第6話 花火大会 ⑥

 黒川くろかわさんに「助けて」と一言だけLINEを送った。

 それから間をおかずに通話を押して、二重に彼女に連絡をつけようと僕は頑張った。

 しかし、既読はつかず通話にも反応なし……。


 連絡がつかず焦る僕をにこやかに眺めている姫川ひめかわさんはどうしようもなく邪悪に見えて。

 未だにこちらを気にしている伯母さんに助けを求めようにも、注文が立て続けに入っている伯母さんは目線しかこちらに関われない。

 そして二十時になってしまった。もう間もなく、


一条いちじょう、どったの?」

「黒川さん。どこ行ってたの!?」

「買い出し。美咲みさきちゃんは? 食べ物確保してきたから座れるとこいって花火見ようよ」

「座れるところは確保してあったんだよ。黒川さんが気づいたらいなかっただけで!」


 時間だけちょうどに、何ごともなかったように現れた黒川さんはずいぶん出店を回ってきたらしく、ビニール袋を二つにキャラクターのお面にヨーヨーと、すでに一人で満喫してきた感が否めない。


 黒川さんは差し出してくる袋で両手が塞がっているからスマホを見ているわけはなく、僕からのLINEなど見ていないだろう……。


「美咲ちゃんは、いた! けど、どうしたのあのテーブル席。空いてたわけじゃないよね?」


「ここは伯母さんがやってる店で、今日のために頼んで一番不人気な席をキープしてもらってたんだ、って違う! これは二十分以上前に言うべき台詞だから!」


「へー、ナイショにして驚かせようとさせようとしたんだ。いやらしーー」


「どこが!? いやらしさとは無縁だよ!?」


「ほらほら、いやらしい一条くん。花火が始まるぞ。彼女との夏休みの予定を一つ消化しないとだろ」


 黒川さんが奔放な振る舞いをするのはいつものことで、僕がそれに振り回されるのもいつものこと。

 だけど、ちゃんと花火を一緒に見ると言ったのを守るのが黒川さんで、僕はそんな彼女のことを……んっ?


「おー、花火上がってる。花火ってスマホで撮れたっけ? 花火バックに映えるやつ撮りたいね」

「……高木たかぎくんは?」

「高木っちはね、場所取りにいった?」

「どうして疑問系なのさ。僕、探してくるから。どっち!」

「あっちのほう?」


 最近理解した自分の気持ちに浸りそうになったところで気づいたが、黒川さんと一緒だったはずの高木くんの姿がない。


 黒川さんに置き去りにされたわけでなかっただけよかったが、黒川さんに付き合わされ花火を見る場所まで探させられ、姫川さんと一言も話すことなく花火が始まってしまった。

 これでは高木くんに申し訳なさすぎる……。


「姫川さん、これと黒川さんよろしく。すぐ戻るから!」

「ちょっと一条くん!」


 黒川さんと食べ物類は姫川さんにお願いして、テーブルに椅子が二つしかないのは戻ってから伯母さんに頼むとして、すでに人がいっぱいの中で高木くんを探すには、


「高木くんに連絡をって、僕も高木くんの連絡先知らないや……」


 聞くタイミングがなかったわけではないはずが、姫川さんと同じように僕も高木くんの連絡先を知らない。


 ダブルデートということを事前に知らなかったからというのもあるが、当然ながら姫川さんの連絡先も知らないし、果たしてそんな程度の関係性で僕たちは友達なんだろうか?


「──なんて考えてる場合ではないぞ。黒川さんは向こうからきた、しかし出店周りにはもう花火を見れる場所なんてない、今いる道の駅側も同様となれば、残るのは堤防沿いだ!」


