第3話 いい知らせと悪い知らせと

「ユークさま。先ほど、ブリジットさまから定期連絡がございましたよ」

 サービス対象外の世界からの着拒処理を終えると、イルフェリアがメモを持ってこちらに歩いてきた。

 代わりに定時連絡の念話を取ってくれたらしい。

「みなさん元気そうでしたよ。四つ首の大蛇を、ブリジットさまの助けなしで、現地勇者パーティだけで討伐したんだそうです」

 ブリジットは、かつてとある世界で“神槍の戦乙女”と呼ばれた、レティアと並ぶ規格外の勇者の1人。そんな彼女はいま、ある世界の駆け出し勇者たちの指導役をやっている。

 魔王や魔王軍の状況を見るには、ブリジット一人でも救えそうな世界だが、「自分たちで倒さなければ意味がない」と意気込む年少の現地勇者たちの熱意に負け、根気よく面倒を見てやっているそうだ。

「一歩前進ってところですかね」

「ブリジットさまは『半歩』とおっしゃっておられました。まだまだこれから、とも」

「相変わらず手厳しい。……まあ、魔王を倒す大変さを思えば、そうでしょうけど」

 ユークも自身の経験を振り返って思う。身の丈二倍の魔物程度は軽くぶちのめせなければ、巨大な城に忍び込み、世界の理すら歪めんとする強大な敵を倒すことなど夢のまた夢だ。

 事実、駆け出したちがパーティ総掛かりで苦労して倒した四つ首の大蛇など、ブリジットなら槍を一投しただけで吹き飛ばせただろう。その境地に至らなければ、魔王に挑む資格すらない。

「ま、あそこは地道に頑張ってくれれば心配ありません。問題は……」

「あら、また呼び出しですね」

 電話機ならぬ念話器のコール音。表示されている世界と相手に、ユークは心底嫌そうな顔をしながら、受話器を取る。

『メアリーです。定時報告ですけど、聞こえてますか?』

 ある世界にて“冷血王の隠し刀”と呼ばれた暗殺諜報集団の筆頭にして、“拳聖勇者”の魔王討伐を影から支え続けた殺しの達人。

 であるが、そんな彼女が疲れた声。

「聞こえてる。メアリー そっちは大丈夫か?」

『……おかげさまで。今回も“首刈り聖女アルテミシア”がめちゃくちゃ楽しそうにしてる』

「…………そりゃよかった」

 メアリーたちを派遣した世界は、人間の王や領主・教会と、魔族の王や領主たちが相争う群雄割拠の暗黒世界。

 混沌とした世界であるが、近年大きく天秤が崩れてきた。人間国家が立て続けに二つ倒れ、魔族たちの勢いが増してきたのである。

 そこで、ユークたちは政治や軍事に長けた有力な魔族の王や領主を立て続けに暗殺し、内輪揉めを誘発させて人間国家への侵略を押しとどめよう、と企んだのだが、

「こっちのモニタだとなんか魔族の軍勢の動きがおかしいんだが、何かあったのか?」

 不自然なまでの大軍が、ある魔族領を包囲しているのである。

 取り囲まれているのは暗殺指示を出した魔族領だから、メアリーたちが領主を暗殺した結果、弱ったと見て他国が火事場泥棒にやってきたと考えれば不思議はない。だが、それにしても複数の国家からなる魔族の大軍が、国境に張り付いたままピクリとも動かないのは解せない。

『魔王から逆に魔王認定されました』

「……何やったらそうなるんだ」

『基本的にパワーバランスを見て、適度に有力者をごっそり殺すってことで、何カ所かでそれやったんですけど』

 そこまでは、作戦通りだ。その領地を空白地帯にしないまでも、大きく力を削ぐことで、隣国の魔族との同士討ちを誘ったり、人間国家への侵攻能力を奪う、という作戦。

『アルテミシアが、祝福はあまねくこの世界の魔族のみなさまに余すことなくもたらされるべきですわ、とか言いだして』

「ああ」

 めっちゃ言いそう。

『お花で飾ってきれいに加工した魔族領主の死体を、神の祝福だかなんだかの聖句を添えて同盟魔族領にばらまいたんです』

「……さすが神罰ガチ勢はモチベ高いな」

 “首刈り聖女”は、聖女と称されるだけあって大変信仰心にお厚い女性なのだが、同時にその高い戦闘能力から最前線に立たされ続けた結果、魔族絶滅と信仰が変なところでかみ合っていま現在そんな感じのブレンドになっている。

