第16話 change the world

 鉄平がサラに殴られてからしばらく経った頃、銀次とコウタがオフィスに戻ってきた。


「おぉ、皆揃ってるなぁ。……鉄平。その顔、どうしたんだ?」

「何でもないです」


 銀次は挨拶代わりに上げた片手を下げた。もう片方の腕にはA4サイズの書類の束が脇に抱えられている。

 そして、隣に立つコウタは死んだ魚のような目をしていた。

 日に日に元気がなくなっていくコウタを見て、さすがに心配になってきたのか鉄平が声をかけた。


「だ、大丈夫か? そんなに勉強が嫌なのか?」

「聞いて下さいよ! 講義が終わったら質疑応答の時間があるんスよ。そしたらあいつ、普通の銀で刀や銃弾を作っても実用性が無いと思うんスけど何か特別な製法なんッスか……とか言うんスよ。僕は早くミーティングルームを出たいのに。あのクリクリ頭のガキが……」

「お、おう」


 饒舌に語り出したコウタは、湧き上がる感情のままに両手を振り回して表現した。

 その白熱ぶりに、鉄平は『お前もガキなんだけどな』とは言わず、引き気味に相槌を打つだけに止める。


「でも、そう言えばそうね……講師は何て言ってたの?」

「知りませんよ! 覚えてません!」


 質問したサラが目を回す。

 そのやり取りを苦笑いしながら眺めていた銀次がコウタの肩を軽く叩いた。


「さっき隊長に会ってきてな、ルナも明日から復帰だしコウタも今日で座学は終わりにしてもらった」

「銀次さぁん」


 よほど嬉しかったのかコウタは銀次の腰に両腕を回して抱きついた。


「暑苦しいから離れろ」


 銀次は怪訝な顔をしながらコウタの顔を押して、引き離そうとするも離れない。結局コウタが抱きついたまま鉄平の右腕を一瞥して口を開く。


「鉄平はまだ腕が痛むのか?」

「まあ、正直痛いです」

「そうか……ならしばらくはサラの手伝いをしてくれ。サラにも少し休んでもらいたい」

「分かりました」

「鉄平、サラの邪魔するなよ」


 ややニヤけたルナの言葉に鉄平が返す。


「分かってるよ……サラよろしくな」


 だがサラは返事をしない。それどころか鉄平を見ようともしなかった。


「悪かったよ! 機嫌直してくれよぉ」


 そこでルナとサラは堪え切れずに笑い声を上げた。


 しばらくは談笑したりとオフィスにいたルナだったが、各々が仕事を始めた事もあり、スカーレットを置く為に一度部屋へ戻った。


 窓際の丸いサイドテーブルにスカーレットを置くとルナはベッドに飛び込んだ。仰向けになって天井を眺めていると、忘れていた事が頭をよぎる。


 ――――そう言えば……採血に来いって言ってたっけ。


「あぁ、面倒い」


 そのまま目を閉じたルナはいつの間にか眠ってしまった。


 *****


 救援要請を知らせるアラート音にルナの意識は現実に引き戻された。部屋の中は暗く、いつの間にか夜になっていた事に気付いたルナは慌ててベッドから起き上がる。そして手早く支給された服に着替えてオフィスへと向かった。


「何があったの?」


 オフィスに入ったルナは銀次にそう問いかけた。


「ジーンズに白いトレーナーの男が銃を持ってビルに立てこもってるらしい。すでに警官を含む三名が殺されている。防犯カメラの映像からSBはこの男をヴァンパイアと判断した……出動はセブンのみだそうだ」


 銀次の後にサラが続ける。


「ここから十五分ほどの場所で五階建てのビルの最上階に立てこもっています。侵入ルートは屋上、階段、エレベーターの三つになります。それから、ビル周辺にはかなりの数の野次馬が集まっているようです」

「私も行く」


 ルナの言葉に銀次は頷く。


「防犯カメラの映像ではヴァンパイアは一体しか確認されていないがあらゆる想定をしておけ。侵入工具が必要になるかもしれん。装備を怠るな! 五分以内に出るぞ!」


 四人はサラと鉄平を残しオフィスを飛び出した。


 各自武器庫に向かい装備を整えてから車に乗り込む。救援要請を受けてから十五分も経たずに現場に到着したのは銀次の法定速度を無視した運転によるものだ。


 道中、銀次は第Ⅶ班のメンバーにある事を伝えていた。


「分かっているだろうが、俺達は秘密組織だ。当然ヴァンパイアの存在もな。ネットではヴァンパイアの存在が一部噂されているが信じている人はまだ少ない。出来るだけ速やかに、かつ隠密に制圧する事を心がけろ」

「どうやって中に入るんスか?」

「いつも通りテロ対策部隊として合流する。SBが手を回しているから入るのは簡単だ。今回はビル内で確実に仕留める事、屋上にも出すな。野次馬やマスコミにヴァンパイアの存在が露呈するのは避けたい」

