第6話 マモルモノ

 イブとヤエ。


 二人は館の中庭に来ていた。


 中庭、つまり建物に囲まれた位置にあるはずだが、二人を中心に半径五十メートルほど先は闇となっていて、存在するものはなかった。


 空も同様で、月や星が見えない夜を感じさせた。


 ただ、二人の足元には大地があり、視認できる範囲で芝生が広がっていて、光源もないのに明るさが保たれていた。


「今日もきれいね、イブ」

「そうね、ヤエ」


 その中庭の中心で、二人はそれを見上げながら言った。


 樹高十七メートルはある桜の大樹。


 風もないのに幾つもの花びらが舞い、周りの闇に注がれ、消えていった。


「優しいお母様。今日もお守りいたしました」

「優しいお母様。二人組でしたが、大丈夫でした」


 桜に向かって報告するイブとヤエ。


 返事をするように、桜は一瞬、多くの花びらを撒いた。


 その花びらは左右から二人の身体を優しく包み込んだ。


 母親が娘を抱きしめるように。


「私たちは大丈夫です、お母様」

「ご安心ください、お母様」

「多くの人の幸せを願うお勤めを邪魔させません」

「多くの人の幸せを祈るお勤めを邪魔させません」


 目を閉じ、愛情を感じるように呟くイブとヤエ。


 膨大な魔力をもつ一人の女と七柱の神が融合してできた桜の樹。


 その樹が分身となる二つの生命を生んだ。


 それがイブとヤエ。


 女がもっとも幸せだった年齢に固定されている。


 そしてその桜には名前がつけられていた。


 


 狂い咲いている桜・七ツ木は、途切れる事無く花を散らし続けている。


 精神世界で人々の幸福を願い、花びらに祈りを込めて。

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