第25話 妹は、いらないならちょうだいと、姉に叫んだ。 ①




 「……なーんか、おかしいのよね」


 夜ご飯をしっかりと平らげて、あきれるほど長い入浴を終えた姉は、体が火照っているのだろう。ほとんど下着のような格好で机に向かい、手に持ったシャーペンを器用にクルクルとまわすと、そうつぶやいた。

 アタシはゲームの画面から少しだけ目を離し、「服を着ろ、服を」舌打ちして見せる。


 「いいじゃない、誰に見られるわけでもないし」


 まぁ、ここは姉妹の部屋だし、唯一の異性である父親はめったなことでは二階に上がってこない。だからそれは別にいいんだけど、ただ、そのショーツから伸びる細い足に、胸元を押し上げる布地の少ない薄手のキャミソール。椅子に座って足を組むしぐさは風呂上がりの上気した肌と相まって、なんだか自分に無いものを見せつけられているようで、非常に不愉快だ。

 しかも胸を強調するように腕を組むもんだから、このやろう。口が滑ってしまうのも、もはや必然。


 「それで、おかしいって何が? 頭が? ついに気がついたの? 良かったね、社会に出る前で」


 そこで、はっと気がついてアタシはすぐにゲーム機を置くと、臨戦態勢をとった。

 いつもならここで消しゴムの一つくらいは飛んでくる。他所では良いコちゃんな姉だが、家の中ではさながら気性の荒いチワワ。いや、癇癪持ちのポメラニアンか。

 無意識にアタシの口からこぼれ落ちた軽口は、いわゆる嫉妬の表れだろうけど、同じ母親から生まれたというのに、こうも差があるのだ、イヤミの一つくらい言ってもいいじゃないか。


 「……ほんと、おかしいのよね」


 だが、こちらの発言などまるで意に介さずに、姉は心ここにあらずといった風情で、溜息を一つ。ただ、手元はアタシの宿題を驚くべき早さでこなしていて。


 ――今度はアタシが溜息をつく番だった。


 相変わらず、この姉は優秀だ。アタシは、もう何度目になるかわからない、妙な敗北感に打ちのめされてしまう。

 だって、さっき解いていた英語の問題集なんて、まるで問題を読み終わる前に解答を書いているように見えたんだけど、おそらくは全問正解しているだろう。

 そのひとつ前の数学も、奇妙奇天烈な落書きで解いていくもんだから、たとえ答えが合っていたとしても、頼むから公式を使って途中の式も書いてくれとお願いしたほどだ。

 そりゃあ、姉の通う高校は県内の公立校では最難関に位置し、中学の宿題くらい朝飯前でなければ、到底受かることは出来ない。

 そんな学校に通っているのだから、目の前の光景も納得は出来るのだけど、それを目の当たりにする度に、アタシは姉との差を思い知らされる。

 優秀な姉と、出来の悪い自分。もちろん姉の性格を除けばだけど、そして、そんな姉に着いていく、あの兄ちゃんの頑張りも相当なモノだと感嘆してしまう。生半可な努力では、あの高校に合格など夢のまた夢。たとえ途中で諦めたとしても、アタシはきっと、よく頑張ったと褒めてあげただろう。だから、


 「……兄ちゃん、よくあの高校に合格できたね」


 「は? 」


 と、こちらに向けて、――さっきまでアタシの話なんざ聞いちゃいなかったクセに、――姉から息の詰まる紫電のような視線が飛んできた。

 そう、隣の家の兄ちゃんも中学までは普通の学力だったのだ。夏休みに、宿題の山に溺れながら、姉監視の下アタシと二人並んで宿題をしたのなんて一回や二回じゃない。その時に、姉から何度もあーじゃないこーじゃないとイチャつきながら添削されていたのを覚えている。

 アタシなんか、『こんなの、そうなるからそうなのよ。だからそれが答え。簡単でしょ? 』みたいな訳のわからない指導だったのに、この差は何なのかと、雑なのも大概にしろと憤慨したもんだ。

