チートすぎて世界から追放された(元)勇者たちは異世界を股にかける勇者派遣業をはじめたようです

夕凪

第1話 ある勇者の物語

 そこは、暗黒に沈んだ世界であった。

 紫雲が空を覆い、毒の霧が立ち上る、枯れ木ばかりがそそり立つ、荒れ果てた大地。

 生あるものは全て消え果てたとさえ思えるその地に、4つの影があった。

「たどり……ついた!」

 小高い丘に立つのは、懐に剣を差し、赤いマントを翻した鎧姿の少年。

「あれが……」

 三角の魔法帽と紺のローブに身を包んだ、木の杖を手にした少女。

「あそこに親父たちの、仇がいる……」

 赤いマントの少年よりも一回り大柄で、重たい鎧と巨大な盾を持つ男。

「魔王城……!」

 誰よりも軽装で、けれども顔は黒いフードとスカーフで深く隠した少女。

 勇者。

 魔法使い。

 戦士。

 盗賊。

 そして、

「まがまがしいほどの邪気……! 間違いありません!」

 魔法使いの懐から飛び出したのは、背中に半透明の四舞羽根を背負った人型の存在。

 妖精。

 勇者を筆頭とする五名のパーティは、幾日もの死闘を越え、幾百もの屍を築き、ついにここにたどり着いた。

 魔王城。

 中央尖塔の高さは666階。五重の城壁に囲まれ、内部は複雑怪奇。

 幾人もの腕利きが、あるいは国家の威信を賭けた大軍が挑み、そのことごとくを呑み込んだ悪魔の居城。

 世界を蝕もうとする闇と混沌の根源。

「感じます……あの中に、魔物が数え切れないほど……! しかも、どれもこれまでとは比べものにならない強さです……!」

 マナと親和性が高い妖精は、その怖気にも近い禍々しさを直に感じているのだろう。

「それがなんだ。俺たちは乗り越えてきたんだ」

 だが、勇者は堂々と言い切る。

「そうよ。そんなピンチを、あたしたちは全部はねのけてきたもの」

 魔法使いは誇らしげに笑う。

「心配性だな。オレの盾がみんなを守る、勇者の剣が敵を断つ。それでどんな敵もぶっ潰してきた」

 盾の戦士は自身の胸を叩く。

「私たちは、最強の勇者パーティだもの」

 盗賊は、不敵な笑みを浮かべる。

「……ですが。さすがに今回ばかりは厳しい戦いになると思います」

 しかし、仲間たちの自信に満ちた言葉を得ても、妖精はなおも険しい表情を崩さない。

「一度中に入ると決して戻れません。倒せども無限に現れる敵、瘴気で徐々に奪われる体力と魔法力……これまで何人もの聖騎士たちが、ただ無為に消耗し、魔王にすらたどり着けないまま息絶えています」

 妖精が語るのはこれまでの歴史。人類が魔王に挑み、幾度も破れてきた敗北の歴史だ。

 ごくり、と誰かがつばを飲む音。

 だが、それを聞いて逃げ出そうと言い出す者は誰もいない。

 彼らは勇者であり、勇者の仲間であるのだから。

 なおも決意が変わらない彼らの表情を見て、妖精も一つ決意を固めたように切り出した。

「だから、今回は助っ人を呼ぼうと思います」

「えっ」

「……助っ人?」

「誰?」

 あまりに想定外の単語。世界中から選りすぐられた自分たちを、この暗黒大陸の中枢で、今から突然助けに来る存在など存在しうるのか。

 訝しがる勇者たちを前に、妖精は光る指で小さく宙に円を描く。

 指の軌跡が描いた光の円はふわりと大きくなり、やがてそれは、“門”となり、空間をつなげ、

「こんにちはー♪」

 ドピンクの髪の少女が現れた。

 

「「「「…………は?」」」」


「どうもっ。このたびはお声がけいただきありがとうございます! “勇者派遣会社ブレイヴス”から来ました勇者、レティアです! 気軽にレティって呼んでね」

 気さくに手を振るのは、丈の短いズボンを履き、最低限の金属鎧を身につけた妙に軽装の少女。

 不気味なのは、軽装とは妙に不釣り合いな大剣を背負っていながら、まるで重さを感じさせないその動き。

「……はけんがいしゃ?」

「……ぶれいぶす?」

「……何者?」

「いわゆるお助け勇者です。こちらの皆様は、確か“ショートカットコース”のお申し込みでしたよね?」

「はいはいそうですそうです。お忙しい中よくお越しいただきまして」

 パーティ四人が呆気にとられる中、ピンク髪の自称勇者を喚びだした張本人ようせいは、もみ手でどこか下卑た表情。

「先生、あのまがまがしい建物に、ここはもう、一発ガツンとやっていただけると」

 盗賊の少女がうさんくさいものを見る目で妖精を見るが、ピンクの髪の少女はどちらもお構いなく、腰に下げた大剣を引き抜くと、軽く振って見せる。

「おけおけ。ガツンとやっちゃうよ。任せて!」

 どこか軽い調子で「あ、ちょっとそこどいててね」などと言いつつ、パーティたちを後ろに下がらせるピンクの勇者。

 大剣を「どっこらせ」などと気軽に持ち上げ、切っ先を天に向けると、小さく息を吸った。


「――我が剣は、陽光のしるべ


 瞬間に、少女の表情から笑みが消える。

 剣先の向く天上、紫雲にわずかに裂け目が生じた。

 暗黒の大地にて、長らく存在すら忘却の彼方にあった太陽が、少女に一条の光を差し出す。


「闇を裂き、混沌を祓いて、あまねく生の行く先を示さん――」


 少女が綴る言葉とともに曇天の裂け目は開いてゆく。

 陽光は少女を包み、その手の大剣は祝福を受けて静かに輝きを増してゆく。

 輝きはやがて光の刀身となり、陽光を辿るように、その刀身は瞬く間に紫雲まで達する。


「神威を以て天命が指す道をひらけ!」


 結びの句とともに、少女は光の柱と化した己の剣に命ずる。

 その力を示せと。

 

天地拓く神威の剣エムトヴルフ・ヘヴンズロード――!!!」


 剣の名とともに、光の道は拓かれた。


   *


 天を衝く光は、紫雲を裂いて暗黒の源泉に叩き付けられた。

 王を守らんとした闇の障壁は飴細工のように切り裂かれ、

 遙か高き魔の尖塔は、光に呑まれながらとともにその高さを失ってゆく。

 数々の戦士を食い尽くしてきた闇の迷宮は圧倒的な力の奔流に踏み潰され、

 何人も通さぬ五重の城壁は、護るべきものを失った後に一直線に薙ぎ払われた。


 かくして。

 闇と瘴気に包まれた難攻不落の要塞は、

 世界を混沌に陥れんとする王の居城は、

 “魔王城”と呼ばれた、人々の恐怖の象徴は、

 余すところなく瓦礫へと変わっていた。


「「「「…………」」」」


「どーだ思い知ったか!」


 そして、闇と混沌の根源を、まるごと吹き飛ばした少女は、

 挑むはずだった城を失い、呆然とする少年少女たちに、


「じゃ、困ったらまた呼んでね!」


 向日葵のような笑みを残し、疾風のごとく去って行った。


 紫雲が払われた空は、清々しく透き通るほどの青空だった。

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