9話-1 塔に上る その五 中ボス、現れる


 スポーツジムでタイマーが鳴り、クライマーと言う機械を降りる。

 階段昇降を機械的に行うスポーツ機器である。

 息が荒い。

 腿が痛い。

 ついでに、臀部も痛い。

「これで表面が終わりましたね」

 トレーナーがスポーツドリンクを飲んでいる私に言う。

 表面とは、メニュー表のことである。

 両面印刷で、その片面が終わったことを意味する。

「ええ、何とか」

 私は苦く笑う。

「前半は大分さぼりましたけど……」

「はは、そういえば、最近、この近くにラーメン屋さんが出来たの知っています?」

 トレーナーの言葉に私は思い出した。

「あー、昼間が食堂で夜がラーメン屋になる店ですね」

「ええ、行ってみません?」

「は?」

「表面完了記念で、ね」

「嫌ですよぉ」


 数分後。

 車から降りるとラーメン屋の看板があった。

――まあ、家に帰っても寝るだけだしなぁ

 店先を見ると多くの花束が活けてあった。

 いかにも『新しくできたお店』らしい。

 嫌いじゃない。

 客はほどほどいた。

「いらっしゃいませ!」

 少し気後れしそうな迫力のある歓迎の声で中に入る。

 案内された席に座り食券を渡す。

 今回は餃子も付けた。

 表面終了記念である。

 先に餃子が来た。

 なお、私は餃子は醤油だけつけて食べる。

 酢もラー油も入れない。

「ラーメンお待ちどう様です!」

 餃子を食べ終えたのと同時にラーメンが来た。

 驚いたことがある。

 玉ねぎのみじん切りがあった。

 かつて、『新潟のラーメンは生の玉ねぎのみじん切りが入っている』と聞いたことはあるが、まさか目の前にあるとは……

 生の玉ねぎが嫌いな私が真っ先にしたこと。

 ラーメンファンでいうところの「天地返し」と呼ばれる麵を上に回す。

 我が家では「煮る」という行為だ。

 目の前のポスターを見ると「九州から出店!!」みたいなことを書いてある。

『新潟じゃないんだ』

 最初は順調だった。

 ふと意識が戻った。

 というか、胃が悲鳴を上げた。

『油ギッシュ‼』

 四十代の胃である。

 去年はバリウムを飲んだ。

 しかし、負けられない。

 何故なら、この『塔に上る』シリーズには本当の強敵ラスボスがいるからだ。

 ここで負けてはいけない。

 剣(=胃薬)も魔法(=消化剤)もないけど、あの強敵ラスボスと戦うためには、ここで負けるわけにはいかない。

 ここで意外な助っ人が現れた。

 生玉ねぎだ。

 沈めた生玉ねぎが程よく火が通り口の中をさっぱりさせてくれる。

 残りを食べる。


「ありがとうございました‼」

 店を出て駐車場に停めた愛車に乗る。

――食べた

 その感慨の浸りながら車窓から月が見えた。

 とてもきれいな満月だった。

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