 今でもたまに勉強を見て貰うことがあるのだけど、相変わらず大雑把な説明で、姉が何を言いたいのか、それを解読するのはもう大変。

 兄ちゃんの時にはあんなに懇切丁寧に教えていたくせに、一体全体どういった了見なのだろう。

 あの兄ちゃんを進学校に導いた手腕があるのなら、ぜひアタシにもご教授願いたいものだ。そうなればきっと、宿題なんてちょちょいのちょい。今以上にゲームの時間を捻出できると思うから。

 きっとアタシの恨めしい顔で、言いたいことが伝わったのかもしれない。

 姉は、バカに物を教えるような顔で、机の上にピシャリとシャーペンを勢いよく置くと、


 「アタシの教え方がどうこうじゃないわ。そんなのアイツが頑張ったからにきまってるじゃない。すっごくすっごく努力したの、アタシ隣でずっと見てたもの」


 なぜかこちらをまっすぐに見て、最後の方はまるで自分の事のように自慢げに答えてくるもんだから、アタシは「ふーん」と一言。

 あぁそうですか、くだらない。

 もちろん兄ちゃんの努力は認めるけど、それを姉が自慢げに話すのは気に入らなくて、ふんと鼻を鳴らし、そのままゲーム機を手に取った。


 「アンタも頑張って受けてみたら? 」


 「やだ」


 姉はつまんないと顔に出しながら唇を尖らせて見せる。もちろん行けるものなら行きたいが、今の学力ではお話にならない。そもそも、アタシには頑張る理由がない。その高校に行くメリットを、ほんの一年の間、兄ちゃんと登下校すること以外、見つけることが出来ないのだ。

 当然、そうなったとしても隣にはこの姉が居るだろうし、アタシが兄ちゃんと仲良くすることにプリプリと腹を立てるだろうからたまらない。


 「――兄ちゃんは、なんで頑張ったんだろうねぇ」


 仮定の話ではあるけれど、妙にムカっ腹が立ったので、ゲームの起動音を聞きながら、ひとつ意地悪な質問を投げかけてみる。

 姉は、もう一度呆れたように鼻を鳴らすと、そんなのわかりきっているじゃないと、再度胸の前で腕を組み直し、答えた。


 「このご時世だからね。良い高校に行けば、大学も良いところ行けるし、就職でも有利だから当然よ」


 姉は嬉しそうに、ふふ~んともう一度鼻を鳴らして、


 「まだ中学生なのに、すでに将来のことを考えて、さらにそれに向けて行動できるって、すごいことよ。アイツのこと、偉いなって思っちゃったもん。そもそも、アイツは頑張り屋なの。初めはダメでも、絶対に最後は出来るようになるの。やる気スイッチの入ったアイツは、それこそスーパーマンなんだから」


 心底嬉しそうに、にひひと下品に笑った。

 やっぱりこの姉は、少し抜けている。見ているようで肝心なところを見ていない。鈍感というか、マヌケというか。

 だって、アタシは知っている。それは半分正解で、半分はハズレ。実際のところ兄ちゃんは、スーパーマンでも何でも無い、勉学に関してはどこにでもいる普通の学生。姉と同じ学校に挑む学力なんて、逆立ちしても無かったのだから。

 言うまでもなく成績の差は絶望的で、もちろん同じ高校を受験だなんて、壮大な夢物語でしかなかった。確か姉の志望校はD判定だったとか、当時、兄ちゃんが言っていた気がする。

 当然その話は姉の耳にも入るわけで。姉としては青天の霹靂、寝耳に水。

 これはアタシの推測だが、きっと姉も不器用なりに、一緒の高校に行きたいなと日頃から匂わせていたのだと思う。

 だから、頑張ってね。アンタなら出来るから。アタシは信じてるからね。と、無茶なお願いをあの手この手で遠回しに。

 でも、受験というのは惚れた腫れたでどうこうできるような、そんな甘いものではない。明確に成績で学生に格差をつけるのだ。悲しいかな、成績という数字は受験生にとって絶対である。

