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「……藤花とうかってば、何言ってるの?」


 私の言葉で、すぐ目の前にある先輩の表情は固まった。初めて見るそれだった。


「目的って、いきなり何の話を」

「私、先輩のこと知ってるって言いましたよね」


『一年生の間でも噂になってますから』


 初めて会った時、私はそう口にした。


 先輩についての、噂。

 ひとつは、目を引く容姿。

 もうひとつは――


「あの場所、失恋した女子がひとりで泣くスポットらしいんですよ」


 だからこそ、あの場所には普段誰も寄り付かない。

 たったひとりを除いて。


「先輩、失恋してあの場所にいる女子を口説くどいてるんですよね」


 それが、喜多村きたむら綾乃あやのに関する、もうひとつの噂。


「だから私に、声かけたんですよね」


 フラれて失意の女の子に近づいて。失恋の決着をつけるのを手伝って。そして。

 声をかけた子を、己のものにするために。


「違いますか?」

「ふ、ふふ。ははは……」


 笑い声が聞こえる。渇いた笑いだった。


「なーんだ、全部知ってたんだ」


 そっかそっかー、と息を吐きながら言う。ここまで断言されたら、誤魔化すつもりはないらしい。


「……なんで、こんなことをやってるんですか?」


 訊くと、先輩は私から身体を離し、東屋あずまやの外の景色を眺める。


「さっき言ったよね。恋愛なんて、お互いが本当に好き合っていることなんかないって」

「はい」

「だからさ、私はほしかったんだ」


 相手から『好き』の中にほしかった、と。


喜多村綾乃わたしにしかないって、思ってもらえるような何かが」


 不確かなものばかりの恋愛で、相手から求められる。自分だけに求められるものを。誰でもいいから、私がいないとダメだと、そう思ってほしいと。

 それは、ある意味当然の欲求ともいえる。それが欲しくて、でも中々手に入らなくて。きっと人は恋をする中で悩み、葛藤するのだから。


「それを得るには、この方法が一番確かだと思ったんだよ」


 失恋して、ぽっかりと空いた穴を埋めるように。自分の存在を前の彼氏に上塗りするように。


「けっこうみんな相手してくれたんだよ? 幸い、見た目はいい方だったからね」


 自画自賛、だけどどこか自虐的にも聞こえる。


「ま、でも長続きしたためしはないんだけどね」

「……」

「……ごめん」


 俯くと同時に、水滴が落ちるように声が聞こえた。


「先輩、私は」

「いいよ、何も言わなくて」


 先輩はもう一度、息を吐く。


「悪いのは私だから。こんな風にしか、恋愛できない私が」


 それも恋愛対象が女の子だから余計に性質タチが悪いよね、と自嘲する。


「まあ、これに懲りずにちゃんと次の恋しなよ? きっといい人見つかるから」

「あの――」

「それじゃあね」


 私が言葉を発するよりも先に、先輩は東屋を出る。日なたへと、身を移す。


 私のことは忘れて、と。

 そう言って、先輩は私の前から去っていく。


 暗い日陰に、私の身体だけが溶けている。


 蝉の泣き声だけが、響いていた。

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