楽園からの天使生

文学少女の文恵

「……」


 文恵ふみえが目をあけると、そこには初めてみる天井があった。


 同時に、自分は寝ていたことに気づいた。


 ゆっくり起き上がってまわりを見ると、五メートル四方の広さがある木造の部屋であること。


 置かれたタンスやテーブル、自分がいままで寝ていたであろうベッドも木製で、時代的に明治を感じさせるものであることがわかった。


 照明のシャンデリアも同じく時代を感じさせるものであり、部屋を明るく照らしてはいるが、不思議と夜だから使われているとは思わなかった。


「あれ、私……」


 記憶を紐解いていく文恵。


 たしか楽園で読書をしていた。


 ミステリーもので、主人公が事件の犯人を言い当て、トリックについて語りだした時、目の前に金色の炎が浮かんだ。


 そこまでは覚えているが、それから先が思い出せない。


 金色の炎によって気を失い、いま目覚めたと考えるのが自然なように思えた。


「!」


 ならば自分は炎によって火傷をし、病院に運び込まれたのかと、手足など見える範囲で身体を見たが、変わったところはなかったし、痛みのようなものもなかった。


「あ、翼……」


 変わったものはなかったが、あったはずのものが無くなっていることに気づいた。


 背中にあった白い翼。


 天使の翼。


 それがいま無くなって、制服を着た、ただの女子高生になっていた。


「──気がついたようね、イブ」

「そのようね、ヤエ」


 不意に二人の少女が現れ、文恵の両肩が跳ねた。


「私の名は、イブ」

「私の名は、ヤエ」


「以後、お見知りおきを」


 抑揚のない声で自己紹介をし、お辞儀をするゴスロリ衣装をした十歳くらいの少女。


 金髪、黒髪や、瞳の色に違いはあるが、体型や顔だちは一緒なので双子のように見て取れるが、なぜかそうではないと感じられた。


「あ、あの、私は文恵。それで、ここはどこなの? なんで私、ここにいるのかな?」


 少しおびえたかんじで、文恵はイブとヤエに訊いてみた。


「ここは、異空間にある館の中」

「あなたは翼魔よくまから解放され、現実世界へ戻る前に身体を落ち着かせるため、ここにいる」


「……」


 小説を中心とした架空のものを指す単語が並んで、文恵は理解が追いつかず、すぐには言葉が出てこなかった。


「えっと、つまり、ここは別の空間で、私は取りかれていたということ?」


「そう」

「放っておけば、大人になる前に死んでいた」


「でも、あれは天使の翼よ。おかげでみんなと会えたし、目だって見え──!」


 言いかけて文恵はハッとした。


 小学五年生で突如とつじょ盲目となり、翼がついたことで再び見えるようになった。


 しかし翼が目を治したわけではない。


 詳しいことは分からないが、翼がついているから見えるのは文恵自身の感覚として分かっていた。


 だから翼のない今は、なのだ。


「あ、あれ、どういうこと……」


 広げた右手で目をおおうが、その感触や視界におかしなところはなかった。


「ここは魔力が濃いし、主の慈悲もある」

「ここにいる限り、欠損以外の肉体的な障害は排除される」


「じゃあ、家に帰れば……」


「いまのままなら、その障害はあらわれる」

「翼魔があなたの呪詛じゅそに干渉していただけだから」


「え?」


「原因は不明だけど、あなたは何らかの呪詛を受けた」

「だから障害を持つようになった」


「それを取り除けば、あなたの障害はなくなる」


 最後にイブとヤエがそろって言うと、文恵をじっと見つめた。


「まずいわね、イブ」

「そのようね、ヤエ」


「!?」


 一拍、鼓動のような衝撃が伝わったかと思うと、文恵から鉄色の鎖が飛び出した。


 ジャラララと金属音をさせながら、その鎖は勢いよく文恵の身体に巻きついていった。


「あ、ああっ……」


 一つのが五センチほどもあるその鎖は、か弱い女子高生の全身を締めつけ、痛覚を刺激した。


「館の魔力に反発しようとしているわ、イブ」

「抑え込むわ、ヤエ」


 言いながらイブとヤエは文恵の左右にまわってその身体に触れ、それぞれ自身の魔力を注いだ。


 それに反応して、鎖は音をたてながら巻き取られるようにして、文恵の身体に入っていった。


「ふう……」


 鎖が消え、激痛からから解放されてほっとした感じの文恵。


 しかし、イブとヤエの手は文恵の身体に触れたままだった。


「いま、一時的に引っ込めただけ」

「解決したわけじゃない」


「え?」


「これから一部を出す」

「あなたが呪詛である鎖を断ち切るの」


「私?」


「そう」

「あなたならできるし、あなたでないとできない」


「そんな……」


「迷っている暇はないわ」

「制御も長くはもたない」


 すると文恵の両腕から先ほどの鎖が現れ、左右の手で握れるようになった。


 その様子は手錠をしているようにも見えた。


「……」


禍々しさが感じられ、できれば触りたくないが、確かにこれは断ちきらなければならないものだと思った。


 文恵は鎖を握り、力を込めた。


「う、うーん!」


 引き千切るようにして鎖を引っ張るが、女子の細腕ではびくともしなかった。


「筋力でなくていい」

「断ち切るイメージ」


「イメージ……」


 言われて納得する文恵。


 鎖の感触は金属だが、これが呪詛だと言うのなら、単純な腕力でなくてもいい。


 それは、いままで読んできた小説でも同じような状況はあった。


 今度は自分がやればいいんだ。


「断つ……、絶つ……、裁つ……」


 呟くと、その思いが変換され、鎖にひびが入った。


 急なことで慌ただしくなっているが、これで目が見えるなら、本が読めるならという思いも追加され、引く力が増していく。


「うおおおおおおー!」


 バキン!


 文恵の握る手が一瞬、左右に開いて、鎖を断ち切った。


 同時に、身体からも千切られた鎖の破片のようなものがとんで消え、その影響が全てに及んでいることを示した。


「成功ね、イブ」

「そうね、ヤエ」


 そう言うと二人は文恵の身体から、そっと手を離した。


「これで大丈夫よ」

「障害は消えたわ」


 言いながら文恵の正面に立つイブとヤエ。


「は、はは……、本当?」


 やや疲れたかんじで文恵は言った。


「ええ、本当」

「健常者だわ」


「良かった……」


 やり遂げた達成感をにじませながら、文恵は笑った。





 ──二か月後。


「行ってきまーす」


 そこには元気に学校へ向かう文恵の姿があった。


 通常の高校へ転入し、毎日、小説を読んで充実した生活をおくっていた。


「……」

「……」

 その様子を、異空間の二人は心の中で微笑んだ。

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