 まぁ、兄ちゃんの良いところはそんなものなんかでは計れないけれど、だけど、そうは言っても、否が応でも突きつけられた数字は自分の立ち位置をわからせるもので。それは、姉にぞっこんの兄ちゃんも例外ではなく……。

 その日の姉は大荒れだった。

 アタシがちょうどおやつを食べながら自室でマンガを読んでいた時である。

 そこに、姉という我が家の台風が堂々上陸。確かアタシは『おかえり』と言った記憶がある。だけど、そんなアタシの事など気にもとめず、姉は帰って来るなり、お気に入りのクッションを蹴飛ばして、学生鞄を壁に力一杯投げつけた。そして、息を切らせたまま、――泣いたのだ。

 言わせてもらうなら、その時のアタシも散々である。姉が帰ってきたなと思ったら、突然目の前で暴れて、挙げ句の果てに泣くなんて。

 しかも、いつものような泣き方じゃなく。スカートの裾を力一杯握りしめて、声を殺しボロボロと涙をこぼしたのだから、もうアタシはパニックである。

 どうしたものかと右往左往するアタシを他所に、姉は制服のセーラー姿のまま布団に潜ってしまった。

 もうアタシは、母親にすがるしかなくて。

 アタシのしどろもどろな訴えで異変に気づいた母が姉の枕元に座り、優しく話を聞いていたのを覚えている。


 『何があったの? 』


 エプロン姿の母は、蓑虫のように布団にくるまった姉へと、優しく問いかける。


 『……アイツが、同じ学校受験しないって』


 『どうして? 』


 『先生が、やめとけって言ったからって』


 『そう』


 『だから、アタシもその学校受けませんって言いに行ったの』


 『……ん? バカなの? 』


 『……そう先生からも言われた』


 要はこの姉、やっかいなことに、兄ちゃんと同じ学校に行きたいからと、せっかくの推薦を蹴ろうとしたのだからさぁ大変。

 学校推薦というものは、やっぱやめた。なんてのはそうそう通らないわけで。

 担任の先生からはふざけるなと大目玉を食らうし、しかも、どうやら兄ちゃんとも言い合いになったようで、


 『アイツ、そんな事で志望校を変えるなって言うんだもん。……ちがうもん。アタシにとって、全然 “ そんな事 “ なんかじゃないもん。すっごくすっごく大切なことだもん……』


 その時アタシは、別に家が隣同士なんだから、学校が違っても今までのように簡単に会いに行けるでしょう。この姉は何を言っているんだと呆れたのだが、――さすが我が母である。


 『……あの子、彼女出来るかもね』


 唐突な、言葉による確信という名のボディブローが、えげつない角度で姉の心を貫いた気がした。ちなみに、あぁ、それは考えたくもない。アタシの胸にも深く刺さる、強烈な流れ弾だった。


