満月のハナシ
Ni:(にぃ)
赤い月 霧と歌姫
第1話 冒険者たち(1)
この世界には色の異なった4つの月が存在している。
月は30日の周期で、赤・青・白・金の順番に光の色をかえて現れる。
「赤い月」は、狂気と破壊を──
「青い月」は、悲哀と衰退を──
「白い月」は、無垢と再生を──
「金の月」は、幸運と栄華を──
いつしか月の色には、そんな意味があると云われていた。
実際に月の力がそうさせるのか、それぞれの月の色でそのような事象が起こりやすく、この世界の住人にとってもそれは疑うことのない、それこそ子供でも知っている世界の理だった。
──赤い月。次の満月まで、あと少し──
少女は、赤い月が好きだった。力あふれる情熱の赤。
狂気じみた赤い月は、見上げる少女に静かに光を浴びせていた。
「もうすぐ……もうすぐ、私の願いが……」
少女は歓喜と興奮にその身を震わせ、やがて小さな声で歌い始めた。
透き通るような美しい歌声は、静寂が支配していた闇を赤い光で包み込んでいき、やがて狂気の赤は海さえも飲み込んでいった……
港町レーナは「ここにないのは雪ばかり」とまで言われる程に、なんでもそろう貿易港だ。
港を中心に海岸に沿って広がった町並みは、国際色豊かで雑多な印象を与えている。
さまざまな地から富と人が集まるため、自由で開放的な雰囲気があり、冒険者にとっても居心地のいい町として有名だ。
中でも酒場は冒険者向けの依頼が多く集まり、冒険者のたまり場として昼夜問わず賑わっていた。
2階が宿になっている酒場、『碧の月亭』もそのひとつだ。
「パーティじゃなくても受けられる仕事はこれくらいか……」
女は一人、ため息混じりに仕事の依頼書が張り出されている掲示板を睨みつけていた。
整った顔立ちの若い女冒険者。見た目では25歳くらいだろう。
深い藍色の艶をみせている黒髪は肩にかかる程度の長さで、ナイフのようにとがった耳先がその髪を裂いていた。
しかしその長さはエルフのソレほどではなく、人間とエルフの間で生まれるハーフエルフだと見てとれる。
よほど自分のスタイルに自信があるのだろう。ボディラインがはっきりわかるピッタリとした服に身を包み、その上から革製の鎧を着ている。
「お、レシーリアじゃねぇか。冒険者家業に復帰か?」
酒場の店主でもある通称「オヤジ」がニヤケ面で言う。
レシーリアと呼ばれたハーフエルフは、「引退した覚えなんかないわよ」と小声でつぶやきながら、依頼書を一枚剥がした。
冒険者パーティとして中堅クラスだった彼女だが、数ヶ月前にパーティ内の2人が結婚・引退し、なんだかんだでパーティも解散となってしまっていた。
「……ったく……ぬるい仕事でもして食いつなぐしかないじゃない……」
言いながら木製のイスに腰を下ろす。キィとイスがきしむ音に少し嫌そうな顔をするが、すぐに依頼書に集中する。
今ある依頼の中で、パーティじゃなくても受けられて簡単そうなものはこれくらいだった。
輸送船『フレイル』の護衛。
期間はバリィまでの6日間で食事付き。
前払いとして、金貨2枚。成功報酬は金貨8枚。
不慮の事故による護衛期間の延長は1日金貨2枚。
ただし、護衛の失敗に対しては報酬はなく、前金のみとする。
興味のある者は、明日の正午までに第四港・二番まで。
ブラン伯リュッテル
昨日の昼、掲示板を見た時にはなかった依頼だった。おそらく夜に張り出されたのだろう。
つまり「明日の正午まで」というのはあと1時間後のことをさしている。
それにしても掲示期間が1日とない依頼書……随分と切迫しているのが少し気になる。
本来なら盗賊ギルドで色々と調べたいところだが、のんびり悩んでいる時間はなさそうだ。
最近海は静かだと聞くし、難易度的には新米冒険者向けの仕事だろう。
「ほぼ何もない船旅に同行するだけ……報酬はむしろ多いくらいね……パーティじゃなくてもいいし……」
突然一人の冒険者になってしまった自分には選択の余地はなかった。
「おもしろくない……あぁ~おもしろくないわ……」
レシーリアはもう一度ため息をすると依頼書を掲示板にもどし、しぶしぶ指定の港に向かうことにした。
「フレイル号の護衛士は、これで全部だな?」
体格のいい男はそう言って周りを見回す。日焼けした肌にタンクトップという出で立ちが、いかにも海の男だ。
ただレシーリアにとって男くささが可視化したような存在で、見ているだけで暑苦しく正直あまり正視したくない。
「各自用意はできているな? では説明の後、早速乗船してもらう」
彼の後ろに控える小型輸送船フレイル号は小型ながらも寝室や倉庫、ラウンジなどもありなかなかの設備のようだった。
港に集まった輸送船の護衛兵……というか野良の冒険者は自分を含めて6人だった。
レシーリアが見た依頼書は2回目の緊急募集のものらしく、事前に一度募集があったようだ。
飛び込みでやってきたのはレシーリアだけで、自分以外は1回目の依頼の時に書類のみの審査で選ばれたらしい。
「では、護衛士各位にブラン卿からの伝達だ。一つ、護衛士は輸送船フレイル号の護衛を任務とし、その力を持って外敵から船を守ること。一つ、予定航海日数の6日間をこえた場合は、護衛士の任務期間もまた延長される。ただし延長の際の報酬は1日金貨2枚とする。一つ、護衛士は任務の放棄または失敗をした場合、報酬は渡されないものとする。一つ、護衛士長リア・ランファーストの任務に関する命令は絶対とする。以上、この内容に反しないよう護衛についてくれ」
へぇ……と、レシーリアの口元から思わず声が漏れる。
リア・ランファーストの名前は知っている。
むしろ有名すぎるくらいだが、自分以外の他の5人の反応が妙に悪い。
もしかしたら、新米冒険者なのだろうか。
この場にリアはいないようだが、彼らも一目見ればきっと覚えられるはずだ。
なにせ彼は、左手のない剣士なのだ。
リア・ランファーストは、戦闘能力の高い4人構成の冒険者「スパイクス」のメンバーで、彼自身どんな過酷な状況からも戻ってくることから“生還する者”の二つ名を持っている。
戦闘能力の高い冒険者で構成された……と言うものの、その構成バランスはすこぶる悪い。
通常1つのパーティには戦士以外に、罠の発見や解除と様々な扉や宝箱の解鍵で役立つ盗賊や、古代文明の知識や月の力を借りて魔術を行使する月魔法使い、そして何よりも大事な治癒魔法の使い手である神官がいるものだ。
それら全員を必要としないのだから、一人ひとりが相当なスキルの持ち主なのだろう。
……たしか「スパイクス」も今は活動休止中と聞くが……
だとしても今更なぜ、こんな簡単そうな仕事にリアが出てくるのか少し疑問に感じる。
「前金の金貨2枚だ。乗船する者はお前たち護衛士6人とリア殿、船員6名、そして船長のオレだ。外敵からの攻撃がない限り自由に船の中で過ごしてくれてかまわない。見張りや部屋割りはリア殿と決めてくれ。話は以上だ」
男はそう言うと金貨の入った袋を配りだす。
まずはリアが来るのを待つしかないのだろう。
レシーリアはとりあえず船の中でも見て回ろうと、金貨を受け取るとそのまま乗船した。
乗船してからリアが現れるまで、それほどの時間はかからなかった。
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