多項式の割り算、そして応用問題

「安藤、ちょっといいかい」


 朝のホームルーム前の教室。俺が文庫本を読んでいると、クラスメイトの成宮なりみやすばるが話しかけてきた。彼とは一年生からの仲で、お互い数学好きなのが相まってすぐに打ち解けた。


「何の用だ?」

「昨日、数学の問題を2つ作ってきたんだ。教科書の練習問題よりは、やりがいあると思う」


 成宮はそう言って、A4サイズのルーズリーフを差し出した。隣の席にいる愛華が覗き込んでくる。


 (1)n 3-n+1がn+3で割り切れるとき、nの値をすべて求めよ。

 (2)n 3+3n 2+5n+7がn 2+2n+3で割りきれるとき、nの値をすべて求めよ。ただし、nは整数とする。


「多項式の割り算か」

「本当は(2)だけにしようと思ったんだけど、小手調べのために(1)を作った」


 少しだけカチンと来た。俺も舐められたものだ。


「これ、成宮君一人で考えたの?」

「そうだよ。友村さんもチャレンジしてみる?」

「私は遠慮しとく。問題難しそうだし」


 あっさりと返され、成宮は苦笑した。


「それにしても、何でいきなり問題なんか出して来たんだ」

「特に理由はないけど、強いて言うなら知恵比べかな」


 俺はもう一度問題に目を通す。解き方は分かったが、(2)が少し厄介だな。

 

「紙に解答を書いたら僕に渡してくれ。制限時間は今日の放課後までだ」

 

 


「和人、順調に進んでる?」


 昼休み。愛華が頬杖えをつきながら訊いてきた。


「2問とも終わった。今、検算してるとこ」

「早っ。もしかして、授業中に考えてた?」

「(2)だけな。(1)はすぐ答えが出た」

「どうやって?」

「簡単な話だ。実際にn 3-n+1をn+3で割ればいい」


 俺は計算用のノートを開いた。多項式の割り算は要領を掴めば難しくない。


「まずは3次の項、n 3を消したい。そのためにはn+3に何を掛ければいい?」

「……n 2?」

「正解。n 3-n+1から、n+3とn 2の積、n 3+3n 2を引く」


 n 3-n+1-n 3+3n 2=-3n 2-n+1


「次は2次の項、-3n 2を消すにはどうすればいい?」

「-3nを掛ける」

「正解」


 -3n 2-n+1-3n(n+3)

 =-3n 2-n+1-3n 2-9n=8n+1


「最後は分かるよ。1次の項の8nを消せばいいんでしょ」


 8n+1-8(n+3)=8n+1-8n-24=-23


「あれ? 余りがマイナスになっちゃった」

「余りは負の数でも問題ない。これでn 3-n+1をn+3で割ったら余りが-23になることが分かった」  

「ここからどうするの?」

「結論から言うと、-23(23でも可)がn+3で割りきれるようにすればいい」


 愛華は眉根を寄せて「うーん」と唸った。もうひと押し足りないか。


「23がn+3で割りきれるということは、n+3は23の……」

「……約数?」

「正解。では、もう一つ訊こう。23の約数は何だ」

「23は素数だから、1と23」

「正解なんだけど、この問題は負の数も考えるから約数は±1と±23だ」

「細かいなぁ」

「数学はそういう学問なんだよ」


 それはともかく、あとはn+3が1、-1、23、-23になるようなnを求めればいい。暗算でも充分だが、一応方程式を立てておこう。


 n+3=±1、n+3=±23


「和人、この式何? プラスとマイナスが一緒になってるけど」

「これはn+3=1とn+3=-1を一つにまとめたものだ。n+3=±23も同様」


 上の方程式を解くと、n+3=±1の解はn=-2、-4 n+3=±23の解はn=-26、20


 これで(1)は完了だが、計算ミスがないか確認しておく。


 n=-2、-4はともに分母の絶対値が1なので、n 3-n+1に代入する必要はない。


 n=-26のとき

 n 3-n+1=-17549、n+3=-23 -17549÷(-23)=763

 

 n=20のとき

 n 3-n+1=7981、n+3=23 7981÷23=347


「良い感じじゃん。(2)も普通にいけるんじゃない?」

「(2)は後半が面倒なんだ」


 まずは問題のおさらい。

 

 (2)n 3+3n 2+5n+7がn 2+2n+3で割りきれるとき、nの値をすべて求めよ。ただし、nは整数とする。


 多項式の割り算は(1)より簡単だ。


 n 3+3n 2+5n+7-n(n 2+2n+3)=n 2+2n+7


 n 2+2n+7-n 2+2n+3=4


 4の素因数は負の数も含めて±1、±2、±4だから、


 n 2+2n+3=±1

 n 2+2n+3=±2

 n 2+2n+3=±4


「これって、2つの方程式を1つにまとめてるから、実際は2掛ける3で6つあるんだよね」

「そう。右辺を左辺に移項して整理すると」

 

 n 2+2n+2=0

 n 2+2n+4=0

 n 2+2n+1=0

 n 2+2n+5=0

 n 2+2n-1=0

 n 2+2n+7=0


「ゲシュタルト崩壊起きそう。これ全部解くの?」

「いいや。nは整数だから、因数分解できる方程式だけ解けばいい。この6つの中で因数分解が可能なのはn 2+2n+1=0ただ1つ」


 n 2+2n+1=0

 (n+1) 2=0より、n=-1


 これで(2)も完了。念のため検算もしておく。


 n 3+3n 2+5n+7=4、n 2+2n+3=2 4÷2=2


 解答をルーズリーフに記して成宮に渡すと、彼は「参ったな」と呟いた。


「すぐに解かれることはないと思ったんだけど……僕の考えが甘かったね」

「そんなことねぇよ。いい頭の体操になった」

「ならよかった」


 成宮はそう言って笑ったが、わずかに悔しさがにじみ出ていた。


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