 『やだっ!! 』


 勢いよく布団をはねのけて起き上がった姉の顔は、もう真っ青で、この世の終わりみたいな顔をしていて――だけど、母の追撃は止まらない。


 『可愛い彼女に夢中で、どっかのワガママで泣き虫の幼馴染みなんて相手にしてくれないでしょうね』


 姉は、掛け布団の端を握りしめ、認めないと叫んだ。


 『そんなことないもん! 彼女なんて出来ないもん!! 』


 『今度、彼女とデートなんだけど、どこ行ったらいいかな? 』


 『やだ! やだやだやだ!! 』


 『夏休み、クリスマス、お正月、バレンタイン……あの子は彼女と過ごすんでしょうねぇ』


 『あー! 聞こえないっ! あーっ! あーっ!! 』


 『あ、そいつ? ただの幼馴染みだよ。た・だ・の。彼女気取りで迷惑してんだよね。……まじウザい』


 ウザい。まるで兄ちゃんが言ったかのようなその口ぶりに、多分姉はいよいよブチ切れたんだと思う。

 母の小馬鹿にした嘲笑に、姉の瞳がキリリと尖り、――その手が枕をつかんだ。


 『うるさいっ! クソババァ!! 』


 気持ちはわかる。隣で聞いてたアタシも、兄ちゃんが知らない誰かと楽しくやってるシーンを想像してしまい、今にも泣きそうで。……だが、非常に相手が悪い。

 姉の投げつけた枕を片手で受け止めると、母は力一杯、お返しとばかりに、その枕で姉の頭を殴打した。

 一発は一発といったところか。『誰がババァですか! 誰が!! 』きっとババァが逆鱗に触れたんだと思うけど、ともかく姉が喧嘩っ早いのは、多分この人の血のせいだ。

 ぼふっという柔らかな効果音の後、頭を押さえ、シクシクと涙をこぼしながら、鬼! 悪魔! と、姉はしゃくり上げながら精一杯の口撃を放つも、端から見れば、ティラノサウルスに挑むチワワにしか見えない。

 母は呆れたように溜息をつくと、姉の投げ捨てた鞄を拾い上げ、机に置いた。


 『帰って来るなりめそめそめそめそ鬱陶しい――どうせ言ってないんでしょ、』


 クッションを元の位置に戻しながら、母は姉の方へと視線を送る。


 『一緒の学校に行きたいって』


 少しだけ、姉が何かを言いたげに口を動かしたように見えた。

 でも、涙と鼻水でグズグズになった顔、その大きな瞳からまたもやボロリと涙をこぼすと、ゆっくりと枕に顔を埋め、一時の間だんまりを貫いた。

 その様子に母は肩をすくめると、やっぱりねと言わんばかりの表情で、姉の鞄から体操服や、弁当箱の包みを取り出していく。

 すると、ぽつりぽつりと、枕越しの姉のくぐもった声が聞こえてきた。


 『……言えるんなら言ってるもん。一緒に行きたいって言ってるもん……』


 母は、姉の方を見ずに、そう。と一言だけ。


 ……やっぱりそうか。


 きっとまた、姉のいつもの悪いクセが出たのだ。

 兄ちゃんとのいざこざも、多分、例の意地っ張りが発動してしまったのだろう。

 本当は一緒の高校に行きたいはずなのに、兄ちゃんにはそれが言えないもんだから空回りして、大方、『高校なんてどこ行っても一緒だから、通学の楽な学校に行こうかな』なんて、可愛くないことを言ったのだろう。

 姉の精一杯の『アナタと一緒に居たいです』アピールは、過去何度となく目の当たりにしてきた。ただいつも、とんでもなく方向音痴なアピールなのだ。

 しかも、相手はあの兄ちゃんである。姉の将来を考えると優秀なコイツは進学校に行くべきだと、そう考える人なのだ。

 さらに、輪をかけて鈍感なヤツでもある。

 あとは考えなくてもわかる。二人で『行け』『行かない』の押し問答を繰り返し、自分の気持ちをこれっぽっちも理解してくれない兄ちゃんに、憤慨して帰ってきたのだろう。

 自分の気持ちを素直に伝える事の出来ない姉と、自分に自信がなくて、気持ちを伝える事が出来ない兄ちゃん。

 何かのきっかけで、二人の関係は劇的に変化するだろうけど、それが良い方向に変化するとは限らない。

 ずっと、平行線のままだった二人だから、少し角度が変わればあっという間に交わるし、離れてもいく。

 その時のアタシも今のアタシと一緒で、姉の手綱を握れるのは兄ちゃんしかいないと思っていたし、上手くこの感情を説明できないけれど、だって、兄ちゃんが好きなのはこの、どうしようもない姉なんだもん。

