第21話 酒の約束

 アネモネが咲いている。


 冷たい風は朝露に濡れた花の青や白、紫と彩られては遠くへと去っていく。

 SBの裏手にある霊園、ここに並ぶいくつもの墓石の下には殉職した隊員達が眠っている。

 その中のある墓石を第Ⅶ班の隊員達が見つめていた。墓石には江藤の名前とともに亡くなった日付と階級が刻まれている。


 この霊園は身寄りの無い隊員を埋葬する為に作られた。隊員の多くはヴァンパイアに家族を殺された者達だ。そして当然、死を覚悟して任務にあたる。だからこそ隊員の多くは誰かと生涯を共にしようとはしない。遺される辛さを知っているからだ。江藤もそんな一人だった。


 江藤が率いていた第Ⅰ班の隊員達が埋葬に立ち会ったのは前日の事だ。次の班長が決まるまで第Ⅰ班に任務は与えられない。


 同日に江藤の死とは別に衝撃的な事件も起こっていて、全ての班が一度に休むのは難しく、日を分けて喪に服す事が決定した。その事もあって第Ⅶ班が江藤に別れを告げる機会は今日の休暇となったのだ。


 鉄平を筆頭に一人ずつ墓石に花を一輪添えてから別れの言葉を紡いでいく。

 レイは順番が回ってきても踏み出せなかった。涙を流しその場から動かない。

 見かねたコウタが嗚咽を漏らすレイの背中を優しくさする。

 しばらくするとレイもまた花を添えた。


 最後に花を添えるのは銀次だった。手にしている濡れた一輪の花を墓石の前に添えた。


「久々に呑んだ酒、美味かったな。次は酒持ってくるよ……昔話でも聞いてくれ」


 そう告げてから江藤の墓石に背を向けた。


 *****


 江藤に別れを告げてからしばらく経った頃、ルナは自室にいた。ベッドの上に片膝を立てて座り、背中を壁に預けて天井を眺めている。頭に浮かぶのは江藤が死んだ日の事だ。


 あの日、SBに激震が走った。

 SBに戻ったルナは、すぐに隊長室へと向かった。ヒカルから聞いた高槻次郎殺害の真実を直接問いただそうとしたからだ。けれど、辿り着いたのは知りたかったものではなく、高遠陸男の死という結末だった。


 ルナが隊長室を訪れると、医療研究部隊の隊員達が慌ただしく出入りしていた。異常を感じて部屋の中を覗いたルナの目が丸く見開く。

 開いた窓の下で高遠が絶命していたのだ。その額には銃で撃たれた穴が空いていて、頭上の白いカーテンが月明かりに青く照らされて揺れていた。


 結局、高遠の死はヴァンパイアによる殺害として処理された。


 突入部隊隊長を失った事でSBは慌ただしく動いている。連日、政府の高官らしき人物数名と各班の班長が会合を開き、今後の方針を話し合っている。


 ただ、ルナにとってそれはどうでもいい事であった。ルナの頭の中にあるのは、ヒカルがヴァンパイアになっていた事。高槻次郎の殺害にSBが関与しているかもしれないという事。

 そして、多くの隊員が殉死した事だ。


 ――――本当にSBが関わっているのかな。でもヒカルさんが嘘を吐くとも思えないし。


 高遠がどうしてルナの祖父を殺したのか。その理由をいくら考えても、高遠が死んでしまった以上ルナには知る由もない。


 ―――― SBは関係無くて、高遠の個人的な理由かも。


 ルナは窓際の丸いテーブルに目をやった。そこに置かれているのは愛用のベレッタと赤いスカーレットだ。少し前に買ったその花の葉や茎が少し萎えているようにも見える。けれど、赤い花は小さくてもちゃんと咲き誇っていた。赤いスカーレットにルナが感じたのは強さだ。たとえ寒い地に身を置かれても、今を精一杯生きようとする決意のようにも感じた。


 ――――会いたい。


 ヒカルがヴァンパイアであってもその気持ちは変わらない。孤独を感じているヒカルを救ってやりたいとルナは思う。


 ――――今度は私が助けてあげる。そうだ、私が。


 ヴァンパイアになったヒカルを救う。ルナはそう決意した。


 ――――ヒカルさんを……殺す。


 ルナはベッドから降りると、その紅と碧の瞳にベレッタを映した。


 *****


 その頃、レイとコウタは第Ⅶ班のオフィスにいた。


「わた、しがいたら……こんな事には。私の、せいだ」

「レイさん、そんな事ないですよ」


 オフィスのソファに座って涙を流すレイをコウタが宥める。しかしそんな事しか言えない自分自身に歯痒さを感じていた。コウタに出来るのは、ただレイの背中をさすりレイが放つ自責の言葉を否定し続ける事だけだった。


「いつまで泣いてる」


 そう言ったのはちょうどオフィスに戻ってきた銀次だ。眉間に皺を寄せた表情はいつもとそう変わらない。


「銀次さん、そんな言い方……」

「コウタ、お前もそうだ。 お前が死んだら誰かに泣いて欲しいのか? 俺達は命を賭して戦ってる。死にたくはないが死は覚悟してる……そうだろう?」

「まぁ、そう、なんですけど」

「遺された奴は死んだ奴の分まで生きるんだよ。前向いてな。俺も泣いた……でも悲しむのはもう終わりだ。俺達はヴァンパイアから国を、国民を守らなきゃならない。それが江藤の意思じゃないのか?」


 その言葉にコウタが頷く。

 割り切った訳ではない。割り切る事など出来ない。それでもそれを受け止めて進んでいくしかないのだ。


「お前らも少し休め」


 そう言って銀次が見せた表情は今まで見たことがないほどに優しく、そして哀愁に満ちたものだった。


 それが何とも言えなくて、コウタはまだ泣き止まないレイを連れてオフィスを後にした。


 一人、オフィスに残った銀次はソファに腰掛けて目頭を押える。


「……ちくしょう」


 その声と肩は小さく震えていた。

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