第3話 雪の町

 次の日、私はずっと遠い町にいた。

 全然知らない町。知らない家。知らない学校。


──引っ越したのだ。お父さんの転勤で。

 私は逃げた。何も言わずに。まひろの返事も聞かずに。




   *   *   *   




 月日はたち、私は大学生になった。皆に無理だと言われた大学に、必死に勉強して、合格した。


 私の進学した大学は北の地方にあって、冬には雪がたくさん降るところだった。



 徒歩で通える範囲のアパートは全て契約済みになっていたため、バスで通える場所のアパートを借りた。

 毎日、同じバス停から大学に通った。



 夏は、実家のある地方よりも涼しく、快適だった。

 

 

 冬になった。

 雪で、近くのバス停まで向かうのも一苦労だ。



 バス停ではいつも同じ人と一緒になった。どうやら、同じ大学に通う男子学生のようだ。

 このバス停はあまり大きくないため、いつも待っているのは私とその人のふたりだけだった。


 あいさつしないのも気まずいので、毎日かるくあいさつした。


 彼はとても声が小さかったが、ほほえんで会釈してくれるため、声の小ささは気にならなかった。



 

 夜中にたくさんの雪が降った日、アパートから出るために雪かきしていたら、バスがくる時間ギリギリになっていることに気付いた。

 あわてて準備して、急いでバス停に向かう。


 バス停に着いた頃、バスはまだ来ていなかったが、焦っていたために手袋もカイロも耳あても忘れてきてしまった。

 汗が冷えて凍えていると、男子学生が小さく「これ……」と言ってカイロをくれた。



 それからバス停でよく彼と話すようになった。



 どの学部だとか、どの教授はこうだとか、たわいもない話をした。


 あまり話すことが得意ではなさそうだったので、ゆっくりと話した。彼と話していると穏やかな時間がながれるようだった。




   *   *   *   




 その日は、大学の後期試験最終日だった。

 結果はどうであれ、抑圧された試験期間から解放されて気分良く家路についていた。


 バスを降りて自分のアパートへ向かう。

 気分が良いので、少し散歩する気分になった。あえてすこし遠回りをする。


 ふだんあまり使わない道を通ると、行き着いたのは小さな丘だった。


 昨晩、雪が積もってから誰も足を踏み入れてないらしく、まっさらな雪景色だった。雪は陽の光を反射してまぶしいほどだった。


 うずうずして、つい出来心で足を踏み入れ、しゃがみこんで雪玉をつくる。


 夢中になってつくっていると、どんどん大きくなって、ついには雪玉を転がしはじめていた。


 大学生が一人で何してんだろ、と思ったとき、人の気配がした。


 顔をあげると、家に帰る途中らしいあの男子学生がこちらを見ている。

 遠目だったので、よく見えなかったが、ずいぶん目を丸くしているようだった。


 こんなところを見られてしまった、なんて言い訳しようか。雪玉に手をつけたまま固まっていると、彼は意外な行動に出た。




 もうひとつ雪玉をつくりはじめたのだ。熱心に雪を手で固めている。何も言わずに。

 笑われるかと思った私は一安心して、自分の雪玉を再びつくりはじめた。




 ふたりとも無言で雪玉を転がし続けた。

 ずいぶん雪玉が大きくなったところで、どちらからともなくふたつを積み上げて雪だるまにした。

 完成したころには、日が暮れ始めていた。

 

 暗くなっていたため、アパートの近くまで送ってもらうことになる。

 その間、ぽつりぽつりと話す。


「……久しぶりにつくったなあ。雪だるま。」


「……僕も。」


 こうやって誰かとふたりで帰ることが、この雰囲気が、なぜだかとても懐かしく感じられた。

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