 小さい頃から二人を見てきたアタシだから。

 兄ちゃんを必死に見つめてきたアタシだから。

 そして、仕方ないかと一歩下がったアタシだから。


 ……兄ちゃんの相手がお姉ちゃん以外は嫌だった。


 アタシは、『ほっときなさい』と、母に手招かれるまま一階へと降りていく。


 『……好きって言えばいいのに』


 襖を閉めながら、そうこぼしたアタシの声は姉には届かない。

 その日の晩まで、姉は、一切布団から出ようとせず、かたくなに無言をつらぬいた。


 ――とまぁ、その時はどうなることかと思ったが、いつものことといえば、いつものことか。


 あぁもうホント、心配して損した。このアタシの心労をどうしてくれるのだろう。あのヤキモキさせられた無駄な時間を、まるっと全て返してくれ。

 なんせ、風雲急を告げるかと思われたその災厄も、なんてことは無い。その日のうちに、あっさりと解決してしまったわけで。

 その日の晩から、唐突に兄ちゃんが猛勉強を始めたのだ。

 兄ちゃんは兄ちゃんなりに、いろいろ考えたのだと思う。詳しい理由は、本人が言わないからわからないままなのだけど、ほんと、どいつもこいつも素直じゃない。

 だって、


 『勉強を教えてくれ』


 ――僕も、その高校に行きたいから。


 夜遅く、我が家の玄関先でそう言った兄ちゃんの真っ赤な顔が、全てを物語っていたのだから。

 うしろで聞いていた母の、いまにも噴き出しそうなのをこらえる顔もなかなかだったが、あの姉の嬉しそうな顔ったらなかった。

 さっきまでご飯もいらないお風呂も入らない、ほっといてと拗ねに拗ねていたクセに、兄ちゃんが呼んでるとなると転がるように参上である。

 顔を見るなり、口をへの字に曲げて、『なんのよう? 』なんて、ぶっきらぼうに答えたくせに、兄ちゃんの言葉を聞くと、


 『もう、仕方ないわね』


 とか言いながら、ボサボサの髪とヨレヨレの制服姿で、目なんかこんなに泣きはらしてるのに、こぼれんばかりの笑顔を見せるもんだから見ているこっちが恥ずかしくなる。


 『あと半年しかないけど、頑張ろうと思う』


 『ばかね。あと半年もあるじゃない』


 その後しばらく見つめ合ったままで、二人だけの世界を構築していたが、お父さんが茶化すように指笛を鳴らさなかったら、いったいいつまであのままだったのか。

 その時、姉から邪魔だと言わんばかりに眼光鋭く睨まれて、お父さんは、え? 何か間違えましたかね? もしかして空気読めてなかった? って顔をこっちに向けてきたけれど、いや、あのままではアタシと母が揃って桃色空間に胸焼けを起こしてしまいそうだったから、あれはあれで正解だったと思う。

 おじゃましましたと兄ちゃんが慌てて帰った後、姉は『進学校に行けば、いろいろと有利だからね』なんて、夕飯の残りものを食べながら、鼻高々で誇らしげに兄ちゃんのことを語っていた。

 その時は、へぇ、そういう理由もあるんだな程度にしか考えていなかったのだけど、この姉、あの受験勉強を経てもなお、どうやらいまだに兄ちゃんが志望校のレベルを上げた理由を勘違いしているようなのだ。

 姉は、今でも単純に進学や就職のためと思っているようなのだが、そんなわけ無いだろうと言ってやりたい。

 だってアタシは知っている。いや、アタシだけが知っている。姉は気づいていないみたいだったけど、バカだからしかたない。

 いつだったか、兄ちゃんは迂闊にも口を滑らせたのだ。


 『もし、この受験に成功すれば、やれば出来るって自信がつけば、僕はお前に……』


 『え、なにか買ってくれるの? 』


 多分、受験勉強の追い込みで、いっぱいいっぱいだったのかな。数秒後、我に返った兄ちゃんは姉に支離滅裂な言い訳を繰り広げていたが、ニヤつくアタシに気がつくと真っ赤な顔して、絶対言うなよと小声で口止めしてきた。だから、まず間違いなくあれは本音だと思う。

 雑誌を広げ、どれを買って貰おうかなと、めぼしい物に花丸をつけていく姉の横で、


 『Love? 』


 『……うるせぇ』


 真っ赤な顔のまま面倒くさげに誤魔化す兄ちゃんの背中を、アタシは笑いながら優しく叩いた。



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