巨大数の大きさとクヌースの矢印表記

 観測可能な宇宙の原子の数は10 80程度と言われている。あくまでも推定値なので誤差はあるだろうが、とてつもなく大きい数であることは確かだ。

 しかし、巨大数の世界では10 80よりも遥かに大きな数が存在する。


「そのうちのひとつはグーゴル(googol)。これはGame of Googolで説明したが10 100だ。あっ、1グーゴルな」

10 100だから、10 8010 20倍か……10 20ってなんて言うの?」

「1垓だよ。ちなみに垓より先は𥝱じょじょう、溝、かん、正、載、ごく恒河沙ごうがしゃ阿僧祇あそうぎ、那由他、不可思議。で、最後が無量大数」

「無量大数は聞いたことある。無量大数はグーゴルより大きいの?」


 愛華の問いに俺はかぶりを振った。


「1無量大数は10 68だから1グーゴルに遠く及ばない」


 1000無量大数でも10 71だしな。1000無量大数を10穣(10 29)倍してようやく1グーゴルに等しくなる。


「ってことは、グーゴルが一番大きい数の単位?」

「いや、仏典の『華厳経げごんぎょう』に不可説不可説転という数詞がある。1不可説不可説転は10の約37澗乗」

「37澗乗!?」


 正確には10の37潤2183溝8388穣1977秭6444垓4130京6597兆6878億4964万8128乗。ここまでくると読み上げることすら面倒になる。

 

「え、じゃあ、1不可説不可説転は37澗桁もあるってこと? 絶対書ききれないじゃん」

「まあ、物理的に無理だね」


 確かに不可説不可説転は大きな数だが巨大数の世界ではまだ序の口だ。指数表記できるのだから。

 不可説不可説転より大きい巨大数で有名なものとしてグーゴルプレップス(googolplex)が挙げられる。1グーゴルプレップスは10のグーゴル乗、つまり10の10の100乗乗だ。

 

 1googolplex=10   1googol


「グーゴルプレップスって不可説不可説転の何倍ぐらいなの?」

「差が大きすぎて倍で表現するのは難しいな。べき乗だと1不可説不可説転の約268那由他6844阿僧祇乗が1グーゴルプレップスだ」

「268那由他乗?」

「まさかべき指数で那由他が出てくるとはね」

 

 成宮が苦笑交じりに言った。こいつにしては珍しい表情だ。


 ちなみに「googol」とつく数の単位は比較的多く、1googol以下では次のような単位がある。


 googolspeck =10 90

 googolcrumb=10 95

 googolchunk=10 99

 googolbyte=2  300


「巨大数を表記する方法のひとつとしてクヌースの矢印表記がある。例えば、2 4は2↑4。3 10は3↑10」

「矢印の右側が指数なんだ」

「そう。だから1グーゴルプレップスは10↑10↑100と書ける」


 コンピューターでは指数表記で2^3=8や3^10=59049といったように「^」を使用するが、それが矢印に変わっただけと考えれば仕組みは理解しやすい。

 注意する点として、クヌースの矢印表記は右から順に計算する。例として2↑2↑2↑2だと、


 2↑2↑2↑2

 =2↑2↑4

 =2↑16

 =65536


 これを3にすると急激に数が大きくなる。


 3↑3↑3↑3

 =3↑3↑27

 =3↑7625597484987


「これは数が大きすぎて10進数では表せないから桁数だけ求める」


 log3≒0.47712125471966より、

 0.47712125471966・7625597484987≒3638334640024

 よって、3↑7625597484987は3兆6383億3464万25桁の整数。


「1不可説不可説転よりは小さいけど、3兆桁超えてるからすべては書ききれないね」

「これ指数関数より数の増え方ヤバくない?」

「増加速度は指数関数の比じゃない。クヌースの矢印表記では↑を増やして3↑↑2や3↑↑3↑↑5と表記することもある。これはテトレーションと呼ばれる」


 3↑↑3

 =3↑3↑3

 =3↑27

 =7625597484987


 2↑↑5

 =2↑2↑2↑2↑2

 =2↑2↑2↑4

 =2↑2↑16

 =2↑65536

 ≒2.0・10   19728


「一番右側の数字は数字の個数か。ていうか2↑↑5デカすぎ」 

「3↑3↑3↑3と比べたらまだまだ小さい。数字の間の矢印が3本になるとペンテーション、4本はヘキセーションだ」


 ペンテーション、ヘキセーションの計算方法はテトレーションと同じように右から計算するのが基本だ。テトレーションよりも増加速度はさらに速くなる。ヘキセーションは数が大きすぎるためペンテーションだけ記す。


 3↑↑↑2

 =3↑↑3

 =3↑3↑3

 =7625597484987


 3↑↑↑3

 =3↑↑3↑↑3

 =3↑↑7625597484987


 3↑↑↑3はトリトリとも呼ばれる。

 

「ねぇ、2↑↑↑2はどう計算するの? 2↑↑2と同じになっちゃうんだけど」 

「両端の数字が2の場合は矢印が何本でも4になる」


 矢印が多くなると表記が面倒になるので、自然数をnとして3 n3と書くのが一般的だ。つまり、3↑↑↑2は3 32と表せる。さて、そろそろあの数の話に入るか。


「数学の世界で巨大数を扱う機会はあまりないが、1980年に数学の証明で使われたことのある最大の数としてグラハム数がギネスブックに登録されている」


 グラハム数はg_1=3 43として、


 g_2=3 g_13


 と定義する。この時点ですでに矢印の本数が3 43本なので指数表記はほぼ不可能。g_2より先は、


 g_3=3 g_23

 g_4=3 g_33

 g_5=3 g_43

 g_6=3 g_53

 ……

 g_62=3 g_613

 g_63=3 g_623

 g_64=3 g_633


「このg_64がグラハム数。無論、10進数表記はおろか桁数を指数表記することも事実上不可能」

「こんな大きな数を何の証明に使ったの?」

「ラムゼー理論と呼ばれる数学の一分野の問題だ。ただ、今回は数の大きさを求めることが優先だから問題の内容は割愛する」


 そもそも、俺自身、問題の内容を把握しきれていない。


「さっき、グラハム数は10進数表記が事実上不可能と言ったけど、後半の数字はある程度わかっている。後半の10桁は2464195387」

「それがわかったところで何にもならないよ」 

「友村さん、厳しいこと言うね」


 よく考えたらこれでも有限の数なんだよな。しかもグラハム数よりも大きい巨大数は数多く存在する。しまいには、クヌースの矢印表記より増加速度の速い表記法でも表せない巨大数もあるのだから恐ろしい。有限なのに終わりが見えないというのは不思議な感覚だ。

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