20.救援要請

 その日も、何気ない会話をしながら街へと戻った。

 見慣れた街並みを通り過ぎて向かう場所も、いつもと同じギルド会館だ。

 カランカランとベルの音を響かせながら扉を開けると、受付に完了報告を待つ冒険者が列を……


「あれ?」

「全然いないね」


 受付はガラーンと空いていた。

 この時間なら前窓口に列が出来ている頃なのに、今は数名しかいない。

 違和感を覚えた俺たちだったが、すぐに気づく。

 最初に気付いたのはマナだった。


「お兄さん、あっち」

「ん?」


 彼女が指をさしたのは、クエストボードの方だった。

 日が沈みかけている時間帯に、ボードを見る冒険者なんていない。

 だけど、今日は違ったらしい。

 朝と同じくらいの人数が、クエストボード前でひしめき合っていた。

 異様な光景を目にして、俺たちは戸惑いを見せる。


「先に完了報告だけ済ませようか」

「そうだね」


 アリアが答え、ティアとマナが頷く。

 ガラガラに空いた受付で、俺たちはクエストの成果を提示する。

 ついでにと思った俺は、受付嬢に何があったのか聞くことに。


「すみません。何かあったんですか?」

「はい。実はレスタの街から救援要請が届きまして」

「救援要請? しかもレスタ」


 俺が以前まで活動していた街だ。

 救援要請は、その街の戦力では対応できない局面に瀕している場合に、近隣の街や村に出されるもの。

 俺もあることは知っていたけど、今まで一度も出た所を見ていない。


「確か皆さまでしたよね? 街道でゴブリンと遭遇したと教えてくださったのは」

「え、あ、はい。そうですね」

「どうやら、あれが予兆だったようです」


 受付嬢は意味深な言い回しをして黙る。

 後ろで聞いていた三人がごくりと息をのむと、受付嬢は重そうな口を開く。


「現在ゴブリンロード率いるゴブリンの大軍勢が、レスタの街に侵攻中とのことです」

「ロードだって?」


 ロードの名を冠するモンスターは、その種族の頂点に君臨する存在。

 圧倒的な戦闘力と統率力を持ち、種を先導して時に国すら堕とす。

 数百年に一度誕生するかどうかというレアケースが、現在進行形で起きている。


「大軍勢って……具体的な数は?」

「確認が取れているだけで、五万を超えているそうです」

「ご、五万!?」


 冗談だとしたら笑えない。

 五万なんて数は、現実的な数字じゃないぞ。

 世の中の大国と呼ばれている国でも、下手したら勝てない数だ。

 レスタも大きな街ではあるけど、戦える人員なんて精々数百人いる程度。

 下級モンスターとは言え、数の差で圧倒される。


「だから救援要請を……」

「はい。強制ではありませんが、ギルドとしても可能な限り参加していただきたいと思っております」


 受付嬢がそう言い、深々と頭を下げた。

 俺はクエストボードへと目を向ける。

 集まる冒険者たちを眺めながら、嫌な記憶が浮かび上がる。

 彼らは今頃、どうしているのかということを。


 受付嬢から話を聞いた俺たちは、そのままギルド会館を出て宿屋へ戻った。

 いつもなら酒屋によってワイワイ騒ぐ所だけど、さっきの今でそういう気分じゃなかった。


「お疲れ様。明日も同じ時間でいいかな?」

「私たちは大丈夫です」

「じゃあそうしよう」

「はい。あの、先生は……」


 アリアは何かを尋ねようとしていた。

 だけど――


「やっぱり良いです。おやすみなさい」

「……ああ」


 途中まで言いかけて、結局聞かないままそれぞれの部屋に戻る。

 何を聞こうとしたのかは、何となくわかる。

 たぶん二人も聞きたかったことだろう。

 ただ、聞かれても答えられなかっただろうと思う。


 自室に戻った俺は、ダランとベッドに寝転がる。

 服を着替えて、風呂に入って、まだ食事もとっていないから、やることはたくさんある。

 わかっていても、身体が重くて動いてくれない。


「ゴブリン……か」


 気になってしまう。

 ベッドの上で天井を見上げながら、色々と頭の中でグルグル考える。

 これじゃ駄目だと思って、勢いよく身体を起こす。

 そのまま自室を出て、宿屋を出て、向かったのはギルド会館だ。


 思ったより人が残っているな。


 ギルド会館は、午後十時に閉館する。

 現在は閉館十分前。

 以前に忘れ物をして戻って来た時は、自分以外誰もいなかったのを思い出す。

 今はチラホラ人がいて、ボード前は特に騒がしい。


 俺は夕方には見れなかったボードを確認する。

 救援要請とデカデカと書かれた紙には、詳細な情報が記されていた。

 要請はこの街だけではなく、十を超える街に出しているらしい。

 おそらく長い冒険者の歴史でも、これほど大きな要請は初めてなんじゃないか。


「出発は……明後日か」


 距離を考えるとギリギリだ。

 張り出された用紙によると、大軍勢は五日以内にレスタの街を襲う予想らしい。

 本来なら明日にでも出発するのが良いのだろうけど、この街が一番冒険者が多い分、移動の手はずは大変みたいだ。

 

 閉館時間になり、俺は外へと出た。

 人通りの少なくなった街で、ふと立ち止まり夜空を見上げる。

 その日はちょうど快晴で、星がキラキラと輝いていた。


「よし……決めた」


 翌日の朝。

 ギルド会館に集まった俺たちは、クエストを受けずに席へ座っていた。

 改まって真剣な表情を見せる俺に、三人は緊張している。


「救援要請だけど、受けようと思う」

「先生……それって……」


 アリアは察して言いかける。

 俺は頷き、自分の口から彼女たちに言う。


「君たちは留守番だ。受けるのは俺一人で良い」


 俺はハッキリと言い切った。

 これが昨日の夜に出した結論で、最善だと思っている。

 三人はちょっぴり悲しそうな顔をしたけど、アリアが言う。


「先生ならそう言うと思った」

「アリア……」

「実は昨日……私たちも話したんですよ。先生はきっと、要請を受けるんだろうなって」

「でも私たちは未熟だから、一緒に行っても足手まといになる」

「だから、お兄さん一人で行くって言いそう……当たってたみたい」

「大正解だよ……ごめんな」


 相手はゴブリンだけど、数が絶望的だ。

 いくら成長した彼女たちでも、五万を相手に戦うのは早すぎる。

 危険にさらしたくないと思ったから、俺一人で行くことにした。

 置いていくことへの罪悪感はある。

 それでも、連れて行って守れなかった方が嫌だ。


「先生……ちゃんと帰ってきてね?」

「師匠なら負けないと信じています! でも……」

「心配だから……ボクも、みんなも」

「ああ」


 表情から、声から。

 俺の身を案じているのはよくわかるよ。

 話したいことは多いし、伝えたいことはたくさんある。

 だけど……


「大丈夫だ。ちゃんと帰ってくるよ」


 今の俺に言えることは、それ以外にないと思う。

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