八章 「過去の恋(彼サイド)」

 恋ということを考えていると、俺は前の恋愛を思い出した。

 それは思い出すことさえ辛い記憶だった。今まで思い出さないようにしていた。

 その人との出会いは簡単な社内恋愛だった。

 相手から告白してきた。

 その人は天真爛漫な人だった。

 明るいといえば聞こえがいいけど、行動も気分も全く予想できない人だった。

 機嫌を損なうと一日機嫌が悪かった。

 そんな彼女に振り回されて、一年ぐらい俺は付き合っていた。

 しかし、ある日俺は我慢できなくなって不満を言葉にした。

「ちょっと自分勝手すぎないかなあ?」

 その言葉を聞いて、その人は豹変した。

「はぁ? あなたごときが私に口答えしていいと思ってるの?」

 イライラしてることはよくあったけど、今までそんな汚い言葉を使っているのを聞いたことがなかった。

 何がそんなにダメだったのだろうか。俺は間違っていたのだろうか。

あまりの変わりっぷりにただただ恐かった。

 それから一時間以上怒られ続けた。長い時間怒られるのは精神的にもきつい。俺はずっと謝っていた。何が悪いかわからないけど、空気に流されて謝っていた。そして、急に別れるからと一方的に言われて俺たちの関係は終わった。

 ちなみにその人は今でも変わらず同じ会社にいる。あの日のことが嘘のように誰に対してもにこにこしてる。

 もちろん俺に対してもそうだ。女って心底恐いと思う。

 そんなことがあったから、俺は自分の意見を言ってはいけないんだと思った。

 自分なんてだすから問題が起きるんだ。

 世の中の全員がそうではないのはわかるけど、その人はあまりにも衝撃的だった。それは俺の考え方を変えるのには十分すぎるほどだった。

 それから俺は自分の意見を言わないようになった。それに人に流されるのは、自分も楽だった。

 あの人は俺のどこに好意をもったのだろうか。支配しやすそうだから?今となってはわからない。アリストテレスは「愛ということは、愛されることよりも、むしろ愛することに存する」と言っている。愛しているという感情があの人からは全く感じられなかった。もちろん愛にはいろいろな種類があるとは思う。だけど俺は納得できなかった。その出来事を境に恋や愛というものがわからなくなった。

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