喧嘩と苛立


 砂埃すなぼこりは晴れ、わずかな風が周囲をただようだけになった頃、剣を引っさげたままのレイが振り返った。


「こうすればいいことだったな」


 自信たっぷりな口調で、ニッと笑う。


 ロイスはわった目でレイをにらんだ。

 

 ──何も良くない。派手にやりすぎだろう。


 と、内心で悪態あくたいをつく。

 周囲にはキメラの残骸ざんがいが、悲惨ひさんにも紫の血を飛び散らせて転がっていた。

 しかしそれだけではない。地面はえぐれ、木々はぎ倒され、見るも無残むざんな状況だった。

 聖剣の力は大技が多い。

 そうは言っても、派手にやらかしてくれた。


 ロイスは勇者に近づいた。

 説教をするつもりではないが、流石に見過ごせない。


「最初に、大技はやめろと言ったよな」


「一掃できたんだからいいだろぉ」


 レイは素知らぬ顔をする。

 またこの流れである。いつもこういう流れで喧嘩になる。

 ロイスがため息をこぼしていると、そこに二人の少女が近づいてきた。

 一人は、先程吹き飛ばされた茶髪の少女エスター。

 もう一人は、少し離れた場所で一人魔物を相手取っていた、長い黒髪を揺らすミランダだ。

 二人は、特にミランダの表情は、うんざりしているように見える。


「また、喧嘩してるの? レイ、ロイス」


 やはり、うんざりした様子でミランダが言う。


「こいつは俺のやり方が気に入らないんだと。一掃できたのに文句を言うんだぜ」


 レイが不満そうにミランダに訴える。

 

「こういうのは文句じゃなく苦言という。お前はもっと慎重になったほうがいいぞ」


 ──これでは消耗しただけだ。


 そう続けようとしたロイスだったが、唐突に勇者に胸ぐらをつかみ上げられ、目をまたたかせた。

 勇者の目がついと細められ、ロイスを睨みつける。


「さっきから文句ばかり言うな! だいたい先を急いで欲しかったんじゃねーのかよ、ロイス!」


「……死に急げと言ったつもりはない」


 服をちぎらんばかりの力で掴まれ、ロイスも剣呑けんのんに目を細めてうなるように言った。


 たしかに、キメラとの戦闘がはじまる少し前。ロイスは勇者であるレイに「なるべく早く魔王の元に行くべき」と提言ていげんした。

 しかし、がむしゃらに急げと言ったわけじゃない。

 レイがさらに不快そうに眉を寄せた。


「どういう意味だよ。だれが死に急いでるってんだ?」


「言葉の通りだよ。派手な技を使えば、魔物に見つかりやすくなるし、消耗だってする。死に急いでると言って何が悪い」


「だからそれは、お前が急げって言ったからだろ!」


「魔王と戦う前に疲労困憊ひろうこんぱいなんて馬鹿らしいからな。姿を隠しつつ、最短距離を行くのが理想だろう。そういう意味で急げと言ったんだ」


 なのにこの勇者ときたら。

 派手な攻撃を連発して、敵をおびき寄せる真似ばかり。これでは逆に最長距離を行こうとしているのではと、問いただしたくなる。そうして消耗したところをたたかれたら、どうするのだろう。

 

「大技連発しろとは一言も言ってない。それともまさか、先を急ぐことが派手にやることだと思ってるのか? どういう思考したらそうなるんだ?」


 言って、ロイスはレイの手を払いのけ、襟元えりもとを正した。

 

 そもそもロイスがその提言をしたのは、彼らのためでもあった。


 魔界とは、人間界と同じ場所に存在しているもう一つの世界。そこにあるのに、感じられない。触れられない。そういう同一の場所にありながらまったく違う世界。それが魔界だ。

 未知の世界なのだ。

 ロイスにとっても。

 だから、まさか魔界が終始しゅうし夜であるとは思いもよらず、いつまで立っても明けない夜に、のっけから調子を崩された。

 それ以外にも予想外な出来事は多々あった。


 それで、本来なら魔界へ連れていくだけの役割のはずだったロイスが、その後も行動を共にすることになったのだ。

 要するに、彼らは不安だったのだ。魔界の暗闇で行動することに。

 それで彼らが魔界にいる間、魔界で活動できるように環境を整えるという契約を改めて結んだ。

 

 その後は悲惨な有り様だった。

 さんざん彷徨さまよったあげく、魔物の大群に襲われて序盤から悲鳴をあげること数回。

 勇者は疲労がまってきていたし、今は勇者の両脇を固めるように立っている二人の少女も、ずいぶん前から疲労をにじませていた。


 ロイスにはそれが目に見えてわかっていた。だから、ロイスには珍しく人を、彼らを気遣って戦闘を避けてほしいという提言をしたのだ。それは契約外だったけれど。というのに。

 まるで、無視。

 むしろ、ロイスの身勝手のような言い方をされれば腹も立つ。


 それで、ついロイスの言葉にとげがたつ。

 レイはこめかみをピクリと引きつらせた。

 そんなレイの反応に気づかないふりをして、ロイスは続ける。


「死に急いでいるようにしか見えないが、自分でそう思わないか?」


 レイに尋ね、それからロイスは勇者の両脇の二人の少女をそれぞれ見遣みやった。

 どちらもタイプの違う美少女だ。

 ロイスの言葉はダメでも、二人の言葉なら聞くかもしれない。なんとか言ってやってほしい。そんな風に思う。


 が、どうやら望む通りにはならないらしい。


 ロイスの前に、おずおずと一人の少女が進み出た。


「ロイスさん。その……勇者様は消耗されてますし、急ぐのは無理だと思うんです」


 そう言ったのはエスター。パーティで唯一回復の魔術を使える少女だ。

 その他様々な魔術を行使する万能な魔術師でもある。


 タイミングよく進み出たかと思えば、勇者を擁護ようごする見当違いな発言。

 

 ──これだから交流するのは苦手なんだ……。


 ロイスはちらりと横目でエスターをにらんで。


「わかっている、今はな。だから“最初”に大技はよせと言ったんだが、こいつが人の話を聞かなかったから消耗してる。で? その考えなしな勇者に何か言うことは?」


 とつっけんどんに返した。

 うっ。と口籠くちごもったエスターを黙殺もくさつして再びレイに視線を戻す。

 

「お前も俺に問題があるって言いたいのかよ!」


 エスターに対してまで怒りをあらわにする勇者を、今度は勇者と同じ黒髪のミランダがたしなめた。


「まあまあ、落ち着いてレイ。ロイスも。たしかに騒ぎすぎたかもだけど、勇者の技は大技が多いものよ。仕方ないわ」

 

 前衛で戦っていたミランダは抜き身の槍にさやをかけながら、ロイスにだけ見えるように眉を下げてみせた。

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