第27話 アタシは、今度こそ、彼に合わせる顔がない。




 アタシはただ、自分の口で彼に気持ちを伝えたかっただけ。小さな頃から本当に、ずっとずーっと愛おしかったから、この気持ちだけは、どうしてもアタシの声で伝えたかった。

 いつから好きだったなんて、そんなのもう覚えちゃいないけど、彼の隣で約十年。アタシは同じ男の子の顔をこっそりと見つめ続け、静かに熱く胸をときめかせてきた。

 今思い返してみても、想いを伝えるチャンスは何度もあったと思う。

 毎年バレンタインには手作りのチョコを渡すし、クリスマスイブには一緒にお互いのプレゼントを買いに行く。もちろん誕生日は、彼の生まれた日だもん。毎年の一大イベント。

 まぁ、アタシの事だから、チョコは手作りだと言ったことはないし、クリスマスはお小遣いの都合で高い物は買ってあげらんない。誕生日も言わずもがなだ。

 でもね、何をあげてもアイツ喜ぶんだもん。

 初めての手作りチョコは湯煎なんて知らないからさ、直火で焦がしちゃって。

 でも、しょんぼりするアタシに「ありがと」って笑いながら食べてくれたし、そう、初めて編んだ手編みのマフラーなんて、もうホントお粗末な出来で、自分の不器用さにあきれ果て、二度と毛糸は触らないと心に決めた一種のトラウマ。

 そうね、お世辞にもマフラーなんて言えやしない、寸足らずの毛糸の何かだった。

 本当はあんな見窄らしい物、渡したくなかったんだけど、まったく見切り発車も良いとこよね。初めてのくせに甘くみて、出来るだろうと自惚れて。もちろん上手くなんていかないわ。

 でも、アイツに楽しみにしててねと言った手前、どうにも引っ込みがつかなくなっちゃって渋々と手渡したわけ。

 アタシならあんなの貰っても困るだけだと思うのに、少し前に彼の押し入れで大切に保管されているのを見つけ、てっきりもう捨ててしまったのだと思っていたぶん、少し取り乱してしまった。


 『別にいいだろ。大切なもんだから、大事にしてるだけだ』


 アイツってば、あった場所に綺麗に戻せよ。なんて、平気な顔で言うのよ。もう、その時どれほど嬉しかったことか。こんな拙い出来でも当時のアタシは一生懸命頑張ったの。何度も失敗して、くじけて、でももう一度と奮起して、やっぱり間に合わなくて。

 悔しい思い出って結構引きずるのよね。しかもそれが、大切な人への誕生日プレゼントならなおさら。

 それをアイツ、宝物のように大切にしてくれてるんだもん。胸の奥が嬉しさで溢れちゃって、他所様のトイレで一人、こそこそ隠れて泣いたわよ。

 もう、こんなのしょっちゅうなの。

 毎回毎回、アタシの感情を揺さぶるアクションを起こしてくるんだもん。こんなの特別な想いが芽生えて当然じゃない。どう転んでも、ただのお隣さんでは終われないじゃない。

 このときも、正直なところ、もう一押しだった。

 アタシはトイレから戻ると、いつものように自分の定位置に座ったんだけど、アイツはめざといからね。すぐにアタシの目元が赤いことに気がついたみたいで、


 『どうした。大丈夫か? 』


 隣に腰掛けたと思ったら、もうね、どんな近さで瞳を見つめてくるのよ。そりゃさっきまで泣いてたんだから目ぐらい赤くなるわよ。それをコイツってばアタシの頬に優しく手を添えてくるの。


