京大入試と2つの解法

 数学研究部ではこれまで京都大学、東京大学、大阪大学、灘中学、開成中学などの名門大学、中学入試問題を解いてきた。東大のn乗数問題は証明が不十分だが難易度的に完璧を目指すのは諦めた。


「安藤、ちょっといいかい」


 ふいに成宮に呼ばれた。今日も大学入試解いてるんだろうな、この過去問マニアは。


「どうした」

「この問題、解いてみてくれないかい? 答え合わせがしたいんだ」

「解答見ればいいだろ」

「そう言わずに……もしかして自信ないとか?」


 こんな軽い挑発に乗るほど俺は短気ではない。ただ、問題の内容は気になる。


「どんな問題だ」


 成宮はスマホをスクロールさせて問題を見せた。今回は京都大学か。


 自然数a、bはどちらも3では割り切れないが、a 3b 3は81で割り切れる。このようなa、bの組(a,b)のうち、a 2b 2の値を最小にするものと、そのときのa 2b 2の値を求めよ。(2014年)


「これ、難易度はどれくらいなの?」と愛華。

「5段階で評価すると3かな。難関大の入試では標準的だと思う」

「基準がよくわからない……」


 難しいか否かは置いとくとして、まずはa 3b 3の因数分解だな。


 a 3b 3=(a+b)(a 2-ab+b 2)


 a、bはどららも3の倍数ではないから、a+bとa 2-ab+b 2が3の倍数になるってことか。a+bの値が3ならa 2-ab+b 2は27の倍数だが、そんな組が存在しないのは計算せずともわかる。ただまあ、実際の試験だとこういう細かいところまで見るだろうからな。一応示しとくか。


 a+b=3のときに考えられる組は(1,2)と(2,1)だけ、a 3b 3の値は9で題意を満たさない。


「和人、どこまで進んでる?」

「ちょっと待て。今考えてる途中だ」

「進捗状況だけでも教えて」


 俺は面倒だと思いながらも問題を解く方針を簡潔に説明した。


「なんでaとbが3の倍数じゃないから、a+bとa 2-ab+b 2が3の倍数って言えるの? a 2-ab+b 2が81の倍数ってこともありえるよね」

「それはない。もしa 2-ab+b 2が81の倍数なら、a+bの値は1になるだろ。つまりa、bのどちらかが0ってことだ」

「あ、そっか。だから3の倍数なんだ」

「そういうこと」

 

 a+b=3のときに解がないことは確認済み。次はa+b=9の場合を考える。


「a+b=9のとき、考えられる組み合わせは(1,8)、(2,7)、(4,5)、(5,4)、(7,2)、(8,1)の6組ある。(1,8)、(2,7)、(4,5)と(5,4)、(7,2)、(8,1)はaとbを入れ替えただけだから実質同じだ」

「(3,6)と(6,3)は?」

「問題をよく見ろ。『a、bはどちらも3では割り切れない』って書いてるだろ」

「あ、そうか」


 候補は6組だが確かめるのは最初の3組だけでいい。

 a=1、b=8のとき 1-8+64=57

 a=2、b=7のとき 4-14+49=39

 a=4、b=5のとき 16-20+25=21

 よって、どの組も題意を満たさない。結果をノートにまとめる。


「おっ、結構進んでるっぽいね。ラストスパートって感じ?」

「まあな」


 a+b=27のとき、a 2-ab+b 2が3の倍数であることはわかっているから、題意を満たす(a,b)があることは確実。

 候補は(1,26)から(26,1)までの26組。さっきと同じ考えで行くと確かめるのは(1,26)から(13,14)の13組……違う。(3,24)、(6,21)、(9,12)、(12,9)が含まれているから計算するのは9組でいい。さっきは3組だからまだよかったが、これは計算量が多すぎる。

 さっきの結果を見ると、2数の差が小さくなるほどa 2-ab+b 2の値も小さくなっている。ということは(13,14)と(14,13)が答えと見ていいだろう。あとはa 2b 2の値を求めるだけだ。

 

 a=13、b=14として、a 2-ab+b 2=169-182+196=183


 1+8+3=12より、183は3の倍数。


 a 2b 2の値は、169-182+196=183より、182+183=365


「はい。終わり」

「もう解けたとか早すぎ。あっ、成宮君はどうだったの?」

「値は一緒だよ。でも、解き方が微妙に違うね」

「どういうことだ?」


 もしかして因数分解せずに解いたのか? 因数分解せずに解くのは遠回りのような……。

 俺は成宮にノートを見せてもらった。確かに式が違う。俺はa 3b 3を因数分解したが、成宮は式を変形している。


 a 3b 3=(a+b) 3-3ab(a+b)


「基本的な考え方は安藤と同じだよ。でも、僕は計算をほとんどしていない」

「なんで」

「式を見ればわかるさ。a 3b 3は81の倍数だから(a+b) 3と3ab(a+b)も81の倍数のはずだ」

「ちょっと待て。余りが同じなら81の倍数でなくても式は成り立つだろ」


 法を81として、 (a+b) 3≡27、3ab(a+b)≡27のとき

 a 3b 3≡0より、0≡27-27

 

「ごめんごめん、説明を端折はしょりすぎた。でもa+bが3の倍数であることは式から言えるよね」

「ああ。a 3b 3と3ab(a+b)は法が3のとき0と合同だから、a+bも0と合同。要は3の倍数」

「じゃあ、a+b=3として考えると、3 3=27、a 3b 3は81の倍数だからこのままじゃ式は成立しない。a+b=9だと3ab(a+b)が27の倍数だからこれも成立しない」 


 なるほど。上手く考えたな。a+b=27ならば(a+b) 3-3ab(a+b)は81の倍数になり題意を満たす。


「あとはabの値が(a,b)の組を見つければいい」

「え、どういうこと? 求めるのは最小の組でしょ」

「求めるのはa 3b 3が81で割りきれる最も小さい組だ。a 3b 3=(a+b) 3-3ab(a+b)だから、3ab(a+b)の値、つまり引く数が大きくなるほどa 3b 3の値は小さくなる」

「あ~、なんとなくわかったかも」

 

 あとは(1,26)から(13,14)までの9組を計算すればいい。いや待て。成宮はほとんど計算をしていないと言ってたな。冷静に考えたら9組も計算して確かめるのは効率が悪い。

 例えば、a>bとして2数の差がk(kは自然数)のとき、b=a-kよりab=a(a-k)

 a 2>a(a-k)>b 2より、abの値が最大になるのはk=1のとき、だからa+b=9のときは(4,5)だけ計算すればよかったんだ。

 問題は解けたのになぜか悔しい。まさか成宮の奴、この解答を見せるために俺に問題を解かせたのか? あとで本人に訊いてみるか。

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