 今から花火を見る場所を探すとしたら、ちらほら人が見えるが灯りも少ない堤防沿いしかない。

 顔まではっきり見えなくても高木くんは身長あるし、浴衣の人が多い中で普通の服装だし、見つけるのは難しくないはず。


「いた、高木くん!」

「一条。ここらがいいかな?」

「えーと、実は予め場所は取ってあってね。それを伝える前に高木くんたちがいなくて。連絡しようにも黒川さん出ないし、高木くんの連絡先は知らないしで……」

「連絡先……。そういえば黒川のしか知らないな」


 姫川さんと話していてギリギリで連絡したというのは言わなくてもいいだろう。

 黒川さんのあの買い出しの量を見れば、高木くんたちも今戻ってきたんだろうし。


 花火も始まってしまったがそこは予算の少ない田舎の花火大会なので、一気にばんばん打ち上がるわけでもないから許されるはず。

 最後の方にはそれなりにばんばん上がるんだけどね。


「一条、早く戻ろう。案内してくれ」

「うん、これでようやく今日のプラン通りになるよ。今日のことを事前に知ってたら高木くんにも説明できたんだけどね。そうだ、連絡先交換しない?」

「……もちろん構わない。だけど、その話戻ってからもう一度してくれないか」

「戻ってからもう一度? ……ああ、なるほど」


 なるほど。高木くんの言った意味がわかったぞ。

 ここで連絡先を交換すると僕とだけ交換することになるが、戻ってから今の流れでなら姫川さんにも違和感なく連絡先を聞けるんだ。

 僕はまったく思いつきもしなかった……。

 

「ズルいやり方だとは思う」

「そんなことないよ。僕は思いつきもしなかった。黙っていても姫川さんから連絡先を教えてくれないだろうし、僕にできることなら協力するよ」

「ありがとう。上手く切り出してくれよ。連絡先だけでも聞ければ、今日きた意味があったからな」


 高木くんなら人づてに姫川さんの連絡先を入手することは可能なはすだが、しかしそれでは意味、、がないのだろう。

 素の姫川さんは教えてない人間からの連絡など即ブロックする気がするし、最悪教えた人まで確かめる気がする。

 と、とてもありそうでこわいな……。


「あっ、そこの店のテラス席だよ。端の花火がよく見えるところが僕たちの、」


 僕が高木くんを探しに出て戻ってくるまで十分もかからなかったはずだ。

 歩いていた間に背後に聞こえた花火の音も大してなかった。


 予算の都合上打ち上げに間隔のあく花火を、今から集中して見ている人は少ないことだろう。

 とはいえ、まったく見てなさそうなのもどうかと思う……。


 それとだ。伯母さんはどうして椅子を用意して僕たちにと用意したテーブルに座っているのだろう。

 黒川さんたちと楽しげに何を話しているのだろう。うん、嫌な予感しかしない!


「略奪とか言うから驚いたよ。なんだ私への冗談かーー。みさきちゃんには一本取られたよ」


「美咲ちゃんてば、あーしの男に手を出そうなんて冗談でも許さないよーー。高木っちにしとけって」


「何も冗談ではないわ。私はわりと本気で言っています。あの男への興味なんて微塵もないけど、一条くんになら興味があるもの」


 ──っ、どう聞いても高木くんに聞かせていい話ではない!

 伯母さんが話に加わっている時点で嫌な予感がしたけど、笑ってるけど笑ってない黒川さんとか、無理矢理笑っている伯母さんとか、その二人に平然としている姫川さんとか怖すぎる。

 それに僕は高木くんになんて言えば……。


「なんでお前なんだ? 全てにおいてどう考えても俺が勝ってる。そんな事はわかりきっているだろ。俺がお前みたいな奴をだしに使ってまで手に入らない女が、どうしてお前みたいな奴に靡くんだ?」


「……高木くん?」


「お前、言ったよな。姫川には告白してない。黒川と付き合うことになった。高木くんを応援してる。どういうつもりで言ってどんな気分だったんだ。さぞいい気分だったか? お前みたいな底辺が俺に勝ち誇れて、対等だというように振る舞えて」


 僕が高木くんに勝っているところなんて見つからない。つまり高木くんが言うことは正しいということだ。

 僕は姫川さんに告白していないし、黒川さんと付き合っているし、高木くんを応援している。

 これも全て間違いなくその通りで偽りはない。


 しかし、高木くんと対等だと思うことがそもそもの間違いだとしたらどうだろう。

 遥か上にいる人間が文字通り底辺の人間と対等に接するのはどういう気持ちなんだろう。

 僕が何故だか誇らしかった分だけ、向こうは腹立たしかったのではないだろうか?


「高木くん。僕は……」

「一条、やめよう。お前は連絡先の話だけ上手く切り出してくれればそれでいい」


 テーブルに戻り予定通りに花火を見ようと、ぐるぐると頭の中を回るのは今日までのこと。

 黒川さんに写メのためだとくっつかれても、それに対抗した姫川さんにくっつかれても、目で追うのは平静を装う高木くんのこと。

 そして僕の頭の中はとうとう始まり、、、にまで戻ってしまった……。

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