『あと、ベオグランド大公領……ぼちぼち魔族領が密集してるうち、中央の魔族の強国を潰したんだけど』

「それは予定通りだよな。空白地帯にして、周辺国同士で取り合わせ――」

『聖斧の浄化結界で大公領ごと封鎖して聖ベオグランド大司教国とかホラ吹いて周辺魔族各国に救済のお知らせ宣戦布告を』

「ほんと何やってんだおい」

『隣国とか、わくわく祝福セット同盟領主の死体を送りつけられた同盟国が東西南北全部合わせて計十万ぐらいの大軍になって国境に押し寄せてて』

 それが妙な動きの理由か、とユークは納得する。納得したくはないが。

「さすがにその数は、二人だと厳しくないか……?」

『それが、あの聖女サマの結界めちゃくちゃ強くて、魔族兵が領内に踏み入った瞬間にされちゃうから、向こうも全然手出しできずに今にらみ合い中』

「…………確かにあの聖女は浄化系得意だったな」

 無論例の聖女もどきの持つ聖斧“神の正義を下す首断ち斧アッシュ・ド・ジュスティス”由来のなので、浄化の効能は『魔なる存在の首および魂を身体と現世から斬り離す』となる。具体的に言うと魔物が結界に触れた瞬間に首があろうがなかろうが首ちょんぱという。

 浄化のための膨大なマナは、おそらく天界から経費で落ちているはず。まあ無尽蔵という話だから大丈夫だろう。

 ユークはとりあえず思考を止めた。まあいいや人類のためだ、と。

『一応目的通りっちゃそうだけど、もうあの聖女サマどうしたら良いかわかんないんですけど。というかもはや暗殺仕事じゃなくなってきてるし、アタシ帰っていい?』

「一応もうしばらく見張っといてくれ。あとアレと直接話すのは俺がきつい」

『責任者! アレを動かしたの社長だかんね!?』

「……悪かった。適当なとこで切り上げるように伝えるから、もうちょっとにらみ合っててくれ」

『……了解。頼むからね! ほんと早く帰してね!?』

「わかったわかった――じゃあな。引き続き頼んだぞ」

 最後、縋り付かれるとめんどくさいので半ば強引に念話を切る。

「はぁ……」

 ……何でこう、うちには問題児がゴロゴロしているのか。

 答えは簡単。問題児だからこそ元の世界を追放された連中もそこそこ混ざっているからだ。

 例に漏れず、彼女も危険人物として戦後に処刑されようとしていたのだが、

 ……今ならちょっとだけ、その気持ちがわかる。

 何ならそっちの方がよかったかなと思わないでもないユークであった。



 そうして、普通の定時報告と大変疲れる定時報告を一通り捌き終わり、派遣勇者がいない世界のモニタチェックと、今後の方針を考えていると、

「ガスパール、戻りました」

 鎧甲冑姿の大男がドスのきいた声でのっしのっしと執務室に入ってきた。

 元聖騎士で、伝説の竜殺しの剣を岩から引き抜いたことで勇者として認められ、軍団を率いて竜魔王を討伐した名将。

 魔王討伐後は、定番のクーデター疑惑(濡れ衣)を食らってあわや断頭台のところをユークと神槍の戦乙女ブリジットが二人でかっさらってきた男だ。

「ご苦労様。確か、エドガーと交代だったな。収穫は?」

「こちらに」

 ガスパールが差し出したマナストーンには、倒した魔物のマナがぎっしり詰まっていた。今回はかなり多めだ。

「まずまずか。今回もそれなりにトラブったみたいだな」

「一度、中位竜の群れに集落が見つかりました。どうにか死者なしで乗り切りましたが、肝が冷えました」

 彼が先ほどまでシフトで入っていたのは、竜族が世界全域を支配し、人間がその片隅で細々と暮らしている世界。竜たちが人間にさほど興味を示さないことで、かろうじて人間たちが生きていける危ういバランスの世界だ。

