ケンブリッジ大学の数学入試「STEP」

 俺は数学の勉強で海外のサイトをよく参考にする。日本だけだと得られる情報に限りがあるからだ。英語はあまり得意ではないが翻訳サイトを使えば内容は概ね把握できる。

 とある休日、俺は自室で英語の勉強のかたわら、パソコンでIMO(国際数学オリンピック)の公式サイトやオンライン整数列大事典を閲覧していた。


「なんか数学の問題ねぇかな」


 国際数学オリンピックの問題は見る分には面白いが解くのはハードルが高い。日本数学オリンピックの過去問も予選、本選ともに高レベル。東大や京大といった難関大の数学入試は結構解いたから、そろそろほかの大学も……。

 

「……海外の数学入試ってあんまり見たことないな」

 

 海外の入試で俺が知っているのはSAT(Scholastic Assessment Test)ぐらいしかない。数学はかなり簡単らしいけど……過去問マニアのあいつなら何か知っているかもしれない。


「海外の数学入試? 安藤がそんなこと訊くなんて珍しいね」

「誰かさんの所為せいでな」


 月曜日。部室で俺がそう言うと成宮は苦笑した。自覚はあるようだ。


「そうだねぇ。SATもそうだけど海外の数学入試はマーク式が多いから正直物足りないと思うよ。ほかの教科は知らないけど。STEPなんかちょうどいいんじゃないかな」

「STEP?」

「Sixth Term Examination Paperの略。ケンブリッジ大学とウォーリック大学の数学入試だよ」


 ウォーリック大学は初めて聞いたがケンブリッジって……イギリスの超名門じゃねぇか。こいつ、どこまで数学入試に精通してんだ。


「二人とも何の話してるの? なんかケンブリッジって聞こえたけど……」


 部室に来た愛華が後ろから話しかけてきた。成宮が振り向き手短に説明する。


「安藤が珍しく海外の入試について訊いてきたんだよ。それでSTEPがちょうどいいんじゃないかって話をしてたとこ」

「何それ」

「ケンブリッジ大学の数学入試。ほかの大学でも採用されててSTEP1からSTEP3の3段階あるんだ。STEP1は2021年に廃止されて今は2と3だけ」

「問題の難易度ってどれくらいなの?」

「STEP1は高校数学標準、2は応用、3は発展って感じかな。STEP1の問題なら訳さなくても解けるかもね」


 成宮は俺を見て言う。その様子を見た愛華がいたずらっぽい笑みを浮かべた。こいつら……


「へぇ、和人ならできるんじゃない? 東大の問題解けるんだし」

「……数式が書かれてれば問題の意味はわかると思う。解けるかは内容次第だな」


 俺がそう言うと成宮はポケットからスマホを取り出した。そして画面を俺に見せてスクロールさせる。


「これなんてどうだい?」


To nine decimal places, log2 = 0.301029996 and log3 = 0.477121255.

(i) Calculate log5 and log6 to three decimal places. By taking logs, or otherwise,

show that

       5 × 10 47 < 3 100 < 6 × 10 47.

Hence write down the first digit of 3 100.

(ii) Find the first digit of each of the following numbers: 2  1000; 2    10000; and 2     100000.

(2000年・STEP 1)


「対数の計算問題か」

「うわ、ホントに英語だ。和人、問題の意味わかる?」

「多少は。(i)はthree decimalだから……log5とlog6の値を小数第3位まで求めろってことだ」

「真ん中の計算式っていうか不等式は?」

「この不等式を示せ、ってことだろ。 そんで3 100の……first digit……一桁目の数字か」

「じゃあ、(ii)は2  10002    100002     100000の一桁目を求めろってこと?」

「そういうことだな」

「おおっ。案外わかるもんだね」


 単純な計算問題だから英語でもわかるが文章題だったらお手上げだ。


「それで、これどうやって解くの?」

「対数の定義を理解していればすぐ解ける。対数は乗除を加減に。累乗や累乗根の計算結果を乗除で求められる。つまり2と3を掛けることは対数だと2と3を足すことと同値」

「じゃあ、log6は小数第3位までだから0.301+0.477

=0.778?」

「そういうこと。四捨五入を考えると小数第4位まで計算した方がいい」

「あとはlog5だけど……足し算じゃ無理だよね」

「足し算じゃないなら引き算だろうな」

「何から何を引くの?」


 本来なら考えてさせて答えを導くのがいいんだろうけどあまり焦らすのも面倒だ。


「10から2を引く。つまりlog10の値からlog2の値を引けばいい」

「……log10の値はどこにも書いてないけど」

「書く必要はない。暗算で出るんだからな」

 

 俺は言ってノートに数字を書き記す。


 2≒10   0.3010、3≒10   0.4771

 10=10 1


「これでわかるだろ」

「……なるほどね。ってことは、1-0.3010=0.6990で小数第4位を四捨五入して0.699か」

「正解。あとは不等式を示すだけ」


 3  100≒100・0.477121255=47.7121255


 log5≒0.699、log6=0.778より、0.699<0.712<0.778 


 よって、5 × 10 47 < 3 100 < 6 × 10 47

 したがって、3  100の一桁目は5


「問題は英語で解答が日本語ってなんか変な感じ」

「解答を英語で書くのはさすがに無理だ」

「わかってるって。今度は(ii)だね。これは私にもできそう。ちょっとシャーペンかして」


 愛華は言って俺からシャーペンを受け取り、ノートに式を書いていく。


 2  1000≒1000・ 0.301029996=301.029996

 2   10000=10000・ 0.301029996=3010.29996

 2    100000・ 0.301029996=30102.9996


「えっと、log10が1だからlog1は0.1でしょ。ってことは……あれ?」

「log1の常用対数は0だ。0乗は1と定義されてる」

「え、そうなの?」

「ああ。だから2  1000の一桁目は1でいい。2    10000も値が0.301未満だから1だ。2     100000の一桁目は値を見た感じ9だろうけど一応計算したほうがいいな」


 9=3 2より、log9=2・log3

 2・0.4771=0.9542


 よって、2     100000≒9・10    30102より一桁目は9

 

「和人、答え言うの早すぎ。せっかくできそうだったのに」

「思いきりlog1の値間違えてたろ」

「ちょっと間違えただけだし。っていうか、問題英語で書いてるんだから英語で答えてよ」

「無茶言うな!」

「二人とも楽しそうだね」


 声の方を向くと成宮が遠い目で俺たちを見ていた。この光景、前にも見たことあるような……。


「「……sorry」」


 

 STEPの過去問は「Advanced Problems in Mathematics」というPDFファイルで解説を見ることができます。ただし全文英語です。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る