第二章 Silver falls

第18話 邂逅 ①

 ルナが目を覚ましたのは夕方だった。


 まだしゃんとしない意識の中、ルナは白いシャツに袖を通した。ボタンを留めた後、少し乱れた白い髪を何度か手で梳かしてから部屋を出る。その足でエレベータに乗ってフィリップの研究室に向かった。何度されたかも分からない採血の為だ。


 ビル立てこもり事件から二週間、これまでヴァンパイアが関連している事件は発生していない。


 ルナが研究室に入るとフィリップはブツブツと小言を言いながらも手際良く採血した。

 ルナはよく採血をすっぽかす。故にフィリップの小言も毎度の事だ。


「ハジメはどうですか?」


 ルナがそう問いかけると、フィリップは小さなガラス製の容器に入った血液を見つめたまま低い声で答える。


「ハジメ君は重症なんだ。それなりに、時間はかかるだろうねぇ」

「……そうですか」

「そう言えば、この前耳にしたんだけどねぇ。ヴァンパイアを撃つのに躊躇ったと聞いたが、何か心境に変化でも?」

「……別に」

「ふむ……ヴァンパイアは確実に『脳』を破壊しないと再生してしまうからねぇ。気をつけないと一瞬の気の迷いが命取りだよ」


 ――――頭を切り落としても死ぬじゃん。


 そもそもルナからすればヴァンパイアとの戦い方は自分の方が熟知している。戦線に立たない人間に言われたところで何の助言にもならないとルナは思った。

 そうですねと無愛想に答えてからルナは研究室を後にした。


 ルナの背中を静かに見送ったフィリップは、ルナの血液が入った小さなガラス製の容器に頬をすり寄せた。その口元の両端が吊り上がっている。


「嫌われているねぇ。……私はこんなに好きなのに」


 *****


 ルナが第Ⅶ班のオフィスに入ると銀次の姿がなかった。


 自分のデスクの椅子をくるりと反転させ、背もたれに腹をくっつけて跨る。その背もたれに両腕を乗せて、さらにその上に顎を置いてサラの名前を呼んだ。


「銀次さんは?」

「隊長からの呼び出しだって」

「ふぅん。……最近多いね。何でか知ってる?」

「さあ、呼び出しの理由までは聞いてないわ。でも前にハジメから聞いたけど、銀次さんがまだワンにいた時の班長だったって言ってたから仲良いのかも」


 ルナとサラが会話していると、鉄平がその会話に割り込む。3Dプリンターで作られたギプスが取れた為、現在は少し落ちた筋肉を戻すトレーニングをしている。


「俺も聞いた。シルバーバレット突入部隊隊長、高遠陸男。SB設立当初、ワンを率いていた高遠さんはSB屈指の猛者だったらしいぜ。隊長に任命された後は、銀次さんがワンの班長を引き継いだって聞いたけどな」


 右肘を伸ばしたり曲げたりしながらも鉄平は続ける。


「それからこのセブンが新設されて銀次さんが班長に任命されたらしい」

「そこで江藤さんもワンの班長になったのね」


 ふうんと聞いていたルナが何かに気付いたように「あっ」と声を漏らした。丸くした目を細めて口元を歪める。


「ねえノエル! ノエルはセブンができた時からいたんだよね?」


 ルナの質問にノエルは言葉もなく頷いた。


「なんか銀次さんの弱点とかないの?」


 鉄平は「何企んでんだよ」と呆れた表情を浮かべる。

 とその時、低い声が響いた。


「誰の弱点を知りたいんだ?」


 一同の視線が後ろにある入り口へと集まる。そこにはオフィスの入口に腕を当てて、もたれかかる銀次の姿があった。


「あ……聞いてた?」


 悪戯に微笑むルナに銀次は額を押えて首を横に振る。それから仕切り直す為に息を一つ吐き出してから話し始めた。


「もうすぐ新人が各班に割り振られるんだが、ウチに配属される新人はいないそうだ。しかし、現時点でハジメが不在なのはかなり痛い。そこで、だ。今日からハジメが戦線復帰するまでの間、ウチで預からせてもらう事になった隊員がいる」


 ルナとサラは顔を見合わせた。銀次が呼び出された理由が第Ⅶ班の欠員の補強だとは思っていなかったからだ。


「さあ、入ってくれ」


 銀次の言葉を合図に姿を現したのは、フリーダと戦った廃工場で第Ⅰ班班長の江藤とバディを組んでいたレイだった。


「レイ!」

「ルナ」


 ルナはレイに駆け寄ってその両肩に触れる。


「レイがウチに来んの?」


 ルナが声色を高くしてそう聞くと、レイは頷いてから視線を鉄平やサラに向ける。


「レイ・フィールドです。少しの間ですがよろしくお願いします」


 簡単な自己紹介をした後に艶のある黒髪を揺らして頭を下げた。


 ルナ、鉄平、ノエルは「よろしく」と一言で済ませたが、サラはレイの存在を知っていても会話した事がない。自己紹介と共に握手を交わした。

 コウタもまた握手を求めた。レイとは廃工場で握手を交わしている、にも関わらず握手を求めたのは単純にレイに触れたかったからだ。


 レイと初めて会った廃工場ではあまり会話出来なかったコウタだが、同じオフィスでいられると聞いて様々な期待に胸を躍らせていた。


 小麦色の肌に真っ直ぐ落ちた艶のある黒髪。切れ長の目の中のあるアンバーの瞳は吸い込まれそうな程に透き通っていて、少し厚めの唇から発せられる落ち着いた声色が心地よく響く。身長はルナよりも高くてスタイルも良い。優しく微笑む姿には女性であるルナでさえ惚れ惚れするほどだ。


「レイは元々医療研究部隊だったんだが、訓練時からその身体能力を買われていてな。江藤がワンに異動させてくれと隊長に頼み込んだんだ」

「私は医療の方が向いていると思うんですけどね」

「おいおい、初任務で武器を持った三体のヴァンパイアとコピー十一体を一人で倒したって江藤から聞いたぞ」

「ちょ、やめてくださいよ」


 レイは恥ずかしさを隠すように銀次の左腕を押した。押されて少しよろけた銀次を見て「大袈裟ですって」と言ってレイは苦笑いを浮かべた。


「ルナ、もう傷は大丈夫?」

「おかげさまで。傷痕も残ってないよ」

「聞いていた通り、すごい治癒力ね」

「私って有名なの?」


 そう言って二人が笑っているとオフィスに救援要請を知らせるアラートが鳴る。それはいつ聞いても不快な音だとルナは思った。

 またヴァンパイアが現れて誰かを襲っているという報せだ。

 銀次がサラの名前を呼ぶ。それとほぼ同時に大型の三面モニターに地図が映し出された。


「ヴァンパイアが複数、街中で暴れているようです。すでに死傷者が多数報告されています」

「ここは」

「はい。先日のビル付近ですが……」


 言いながらサラが三面モニターに視線を向けると、モニターに映し出された地図に赤いマークが三つ表示された。それが何を意味するかはその場にいた全員が理解していた。


「三箇所……同時です。約2㎞間隔で三箇所同時に襲撃されています」

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