 そんな世界で、遊び半分で人間の集落を焼きに来るやんちゃな若竜をぶちのめす仕事が、今回の彼の仕事だった。

 話を聞くからには、ずいぶん活躍させられたらしい。

「お疲れ。この後の休暇は地元だったよな。ゆっくり休んでくれ」

「助かります。マナをいくらかいただいても?」

「おう。持ってけ。量は王女殿下と相談な」

「かしこまりました。ではイルフェリア殿下」

「ええ。こちらに。休暇の期間と必要な権能を書きだしていただければ、こちらで適正値を割り出しますので――」

 そうして二人は、しばしマナ出費の算定と記録を始めた。

 業務上必要なマナは天界のものを無尽蔵に引き出せる。いわゆる経費だ。

 天界は“神々の物置”だけあって、マナも天文学的な量保存されているらしく、現世時代では心配になるほどの量が使い放題となっている。

 ただし、用途は女神ミラナリアスが天界から使用を許諾された範囲――すなわち“人類の救済のため”と制限されている。

 勇者たち個人のバカンスなどでは使えないため、そのためのマナは、出先の魔物討伐で集めたものを、それぞれに配分して使う。

 逆に、自分たちが集めたマナであれば、使い道は特に制限されないので、わりとこうして気楽に使っている。給料代わりというヤツだ。

 天界への召喚が間もなく、家族がまだ存命の者はガスパールのように故郷にこっそり帰ったり、逆に故郷に未練がない者は全く縁のない異世界を観光がてら巡ったり、天界に新しい空間を開拓し、自分の家を建てている者もいる。

「では、しばしお休みをいただきます」

「ええ。ごゆっくりなさってくださいませ」

「見つかってまた断頭台は勘弁してくれよ」

「自分もそれは勘弁ですね……」



 軽口とともにガスパールを見送ると、入れ替わりでうるさいのがドアを蹴破って帰ってきた。

「たっだいまー!」「……戻りました」

 先ほど魔王討伐に出したレティアと、その後ろの小柄な少女はラオナだ。ゲバルトは元の世界での任務に戻ったらしい。

「あら、みなさま、おかえりなさいませ。いかがでしたか?」

「つかれたー! 王女様聞いてよ今回の魔王城。結界がちょっといいの使ってて最初なんかカボチャの皮切ってるみたいで」

「ふふふ。カボチャですか。最初に刃を入れるときは力が要りますものね」

 イルフェリアは手慣れたもので、神威剣と精霊鎧装を外しもせずソファに座り込んだレティアの装備を手早く解除しストレージに保管。マナストーンも回収し収入に計上する。

「ラオナ。お疲れ。今回の戦果は?」

「……これ」

 手渡されたマナストーンを手に取る。一個大隊相当の量だ。

「わりと少なかったな?」

「……レティアちゃんが……早めに終わったから」

「あー」

 確か、魔王が予定よりあっさり吹き飛んだので、主力の半分をレティアが吹き飛ばしたとか。収入が向こうに行ったのか。

「予定より順調に片付いたならよかった。なんか気になることとかはなかったか?」

「……ん。きっと、あの世界の人たちなら、もう大丈夫」

 現地の人間と何か言葉を交わしたのだろうか。無表情の中に差すわずかな笑みに、ユークも笑みを得る。

「そか。ともあれお疲れ。しばらく休暇だが、どうする?」

「……ハーウェンに」

 観測通番二十一番世界にある、ラオナが気に入っている優秀なぬいぐるみ職人の集まる街だ。

「わかった。王女殿下には伝えとくから、レティアの精算が終わったら、申請してくれな」

「……ん。ありがと、しゃちょ」

 猫のようにふにゃ、と表情を緩めるラオナに、ユークはほんのり癒やしを得るのだった。



 そうして、ちょっとしたトラブルと隣り合わせに、気ままに暮らす日々が続く。

 けれど、少しばかり大きなトラブルが起きることもある。

 例えば――。

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