 『あわわわわ……』


 『すっごい顔赤いけど、ホントに大丈夫か? 』


 もう! もう! ホントにもう!! 大丈夫じゃないわよ。当たり前じゃん。おでこ同士が当たりそうな距離で、コイツってば何言ってんのかしら。

 目なんてグルグル回っているし、きっと体温もうなぎ登り。バクバクと、もう心臓は張り裂けそうだし、喉なんてカラカラに乾いてる。

 さっきのマフラーの一件で、もうとっくにアタシの心は舞い上がっているわけで、今だ。チャンスだ。と、心の声が騒がしくてたまらない。

 だから、別段おかしなタイミングだとは思わなかった。


 『あ、あのさ! 』


 今まででは考えられないことに、ついにアタシの口からは、言葉が出たの。


 『あの、えっと、あのね、その……』


 ――でも、出来なかった。


 それ以上は言葉が続かなかった。

 だってアイツってばアタシが名前を呼ぶと、すっごく良い顔で笑うんだもん。『どうした』とか、言葉はぶっきらぼうなんだけど、ほんとに優しく微笑むの。

 その日、アタシは自室で自分の頭を叩いたわ。バカあほヘタレと何度も何度も。もう悔しくて悔しくて、自分の根性の無さが歯がゆかった。

 たった二文字の言葉が出てこなくて何年も足踏みしてきたくせに、いざその場面が来ると、結局なんにも言えなくなってしまって。

 言葉に出来ないのならと、手紙を書くことにも挑戦したけれど、結局、気に入る物が出来なくて、書いた端からゴミ箱に食べさせていく始末。

 上手く書けないのは、やっぱり、大切にしてきた想いは自分の言葉で伝えたいと、そう思っているからなのかもしれない。

 だから昨日、アタシはアイツの告白に返事をしなかった。だって、アイツは一生懸命告白してくれたのに、そんな相手にただ答えを返すだけなんて、努力がつり合ってない、対等じゃない、フェアじゃない。

 アタシからもきちんと想いを伝える事が彼に対する礼儀だと、そう考えたのだ。

 でも、そうじゃなかったのよね。

 結局それは、迷惑で身勝手な自分ルールだったわけで。たぶん甘えもあったのよね。

 アイツなら、言わなくてもわかってくれる。アタシの気持ちをきちんと理解してくれる。

 そんなバカみたいに都合の良い勘違いが、無意識のうちに、アタシの中にあったのだと思う。

 本当に、アタシはどうしようもないヤツだ。

 アイツの『好きだ』は、泣くほど嬉しかった。『愛してる』の一言が耳から離れなくて、昨日の夜は、上手く眠れなかった。

 アタシは、アイツの彼女になれたんだと涙がにじみ、恋人になれたんだと笑みがこぼれ、大切な人になれたんだと幸せが胸から溢れた。

 だから、彼の様子がいつもと違うことに、うっすらとは気がついていたけれど、心が浮ついて、真剣に向き合えていなかったんだと思う。

 気のせいよね。こんなに良いことがあったのに、きっと気のせいよ。なんて、笑っていたのは自分だけなのに、彼の変化には気づいていたはずなのに。

 今思えば、アイツはいっぱいサインを出していた。

 誤魔化してはいたけれど、今日、お腹に出来ていたアザは何? 誰かに殴られたの? 蹴られたの? なんでそんな事になったの? それに、あんな怖そうな先輩に突っかかっていくなんて、普段のアンタはそんなヤツじゃないじゃない。

 今朝のアイツの態度も、帰りの会話も、何もかもおかしいのに、そんな事にも気がついてやれないなんて、アタシは本当にバカだ、大バカだ。


 『――ずっとずっと好きだから。多分、お前より好きな人なんて、これから先の人生で出会うことなんてないだろうからさ』


 夕暮れ時のあの言葉が、アタシの胸を引き裂いていく。

 アタシは勝手に恋人になったと、想いが通じ合ったと早合点して浮き足だって、なんという事をしてしまったのだろう。


 『――そんな馬鹿なことを言っていた幼馴染みがいたな、くらいで良いからさ』


 そう。

 アタシは、まだ言葉にしてない。何も伝えてない。ただの一言も彼に想いをぶつけてない。


 『――頭の片隅にでも入れておいてもらえると、……お前を好きな、僕は嬉しい』


 あのとき、アタシは彼の目の前に居たはずなのに、いったいその時何を見ていたのだろう。どうして気がつかなかったのだろう。

 今更ながら、妹に諭され、ようやくそれに気がついた時、――アタシの身体は急速に血の気を失った。

 恋愛は病気のような物だと聞いたことはあるけれど、アタシはきっと十年物の酷い熱病にうなされていたのかもしれない。

 だって、今日の帰り道、その時見たアイツの顔は、もう二度と見たくないと思っていた、二度とあんな顔をさせちゃダメだと心に決めていた、小学生のときの辛く苦しい忘れたいあの表情だったんだもん。


 『――うん。そうだね。……ボクも大嫌い』


 今思い出しても、心臓がえぐられたように痛む。なんせその顔は、アタシの一番大嫌いなあの時の顔。


 ……本当に悲しそうな、あの笑顔だったんだから。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る