情報次第では、協力してあげないこともないよ。僕もこんな世界クソだと思ってるから」

「そうか! 良かったな、ロキ!」

「あ、でも。そのロキって人。情緒不安定ぽいから、僕は苦手だよ……」

「は、はあ!?」


 ロキがミルコのけん制に対して、声を荒げた。確かに情緒不安定に見えないこともない。ロキは納得がいかない、といったふうに、


「俺だって君のこと百パー信用してるわけじゃないからね! 言っとくけど、イロハには手出しさせないから!」

「……ハイハイ。で、着いてくんの? どうすんの。そもそもなんでこんな道路にいたわけ……バカなの?」


 言うと、アディーは不思議そうな表情を浮かべ、


「え、だって、道路が整地されてるならそこ下るほうが早いと思ってな」


 言うと、ミルコは嘆息して、


「この辺は老人ばかりで、業者が道路に通るわけ。だから、その業者を狙うのが確実だから大勢のビーナスがここら辺には待機してるんだ。確実に人間を殺せるからね……。だからバカなのかなって」


 ミルコはファイアの頭を撫でながら、トコトコ山道を歩いて行った。アディーは「なるほど……」と呟くと、ロキはアディーの耳元で、


「バカって言われてムカつかないの、アディーは」

「別に、俺、バカだって自分で思ってるしなあ」

「楽観的バカが!」

「お前も情緒不安バカが!」


 言い合ってると、ミルコがまた嘆息して、


「で、着いてくるわけ?」

「い、行くよ!」


 ミルコが振り向いて淡々と告げるのが癪に障り、ロキが叫んで答えた。ロキはアディーを捕まえて一緒にバイクを押して山の中へと入って行った。イロハも真似してバイクを押していた。

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