少女と反撃

「ええい! 仕方ない!」


 叫んで、ロイスは少女の前に立つ。

 両手を正面に向け、左右五本の指を組んでささやく。

 

『──構築こうちく

 

 その一言に呼応するように、両手の先から乳白色の薄い膜のような壁が円形に広がった。

 みるみるうちにそれは直径二メートルを超える円盤に形をす。

 防壁の魔術【ヴァント】。本来地面から垂直に伸びるはずの魔術だが、起点を地面ではなく合わせた両手の先と指定して、発動したロイス独自の【結界魔術】。

 

 そこに、ゴーレムのこぶしが文字通り飛んできた。


 強烈な音を立ててこぶしは結界に衝突した。ヒビが入ることはない。 

 が、その衝撃はすさまじいい。

 轟音は鼓膜こまくを揺らし、頭がぐらぐらと揺れた。

 そして、そのダメージを受けたのはロイスだけではなかった。


「うひゃあ! な、なに!?」


 ロイスの背後で少女が飛び起きる。

 そうとう驚いたのか、目を白黒せている少女をチラリとみやって呆れた。 


 ──こんなところで寝ているのが悪い。いや、そもそもどうやって入ったのか……。


 そこまで考えて、ロイスはかぶりをふった。

 今そこは置いておこう。面倒そうだ。

 まずそれよりも。


 結界をはった。さてそれからどうするか、だ。


 ずっとゴーレムの攻撃を受けるのも面倒臭い。

 自分だけ気配遮断の術を張ってこっそり逃げることはできるが、そうすると少女が攻撃をうけてしまうし、少女にも気配遮断をかけても同じこと。ロイスの魔術はロイスを中心として発動するもので、側を離れられると効果が薄くなってしまう。


「めんどくせぇ」


 ロイスは心からそうつぶやいて、わかりやすくと肩を落とした。

 防御結界はその間もゴーレムの攻撃を受けてものすごい轟音を立てている。しかしやはりびくともしない。


「どうなってるの?」


 背後から聞こえた先ほどの叫びとは異なる落ち着いた、静かな声音。

 少女を無視しようとたロイスを無視するその問いに、ロイスは緩慢かんまんな動作で振り返った。

 少女はその青い美しい瞳をキラキラと輝かせて、ロイスを見ていた。

 

 ──正直、この場を切り抜ける以上に優先することはない……。こいつのことは今は放置しておきたいところだが……。

 

 そんな内心を押して、ロイスは少女の視線をまっすぐ受け止める。

 

「どうなってると思う?」

 

 ロイスは静かに尋ねた。


「ゴーレムに攻撃を受けてる」


「それで?」

 

「魔術でそれを防いでいる?」

 

「そうだな」

 

「……私を守るために、ここを動けない?」

 

「……正解」


 状況を的確に理解されるとは思っていもいなかったが、まあその通りである。少女はしばらく考え込むようにうつむいていると、唐突にロイスを愕然がくぜんとさせるセリフを吐き出した。


「私、おとりになる?」


「なぜ、そうなった」


 呆然と少女を見つめる。

 少女もまた、視線をこちらに向けたまま外さない。少女はどうやら本気で言っているらしかった。

 恐ろしいことになってきたと、ロイスは痛む眉間をつまんでうなる。そのついでに、キラキラとした瞳をのぞいているのがなんとなくむずがゆくて、視線もらす。

 

 指の間から少女を眺めながら、ロイスは思考をめぐらせた。

 

 ──いいだろう。まずこいつのことを考えるとを優先するとして……こいつ、何者だ?

 

 状況が状況だ。細かく分析している余裕はないが、こんなところ、つまり魔界の遺跡で眠っていた少女が普通の少女のわけがないのだ。

 そしてその少女が自分をおとりにするかと平然と言うあたりで、すでに少女がそれを平然と行えるような力のある人物なのだと想像はつきはじめている。

 しかしながら。


 ──少女だ。

 

 どうみても。

 ロイスよりずっと若い──というより幼い少女。

 その少女が、自分を囮にして逃げろという。


 よくよくその発言を噛み締めたロイスの体からゆらりと闘気が立ち上った。

 

 ──普通じゃなかろうとなんだろうと、少女を置いて……。命からがら逃げ出して……。ついでに遺跡のかけらも手に入りませんでした。と? 


 このままではそうなってしまうわけで、それはロイスとしては望むところではない。

 一瞬少女をこのまま見殺しにする未来を想像して、ロイスは顔を歪ませた。うげーという気分。と形容するのが一番近い。

 彼もそこまで腐ってはいないと自負している。

 そしてロイスは思う。

 

 ──そんなことをするくらいなら……。


「そんなことするくらいなら、こいつを壊すほうが速い」


 ロイスはそう呟き、少女はロイスの言葉に目を見張った。



 再びゴーレムに目を向ける。

 ゴーレムを倒す方法は大枠おおわくは理解できていた。


 そもそも魔術とは、魔術師が【呪文】を唱えることで発生する現象のこと。

 その増幅装置的な役割として、【クライス】と呼ばれる小道具を使うことがある。

 輪になったもの、例えば指輪や腕輪のような囲まれたサークル状のものだったらなんでもいいのだが、これは増幅装置以外にも様々な用途に使用される。


 例えば、物体を遠隔操作するための魔力の受信体の代わり。

 ゴーレムの体を形成する石をつなげているのは魔力だが、その核にはなんらかの【クライス】が必要だ。

 このゴーレムにもおそおらくそれがある。

 それを壊せば、ゴーレムは機能を停止させるだろう。


「壊すだけなら簡単だ」


 その言葉を証明するように、ロイスはさっと手をふった。

 虫でも払うように適当に、まるで何事もないかのように。

 

 同時に、乳白色の結界が黄金色に発光する。

 

 暗い遺跡全体を照らしかねないほどの光。

 結界に細かい亀裂が入り、次の瞬間、結界は音を立てて崩れた。

 まるでガラスの破片。

 あるいは何か、巨大な壁が崩れるよう。

 それらは、重力に従って落ちる──ことはない。

 宙に漂ったままの破片。その隙間から、ロイスが人差し指をついとゴーレムに向けた。

 

 そして──。

 

け』

 

 瞬間、発光したまま強烈きょうれつな威力をもって、破片はへんはゴーレムにむかって飛びかかった。

 まるで、糸に引かれるようにまっすぐと迷いなく。

 ゴーレムの四肢を通り抜ける。ように見えた。

 切れ味のいい刃物で野菜を切った瞬間のようになんの抵抗もなく、ゴーレムの腕を、胴を、脚を、首を切断した。

 ズレる。

 ズレる。

 ズレる。

 ゴーレムの腕が。

 胴が。

 脚が。

 首が。

 ズルりとズレてズレてズレて。

   

 悲鳴などはなかった。

 

 ただ、ゴゴゴゴンッと連続した轟音を立ててゴーレムは崩折くずおれる。

 岩場が崩れる音によく似ていた。


 ゴーレムは本物の石屑いしくずと化し、その中からころり指輪が転がり落ちる。

 コロコロと転がって、ロイスの足にぶつかった指輪は、その衝撃で、ふたつに割れて横転した。


 ゴーレムは永遠に沈黙したのだった。

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