第3話 自爆×鼻血

「……ご、ごめん。本当に何のこと……?」

 僕はまったくわかっていないので、繰り返し井野さんに尋ねる。

 っていうか、なんでも僕にしてまで黙って欲しいことって何? そっちのほうが普通に怖いんだけど……。


「だ、だからっ……わっ、私が……カバンのなかに、そっ、そのっ……」

 僕が本当にわかっていない、と思った井野さんは、すると聞いてもいないのに「あのこと」の説明を始める。


 ……いや、それ言っちゃだめなんじゃ……?

 顔から指先まで、前髪で隠れていてもよくわかるくらい真っ赤にした井野さんは、決意したように呟いた。

 ……僕が、止める前に。


「か、買ったばかりのBLの漫画をたくさんいれていたことですっ」


「……はい? BL……?」

 BLって、あの、ボーイズラブの、BL……? 本屋さんとかに行くと、一か所に集中して陳列されていることの多い、あの……?


「……へ? あれ? ほ、本当に見てなかったんです……か?」

 答え合わせをしてもなお、反応が薄い僕を見て井野さんは、少しずつ、赤かった顔を少しずつ青ざめさせはじめた。まるで歩行者信号機みたいだ……。


「う、うん……。カバンの中身は僕、見てないけど……」

「あ、あれ……? 私、カバンの口開けて盗まれたんじゃ……へ?」

 僕の話を聞いて、青くなった顔をあちらこちらへと動かして、体の前に重ねていた両手は忙しなく宙を飛んでいる。


「いや、閉まってたけど……」

 開いていたならば、僕がカバンを取り返したとき、中身が散乱するに決まっている。


「……え、え……? じゃ、じゃあ……私が八色くんのことを、言いふらさないように見ていたのって……」

「そういうことだったのね……。なら、無駄だったってことになるけど……」

「もしかして……わ、私がBL趣味にしていること……今初めて、聞きました……?」

 そして、恐らく一番彼女にとって重要なことを、僕に確認した。


「……そ、そうだけど」

「ひっ、ひぃん!」

「ひぃん?」

 全てを理解した井野さんは、そんな独特な悲鳴とともに、その場から飛び跳ねて、ガシャンと並んでいる机にモロにぶつかる。


「だ、大丈夫……?」

 かと思ったら、今度は床の上に直接座り込んでは、深々と頭を下げてこう叫んだ。

「おっ、お願いしますっ、このことは誰にも言わないでくだしゃいっ!」

 ……噛んだ。今、噛んだよね? っていうか、結局ここに行きつくんですね。


「なっ、なんでも、なんでもするのでっ!」

 ……自爆というか、墓穴というか。どっちでもいいけど。自ら僕に対して窮地に陥りにいったよね、この子。


「あ、で、でも、できればそんなに恥ずかしいことは……許して欲しいというか……」

 って何土下座に近いことしながら鼻血垂らしているの? 僕、そんなにエロいこと命令するようなキャラに見えてた? この子の頭のなかどうなっているの?


「いっ、いや……べ、別に誰かに言いふらすとか、そんなつもり全くないから……し、心配しなくても……。は、鼻血、大丈夫……?」

 多少の戸惑いを表にしつつも、なんとかこの場を収めようとする僕。普通に見れば僕やばい奴だからね? 女子に土下座させている。……いや、その女子は鼻血を垂らしているという、意味不明なポイントがひとつあるけど。


 すると、騒がしくし過ぎたのか、ドアがガラガラと音を鳴らし、

「おーい……。誰だー、立ち入り禁止の空き教室入っているのは……って、八色君に井野さんじゃないか……しかも例によって鼻血出してるし。井野さーん、ここ学校。変な妄想しないの」

 そんな注意の声が聞こえてきた。


「……か、上川先生」

 入ってきたのは、僕のクラスの担任の上川かみかわ先生。今二十七歳とかなり若い国語の先生で、生徒の間ではもっぱらいいひとと評判だ。


 ……彼女の鼻血は通常運転なんですね、先生。なんで先生がそのことを知っているかは触れないでおきますけど。

「で、何故に井野さんは八色君に土下座をしているの? 弱みでも握られた? はいティッシュ」


 しかもナチュラルに対応しているし……。これが年の功ってやつか、はたまた単に井野さんのことをよく知っているからか。


「……え、えっと……そ、そんな感じです……ひゃい……」

 なんで僕、担任の先生の前でこんなことになってるの? まだ四月なのに……。変な生徒って思われてそうだなあ……ははは……。

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