4.継承スキル

 風と花弁に包まれて、俺の視界が閉ざされる。

 真っ暗だった最初とは違って、とても安心する。


 〇進化完了〇

 『鑑定』→【継承】


 脳内に流れ込んだのは、進化したスキルの情報。

 この時にはもう、真っ暗な世界で見た記憶は消失していた。

 

「ぅ……」


 目が覚めたら、俺はベッドの上でうつぶせになっていた。

 水晶を叩き割ったあと、気を失って倒れたんだろう。

 時計を確認すると、一時間くらい進んでいる。

 

「夢……じゃないよな」


 飛び散ったはずの水晶は、欠片もなく消滅していた。

 俺はベッドに腰掛けながら、自分の手を見つめる。

 記憶と気持ちの整理をするため、目を瞑って考える。


 あぁ……ちゃんとある。

 俺の中に、新しいスキルが根付いてる。

 使い方もわかるぞ。

 あの光景は……ローウェンは、夢なんかじゃない。


「【継承】……俺のスキル」


 見せられた無数の未来。

 今では思い出せないけど、その中から見つけ出した可能性の一つ。

 未来の俺が手に入れていたスキル。

 それが【継承】だ。


 【継承】――

 道具や武器防具に触れることで、それを使用した者の力を受け継ぐ。

 受け継げるのは経験と記憶、さらに保有していたスキルも含む。


「ははっ、チート過ぎるだろ」


 思わず笑ってしまう。

 このスキルを使うだけで、俺は先人の力を手に入れられるんだ。

 そんな力……普通に考えて反則だろ。

 とは言え、手に入れた以上は、使わないなんて選択肢はない。


「とりあえず試してみるか」


 俺はベッドの周りを見渡した。

 そこで最初に映ったのは、戦利品とは名ばかりのガラクタの山だ。


「う~ん、これいってみるか」

 

 手に取ったのは、風化した剣だった。

 鑑定スキルで見たときは、名称と分類以外わからなかった代物だ。

 水晶と同じ場所で発見されたわけだし、相当な年代物。

 もしかすると、歴戦の戦士が使っていた剣かもしれない。

 そう思うと、ちょっとだけ宝に見えてくる。


 さっそく継承のスキルを試すことに。

 俺は風化した剣を手に持ち、ベッドの上に仰向けで横になった。

 継承には時間がかかるらしい。

 頭に流れ込んだ情報によると、継承中は睡眠状態に入って、終わるまで目覚めないということだ。

 どうせやることもないし、時間的には余裕がある。


「よし」


 目を瞑り、スキルを発動させる。


 【継承】――開始。


 手に持っていた剣が熱を持つ。

 閉じた瞼の先が、ほんのりと明るくなったようだ。

 おそらく剣が光り輝いているのだろう。

 剣から発せられる熱は俺の身体にも伝わる。

 全身が熱い。

 汗こそかかないが、頭までぼーっとする。

 

 そうして、俺の意識は眠りにつく。


 スキル継承。

 発動条件は、対象に触れること。

 ただし、触れるだけで瞬時に継承が完了するわけではない。

 継承には時間がかかる。

 その理由は――


 持ち主の生涯を疑似体験しなくてはならないからだ。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 それは伝説だった。

 現代より数千年も昔。

 冒険者という職業は存在していない時代。

 人類と魔族が、激しい争いを繰り広げていた。


 膨大な魔力と優れた魔法センスを持つ魔族たち。

 その中でも悪魔と呼ばれる上位種は、たった一人で人間の国を亡ぼせる力を持っていた。

 数で勝っていた人類も、質の差で圧倒され、気づけば絶滅寸前に追い込まれてしまう。

 そんなとき、一つの予言が運命を動かした。


 最後に残ったこの地に――六人の英雄が集う。


 予言通り、六人の戦士が一つの街に集結した。

 そのうちの一人が、【剣聖】サー・ユリウス。

 王国に属しながら、世界中を放浪していた遍歴騎士。

 旅の途中、頭の中に響いた声に従って、かの地までやってきたという。

 彼は仲間と合流し、魔族と戦うために立ち上がった。


 彼は優れた剣士だった。

 剣聖の加護を持ち、鋼の聖剣に選ばれた勇者でもあった。

 彼より強い剣士はいない。

 彼に斬れない物はなく、あらゆる敵を一刀両断していく。

 まさに最強の剣士にふさわしい力を持っていた。

 

 そして――


 仲間と協力し、彼は遂に魔族の王を討伐した。

 しかし、彼はその身に多くの呪いを受けてしまっていた。

 残る命はわずか。

 そんな彼は生涯を振り返った。

 

 彼が旅をしていたのは、己の剣技を磨くためだ。

 強い相手を探して多くの地を巡り、戦いを経て自らの糧とする。

 夢は最強の剣士。

 過去、未来において並ぶ者なしの大剣豪。

 剣の道を究めることこそ、彼にとっての生きがいだったのだ。

 そうして彼は英雄になった。

 誰もが彼を、最強と認めたはずだ。

 夢は叶った。 

 満足だと……思ったはずだった。


 死に際、彼が最後に言ったのは――


「普通に生きて、普通に死にたかった」


 何とも弱々しく、せつない言葉。

 誰よりも才能があった彼だからこそ、成し遂げられた夢がある。

 だけど、その代償に彼は、誰もが当たり前に持っているものを失った。

 英雄が本当に求めていたのは、安らかな日常だったのだ。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 風化した剣に宿る持ち主の記憶。

 生の始まりから、死という終わりまでを体験して、継承は完了する。


 〇継承完了〇

 所有者の技能、および以下のスキルを獲得。

 獲得スキル:剣聖の加護、剣の加護……


 継承した力が流れ込んでくる。

 使い方も一緒に。

 また一歩、俺は強くなったんだ。

 嬉しいはずなのに、目覚めた俺の瞳からは、涙があふれていた。

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