第13話 13

「……京介さん……どうして、どうしてこの間は……」


 陽菜がいつのことを指しているのか見当もつかない。


「この間って?」


「別れさせ屋の時です。京介さんはこんなに強いのにわざと殴られていたんですか?」


「あの時か。強いのか、わからないけどずっとボクシングをしていたからね。素人相手に格闘技は凶器になってしまうし、殴られて別れさせることができるならどうってことないよ」


「では……わたしが見た土下座の時も……」


「個人情報だから詳しくは言えないけど、最後の手段として必要だったから」


 その筋の方から依頼者を助けだすには、ひたすら土下座するしかなかった。

 そのおかげで彼女は水商売から足を洗えたのだ。


「京介さんはなんだかんだ言ってて本当に優しすぎます」


「そんなことないよ。俺なんて全然だよ。それより冷めないうちにグリューワイン飲もう」


 俺が優しいなんてありえない。

 借金の返済に必要な行為をしているだけだ。

 話題を変えたくてワインを口にする。


「おいしー!」


「うん、美味いし体も温まるね」


 シナモンの香りもいいし、なによりも冷えた体に染み渡る。

 よほど気に入ったのか陽菜もゴクゴクと飲んでいる。


 ひょっとしてお酒強いのかな?


「ほんとこれ美味しいです!気に入っちゃいました」


「寒いからあっという間に飲んじゃったね。限定マグ付きも販売してたからもう1杯飲んじゃおうか?」


「え、限定マグですか?欲しいです。でも……今度は一緒に行きます」


 さっき嫌な思いをしたから当然の要求だ。

 俺も心配だし傍においておきたい……ん?なんか変だな。


 限定マグ付きグリューワインを求めて先ほどのお店へ向かうと、突然右腕に重みを感じる。


「あのー……陽菜さん?」


「はい、なんでしょうか?」


 そんな当たり前に返事をされると、いきなり腕を組まれても突っ込めないでしょ。

 

「さ、寒いのかな?」


「う~~!寒いです~~」


 さらに体ごとあずけてくる。

 まさか酔って……


「あ、空いてますよ!限定マグちょうど2つありますね。すいません、限定マグ付きでグリューワイン2つください」


 疑念にかられながらもすぐに注文されてしまった。


「京介さん、このマグカップって2つの絵が組み合わさって完成品みたいです」


 テーブルで横に並べてみると―――


 なるほど。クリスマスの風景が描かれているのか。うまい商売だな。


「お互いに一生大事に持っていましょうね?」


「あ、ああ……」


 そんな純粋な笑顔で言われたら断れない。

 思わず即答しちゃったけど、これって恋人同士の会話じゃないのか?

 横目で彼女を見ると照れているのか酔っているのか頬がピンク色だ。


 ……ん?

 さらに目がトロンとして……


「美味しそうに飲んでるけど、ワインが好きなの?」


「ワインというか……お酒は初めてです」


「えっ!?じゃあどれくらい飲めるのかわからないよね?」


「京介さんが一緒ですし大丈夫です!」


 全然大丈夫じゃないでしょ!

 男性が苦手なはずの彼女がなにしてくれちゃってるんだよ。

 俺も少し酔った感覚があるので頭がプチパニックである。


「なんだかふわふわして気持ちいいですね~」


「初めてのお酒で酔ってる?」


「酔ってませんよー。気持ちいいだけです」


 典型的なお酒初心者の言葉だ。

 気持ちいいのが突然あとから気持ち悪くなるんだよ。


「とりあえず飲み過ぎたらいけないし残りは俺がいただくよ」


「嫌です。美味しさを独り占めなんてさせません」


「違うよ。これ以上飲み過ぎたら―――」


「嫌です。これだけは譲れません」


 これだけって……どれなら譲ってくれるのだろうか。


「仕方ない、気分が悪くなったらすぐ教えてくれ」


「はい!それよりここからが本番です。京介さんのお話を聞かせてください」


「だから昨日も電話で……」


「ダメです。いまはプライベートですし電話でもありません」


 普段は大人しくて言いたい事も言えないような性格なのに……お酒のせい?

 さっきと同じように頑として譲る気はないようだ。


 酔ってるみたいだしどうせ覚えていないだろ。

 俺も酔いがまわっているので警戒心が薄れていた。


「元カノの倉持さんと……なにがあったのですか?初めて怖いお顔の京介さんを見てしまったので気になりまして……」


「俺が落ち込んでいる時に浮気現場を目撃して別れたんだよ」


 目を大きく見開いて驚く陽菜。

 恋愛未経験者の陽菜にはいきなり刺激が大きかったらしい。


「あんな綺麗な人がそんなことをするんですか?」


「見かけが綺麗でも心がきれいとは限らない。君は……いや、何でもない」


 俺はいま何を言いかけたのだろうか?


「その時はきっと……悲しかったですよね?」


「悲しいというより、みじめな感じがしたよ。世界中で独りぼっちって感じでさ」


「独りぼっちなんかじゃありませんよ。よく頑張りました」


 頭の上に温かさを感じると陽菜が優しく撫でていた。

 不思議と周りの目が合っても恥ずかしさはない。

 なんだか目頭が熱くなる。


 ……きっと俺も酔ってるな。


「でもそれだけじゃあんなに怖い顔は出来ませんよね。全部最初から話してください。心を軽くしてあげてください」


 俺はいままで隠し続けた自分の感情を、すべて吐き出そうとしていた……

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