疑心と純心

「…………」

「俺のそばにいれば、魔王の探査から逃れられる。だから俺から離れないのか?」


 尋ねると、カレンはわずかな沈黙の後、こくんとちいさく頷いた。

 しかし目線は合わないままだ。

 

「それだけか?」

 

「…………それだけよ」

 

 カレンは相変わらず目を逸らしたまま、そういった。


「本当に、それだけか?」

「……うん」

 

 ロイスは静かに彼女をみすえて尋ねる。

 

 ──他に理由がありそうなのに。それはいいたくないのか。またダンマリ。この様子だと多分、どこまでもついてくるつもりだろうな。そしてどこまで行っても言わないだろう。ほとぼりが冷めるまでは、転移できないし……。

 

 頼りない眼差しでじっとしたから見上げてくるカレンに、ロイスはとうとう首を縦に振ることにした。

 諦めたように肩を落とし、ロイスは指摘してきされた溜息を飲み込んで、指印しいんを組んだ。

 

構築こうちく反射はんしゃ探査除外たんさじょがい魔力制御まりょくせいぎょ

 

 初めに、カレンが人間界にきたときにかけてやったのと同じ魔術。

 それを再びカレンにかける。

 どうせついてくるなら、これをしておかなければいけないということだ。

 しなければ、結局被害を受けるのは自分なのだから。


 ──大概たいがい、俺もお人好しかもしれないな。

 

 砂をかむような気分で、ロイスは自分に呆れ果てた。

    

 カレンが目を瞬いて驚きを表す。それを無言で睨みつけて、何もいうな。と圧をかけてみる。すると、カレンは開きかけた口をきゅっと結んで、無言で小さく頭を下げた。

 

 ──そういうところが、憎めないというか……。なにをいってるんだ俺は。その生暖かい目をやめろ。

 

 ほのかに安心した様子の彼女を横目で見て、馬鹿な自分の考えを一蹴いっしゅうした。

 本当に、馬鹿馬鹿しい。 

 


「で? なんで馬車にのらなかったの?」 

「まだ言うかぁ?」


 あきれて思わず気の抜けた声が出た。カレンが小刻みに頷く。

 余程知りたいらしい。

 

 ──世間知らずならそんなものか。それに。

 

 どうせ同行するなら、もう色々と話しておいた方がいいかもしれない。ともロイスは思った。

  

「普通におかしいだろう。さっきまで自分がいた街にわざわざ戻るっていうんだぞ。それも、こっちが詐欺師じゃないと分かった途端とたんに。なにか俺たちを連れて行くことで得になることがあると思ったんだろう」

 

「詐欺師?」

 

 ああ、とロイスはここ最近流行っている記憶喪失詐欺について説明してやる。

 記憶喪失を装って乗せてもらおうとする詐欺さぎ。馬鹿みたいだが、それを警戒してたのだろうと。

 しかしこちらは礼をいうと乗せてもらおうとはせずに去って行こうとした。

 途端とたんにあちらから「乗せてやろうか」だ。奇妙だと思って何が悪い。

 

「変だよそれは」

 

 話を聞いたカレンが不思議そうに首をかしげた。

 

「なにが」

「だって、それってこっちが詐欺師じゃないって分かったから、善意ぜんいで乗せてくれようとしたのかもしれなじゃない。普通そう考えると思うけどなぁ」


 なるほど、たしかに、あちらが必ず善人であったならそう思うだろう。

 ロイスは若干虚をつかれて、カレンをまじまじと見つめる。その考えはなかった。しかし。

 

「それなら、なんでわざわざ街に忘れ物があるなんて嘘をつく」

 

 実際、先程の商人が西に向かってくる様子はない。おそらく東へ進んだのだろう。ならばやはり忘れ物があったなどというのは嘘なのだ。

 そう思うのに。カレンは全く違う見解を示す。

 

「無条件で乗せてあげようとしたら警戒されると思ったんじゃないの? ロイスみたいに」


 ロイスは黙り込んだ。どちらとも確かに取れる。しかしロイスは、ほぼ間違いなくなにか悪いたくらみがあると考えた。

 カレンはそうとは考えなかった。

 しばらくその理由を考えて、ロイスはこう結論をつける。

 

「世間知らずなんだな、お前は」

「なによそれ」

 

 言葉の通りでしかない。もちろん説明してやる気はロイスにはなかった。

 ふと、カレンが不思議そうに後ろを振り返った。 

 

「でも、そういえばあの人、なんとなーく変じゃなかった? 妙に緊張してるっていうか」

「お前の格好が奇抜きばつだからだろ」

 

 と適当に返す。

 たしかに奇妙きみょうに思うほど緊張していたし、警戒していた。あの様子ではこちらが何か悪事を働くのではないかと疑っているようにも見えた。

 実際疑っていたのではないだろうか。

 カレンは、きっとそうではないと言うだろうが。

 

「ロイスが魔術師だからじゃないの?」

「……なんでだよ」

 

 思わず、不機嫌に返す。

 カレンがだって、と続けた。

 

「魔術師って嫌われてるのかと思ってた。魔族と似てるし」

 

 と、当の魔族がケロりとした顔でそんなことを言った。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る