第4話 最強であることにまだ気づかないようです
「グルルルル……っ!」
物音のした場所に視線を送ると、そこには白い狼の姿があった。
恐らくはコイツがエリスを襲った奴で、追いかけてきたのだろう。
大きさは普通の白狼の3倍近くあって、とにかくデカい。
ってか、これってヤバくねーか? いや、ヤバすぎるだろ!?
だって俺は丸腰のレベル1だぞ!?
ええい! ここは困ったときの老師だ!
老師! 俺は太公望から攻撃用のスキルはラーニングしていないのか!?
――回答:プレイヤーサトルであればこの程度の魔物にスキルを使う必要は結縺?@t隲、i蛹∵じ邵コ蠑
また文字化けかよ! ああ、もう……使えねえっ!
くっそ……っ! こうなりゃヤケだ!
と、俺は狼の前に立ちふさがった。
「こっちだ! こっちに来い!」
大声を出しながら、俺は駆け出した。
やろうとしていることは単純だ。このまま注意を惹きつけて、走って逃げるだけ。
そんでもって、エリスから少しでもこの狼を引き離すって算段となっている。
さすがにエリスを放置して一人で逃げるわけにもいかんし。俺にはおとり役くらいしかできることもねーからな。
「グルルーーっ!」
良し、巨大白狼が食いついた! 俺を追いかけてきているぞ!
そして、ダメ押しだとばかりに、白狼を挑発するためにさっき拾っておいた石を投げる。
石の命中を確認もせずに一目散に進行方向に向き直って全力ダッシュだ。
この場合、当たるかどうかは問題じゃなくて相手の注意をひければいい。
どの道石が当たろうか当たるまいがダメージなんて皆無だろうしな。
だったら、とにもかくにも脱兎のごとくに全力ダッシュだ。
走る。
走る。
ただただ、ひた走る。
狼相手に追いかけっこなんて自殺行為だとも分かっている。
我ながら馬鹿だと思うが、でもやっぱり女を見殺しにするようなことはしたくねーし。
と、しばらく走ったところで俺はチラリと背後を振り返った。
「あれ……?」
狼の姿が見えないぞ?
はてさて……どうしたことか?
周囲を警戒しながらエリスのところにゆっくりと歩いていってみるが、やはり狼の姿は無い。
「あの……」
「あ、起きたんだ?」
はたして、そこには起き上がったエリスの姿があった。
寝ている姿も可愛かったが、この子はお目目パッチリでマジで可愛いな。
でも、本当に狼はどこに行ったんだろう?
俺の頭は疑問符に満たされたのだった。
☆★☆★☆★
「うーん……恐らくはメラニッシャーの果実だと思います」
ぴょこぴょこと動く耳。ふりふりと動く尻尾。
獣人らしくそんな感じのエリスは神妙な面持ちでそう言った。
「メラニッシャーの果実?」
「はい。この辺りに自生する幻覚作用のある果実です。赤い果実に心当たりはありませんか? 白狼はあの匂いを嫌がるんですよ」
あー、そういえば今朝、何か変な味の果物を食べたな。
この世界に来てから似たような形の果物を食べたことがあるから、あれについてだけはイケると思って口に入れてみたんだ。
「ああ、確かに心当たりはある」
「白狼と言えば相当な高位の魔獣ですからね。高レベルの戦闘職でもない人間が狙われて生きていられるはずもありませんし、消えたのはそういうことでしょう。ともかくありがとうございます。高位の回復職の方にこんなところでお目にかかるとは幸運でした」
いや、回復職とかその辺は俺にも良く分からんのだけどな。
老師曰く、太公望のスキルをラーニングしただけって話だし。
「いや、こちらも助かるよ。エリスちゃんが人里まで案内してくれるんだろう?」
「はい。とりあえずはお礼もしたいので私の里に向かいましょうか。しかし……」
「ん?」
「先ほど伺ったお話からすると、そのあと人里に戻すにしても元にいた人間の街に戻るのは不味いのではありませんか?」
確かにそれはそうかもしれない。
ヤリサーの連中は俺を殺そうとしたわけだしな。
で、連中は一応、世界を救う勇者ってことになってる。味方を裏切って殺そうとしたなんて噂が立って評判が落ちるのも不味いだろう。
と、なると、奴らに俺の生存が知れると……うん、ガチで殺しに来そうな感じはするな。
「そりゃ確かにそうだな」
はてさてどうしたもんか。
と、俺が困っていると、エリスはニコリと笑った。
「幸い私たち猫耳族の里は男手が足りませんし、長期間身を寄せることはできると思います。まあ労働はしてもらうことになると思いますけど、その間に今後の身の振り方を考えられてはいかがでしょう?」
「そりゃあ、ありがたい! 是非ともお願いするよ!」
サイド:太公望 ~サトルが猫耳族の里に向かった数時間後、エリスの倒れていた場所にて~
太公望は怪訝な表情を浮かべ、その場で呆然と立ちすくんでいた。
「何故……巨白狼が……? この付近にそんな強者の気配は感じませんでしたが……?」
彼女が見下ろす地面には、爆裂四散し肉片と化した巨白狼の死体が横たわっていた。
胴体のは9割以上が吹き飛んでおり、その原型は留めてはいない。
「しかもこれはただの強者ではありませんね」
彼女が驚くのも無理はない。
と、いうのも彼女の視線の先――周囲には散らばった石の破片が残されていたのだ。
「白狼といえば、人の子の力では騎士団が出るような魔物です。それをただ石を投げて退けるだなんて……一体全体何が起きているのです……?」
ただただ信じられない。
そんな表情を浮かべながら、太公望はその場に立ち尽くしていたのだった。
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