「だから少数精鋭の私達だけって訳か」


 到着した後、銀次は現場の指揮を取っている刑事に全警官を少し引き下げるように指示した。


 周りには野次馬やマスコミも殺到している。大きなカメラの前で状況を説明するアナウンサー、スマホを上げて動画や写真を撮っている野次馬も多い。


 ビルの外観はかなり寂れていてその年期を伺わせるには充分なほどだ。活気を取り戻した今でもこういったビルや廃墟は数多く残っている。


 サラが調べた結果、一、二階にはテナントが入っていて三階から上は空きフロアになっている。そして最上階である五階にはヴァンパイアが立てこもっているのだ。


 ルナ達が入り口の前まで近づくと、地面に血溜まりが広がっている。そこから入り口まで引きずられたような血痕が続いていた。


 第Ⅶ班のメンバーがビルの中に入ると通路には二人の警官が血だらけで倒れていた。警官はベルトを外され、腰に装備しているはずの拳銃が無い。


 通路にはそこら中に血が付いている。その中から通路の先へと続く血痕を銀次が見つけた。その血痕を辿って進むと女性が一人倒れている。

 銀次は首筋に指を当てて生死を確認するが、静かに目を伏せて首を横に振った。


 さらに血痕は続いている。血痕の他に赤い足跡も残されていて、それらはエレベーターの前で途切れていた。


 エレベーターの表示は五階を示している。

 銀次はハンドサインで階段に向かえと指示を出した。エレベーターを使えば気付かれ恐れがあると判断しての指示だ。


 ルナ達はクリアリングをしながら階段を上がっていく。出来るだけ足音を立てないように細心の注意を払いながら五階まで上がると一同の視線が銀次に集まった。


「ルナと俺が行く、ノエルは階段、コウタは通路で待機」


 銀次は手を使ってそう指示した。


 階段から通路に入ると少し暗いがライトが必要なほどではない。

 ルナと銀次は慎重に進んだ。

 このフロアにある部屋は全部で三つ。通路の左側にある最初の部屋の中を窓から覗くが人の姿はない。


「………だ、なん………」


 何と言っているかは分からないが声が聞こえる。その声に含む感情は怒りか悲しみか、いずれにしても良いモノでない事はルナ達にも伝わった。


 その声が聞こえてくるのは一番奥にある部屋だ。空気が張り詰める中、より一層慎重にルナ達は声のする方に進んでいく。


 奥の部屋にはドアが二つあるが、奥のドアに行くには窓の前を通る必要がある。銀次は窓から部屋の中を覗く。はっきりとは見えないが丸い影が蠢いている事を確認した銀次は手前のドアを勢いよく開ける。

 間髪入れずにルナが銃を構えながら部屋の中へと突入した。

 ルナと銀次はハンドガンに取り付けたライトを点灯させて丸い影を照らした。


「何なんだよコレ……何だよ……僕はどうしたんだ」


 丸い影はジーンズに白いトレーナーを着た男で情報と一致する。その白いトレーナーの半分は紅く染まっていた。男は蹲るように床に頭をつけながら独り言を呟いていた。


「動くな!」


 銀次がゆっくりと近づきながら言い放つと男はゆっくりと顔を上げた。年齢はルナに近い。中性的な顔立ちの青年だった。紅い瞳がヴァンパイアである事を教えている。


 そして、その青年は泣いていた。


「何が起きたんだよ! 何がぁ!」


 その泣き顔を見たルナは一瞬、どうしていいか分からなくなってしまった。

 そうしている間に、青年は警官から奪った拳銃の銃口をルナに向ける。


「しまっ……」


 撃たれる……ルナはそう思った。

 その瞬間、男の持つ拳銃が弾き飛ぶ。銀次がサイレンサーを取り付けた銃で青年の手を撃ったのだ。


 そして右手を押さえる青年の頭を静かに撃ち抜くと、首を支点にして青年の頭が大きく揺れて床に突っ伏した。


 しばし、沈黙が流れる。


「ルナ……撤収だ」

「……うん」


 二人は通路で待機していたコウタ、そして階段にいたノエルと合流した。


「撤収するぞ。あとはSBがヴァンパイアの遺体を回収するだろう」


 そう言った後、銀次を先頭に階段を降りて行く。その間、銀次はサラに通信してヴァンパイアを射殺した事を報告した。


 そして四人はビルを後にした。


 野次馬達の前を通り、ここまで乗って来た車に乗り込んだ。全員が車に乗った事を確認した銀次は車を発進させる。


 乗り込んですぐにインカムを外したルナは静かに後部座席に座っていた。頭の中にあるのは先程の青年の泣き顔だ。

 視界に映る野次馬達がぼんやりと流れていく。ただ、その中に知った顔があった気がしてルナの意識が急速に『今』に戻る。


 ルナはもう一度野次馬達を見たがすでに距離が離れていて誰だったかを確認出来なかった。


「ヒカル……さん?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る