第7話 僕は、自分の気持ちばかりを優先し、彼女を困らせた。 ②



 ――そんな悶々とベッドでうなり続けて早一時間。布団に潜って恨めしい声を上げていると、スマホが鳴った。


 もしかして、アイツからか。バネ仕掛けの人形もかくやと飛び起きたが、どうやら少し違うようで。揺れるスマホの画面には彼女の妹の名前があった。

 一瞬、肝を冷やしたが、ホッと胸をなで下ろしてしまう。さっきの醜態の後、何を話せば良いのかなんてわからない。僕こそが今回の災厄を引き起こした諸悪の根源でもあるのだけど、そうは言っても、こちらにも準備や覚悟が必要なのだ。

 なにせ、もしかすると絶交されるかもしれないのだから。さすがのアイツでもそこまではと思うも、一抹の不安を抱いてしまう。


 『ほとほと愛想が尽きたし、大嫌いだから面と向かって言うのはムリ。だから電話で言うことにしたの』

 

 なんて言われてみろ。


 『もう二度とアタシの前に姿を見せないでね』


 を聞きながら、僕は自室の窓から身を投げる自信がある。

 別パターンとして、彼女の妹が代わりに伝える方法もあるだろうが、あのマイペースな妹のことだ、我関せずでいるに違いない。さすがのアイツでも、そう易々とあの子を伝書鳩のようには使えないだろう。


 「……よし」


 覚悟を決め、少しの不安を引き連れつつも、震える指先で電話に出る。


 「どうかし――」


 『――せに! ばーかっ!! 』


 「ぁん? 」


 何だって? 

 僕の返事が終わる前に話すものだから、はじめの方が良く聞こえなかった。だけど、――背に冷たいものが流れる。

 はっきりと聞こえた馬鹿という単語。それに、怒気を含んだ荒々しい口調。

 向こうから一方的に通話の切れたスマホを僕はベッドにおくと、力なく布団に包まった。


 ……もはや、考えなくてもわかる。


 隣の家で、何かが起きたのだ。いや、何かではない。間違いなく火元はアイツだ。

 精神的なものだろうか、久しぶりに胃がキリリと悲鳴を上げた。

 きっと僕のしでかしたことで、妹にまで迷惑をかけたのだ。激怒したまま家に帰ったアイツは、とうぜん虫の居所が悪いもんで妹にケンカをふっかけたのだろう。それからの取っ組み合いまでの流れは見なくてもわかる。

 布団の中で背を丸め、謝罪の言葉を連呼する。申し訳ないという気持ちに押しつぶされてしまうそうだ。

 もう一度、腹が痛む。

 いよいよ僕は自分のしでかしたことの恐ろしさを痛感してしまう。

 あの妹がわざわざ文句を言うくらいだ。彼女が大荒れなのはイヤでも理解してしまう。やはりアイツにとって、僕からの告白は予想以上にストレスだったのだ。

 なんと言って謝るべきか。僕の貧困なボキャブラリーでは、もはや言葉が見つからない。

 だって、言い訳にしかならないじゃないか。どんなに言葉を並べても、きっと煩わしく思われるだけだから。


 「……」


 僕は、布団から顔を出し、続けて手を伸ばす。

 とは言っても、せめてもの罪滅ぼしに、アイツの妹にだけは謝っておこう。僕のせいで生まれた被害者なのだから、詫びの一言は当然で。

 もちろん、けっして強敵を後回しにしたわけではない。件の幼馴染みにも、あらためて謝罪を入れるべきなのはわかってはいるんだ。だけど、アイツと相対するにはそれ相応の覚悟が必要なのだ。それに、


 「……今更、どんな顔して会えばいいんだよ」


 今日、もう何度目になるかわからない溜息の後、僕はスマホを操作した。

 ただ、相手がアイツの妹とはいえ、面と向かって話す気力は今の僕にはない。きっと怒っているだろうし、これ以上の直接的な罵倒は、いよいよつらい。

 だから、無難にメッセージを送ることにした。

 とうぜん気の利いた言葉なんて僕が思いつくはずもなく、ただ一言。『迷惑欠けたろ? ごめんな』とだけ。

 少しの間を開けて、スマホが音を立てた。もちろん、発信元はアイツの妹からで、


 『踏んだり蹴ったりだった。土下座案件まったなし』


 一緒に送られてきた画像は、台所で彼女がおばさんの腰にしがみついているところだった。隠し撮りのような変な角度からの写真だったのだけど、一体何があったのだろうか。まともではない光景に、ごめんと言葉が漏れる。

 妹もよっぽど言い足りないのだろう。続けざまに数度、携帯が音を鳴らす。

 お母さんに叱られた。とか、ゲームがいいところだったのに。とか。挙げ句の果てには今回の穴埋めに、今度、どこか遊びに連れて行って。など、不平不満が次々と送られてくる。そして、


 『今日、そっちの家で何があったのかなんて、アタシには関係ないし、どーでもいい』


 思わず息が止まりそうになる。こいつ、この口ぶりは知っている。さっき起きた珍騒動を、こいつは少なからず知っている。

 なぜなのか。もしやアイツ、今日の醜態を言いふらしてしまったのか。

 瞬時に耳まで熱くなる。スマホを通して、あの妹の含みのある笑顔が見て取れるようだ。もしかすると、大笑いしながら話を聞いたのかもしれない。それがアイツの癇に障り、大ゲンカになったとも考え得る。いずれにしてもとんだ大恥である。墓場にもって行くレベルの辱めに、いっそ殺せと叫びたくなる。そして、


 『ただ、今日はお赤飯ですwwwそっちにもハニーがもって行くそうでーすwwww』


 いよいよおかしな事になってきた。もはや意味不明なほど妹は盛り上がっているようで、なぜ赤飯が出てくるのか。さらに、ハニーの意味するところが理解できない。

 わかるのは、僕は今、盛大にあざ笑われていることだけだ。顔から火が出るほどに恥ずかしく、同時に悲しみに襲われる。


 ――僕は、自分の気持ちを真剣に伝えただけなのに。


 なにも、笑いものにしなくてもいいじゃないかと、本当に大切な想いだった分、少し目頭が熱くなる。


 「……なんだよ。くそったれ」


 自然とこぼれた一言が、無性に胸を締め付けた。そして、もう一度、携帯をベッドに置くと現実から目をそらすように布団に潜り込み、僕は堅く目を閉じた。

 もはや神や仏に祈るしかない。

 目が覚めると、きっと今日のことは全部夢で、アイツがいつものように迎えにきてくれる。そして、学校までの道のりを普段どおり二人でのんびりと歩くのだ。

 多分、相当にまいっていたのだろう。ズシリと重いとてつもない疲労感で、僕の意識はゆっくりとまどろみの底に沈んでいった。


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