7話-4 塔に上る その四 基礎は大切

 最近、マッサージに行っている。

 年齢のせいか肩が凝る。

 関節がポキポキいう。

 などがあり、今まで渋っていた私も一念発起した。

「そういや、今日(2021年2月14日)はバレンタインデーですね」

 整体師が私の体を揉みながら聞いてくる。

「そうです……ね。もらったことありますよ」

「え? 上げたではなく?」

「中学生の時に『お父さんみたい』って言われました……加齢臭していたんですかね?」

「いやいや……」

 そんな話をしつつ予約を入れ店を出た。


 まあ、整体を受けた人なら分かるだろうが実に体が軽い。


 そのノリで行っちゃいました、ラーメン屋。

 だって、どこ行っても世の中はどうせ、バレンタインデー。


 場所は市街地にある長年営業している。

 一度引っ越しをしたようだが、それも大分前の話だ。

 この店に行くのは、本当に久しぶりだ。

 味ですら、ぼんやりとしか覚えてない。

 駐車場は最大で三台までおける小さいものだ。

 そこが一つ空いていて、そこに愛車を止める。


 店に入る。

「いらっしゃいませ」

 カウンターに座ろうとすると「テーブル席にお願いします」と誘導される。

「ご注文はありますか?」

 年配の従業員が聞いてくる。

「えー、と。餃子と醤油とんこつをください」

「はい、わかりました」


 この店はラーメン業界でも「成功店」として専門の本に載っていた。

 二十代で見た私は「すげぇ店だなぁ」と思った。

 行ったときに、お試しでラー油をしきりに店主が売り出していた。

 何でも手作りのラー油で中に干しエビやら干し貝やらの入った今でいう『食べるラー油』の先駆けのようなものだった。

 私は普段、ラーメンや餃子にはほぼ何もつけないが、このラー油は美味かった。

 それから、店で販売されて私も買い求めた。

 が、ある時から亡くなった。

「材料費の高騰ですか?」

 会計時に私は冷やかし半分で聞いてみた。

「よくわかりましたね」

 本当に店主は驚いたようだった。

「いやぁ、最近材料費が高騰しましてね……あのラー油、一瓶が千円以上になるんですよ」

 それが二十代最後の頃の話。

 そこから足は遠のいた。


 それから十年以上。

 店内は少しシンプルになった。

 別の客がやってきた。

 常連客らしい。

「いやぁ、この辺も大分寂しくなったねぇ」

「今日はまだましですよ。コロナのせいで夜はほぼ開店休業状態ですもの」

 店主が答える。

「餃子、お待ちどう様です」

 私は餃子を食べながら常連客と店主の話を聞いていた。

――コロナで人が外に出ない

――この辺も淋しくなった

――巡回もなくなった

 などなど。

「ラーメン、お待ちどうさまでした」

 そこにようやくラーメンが来た。


 スープを啜る。

 麺を啜る。

 具を食べる。

 特に特徴はない。(いや、店側からは色々あるだろうが)

 でも、十年前のラーメンだった。

 もしかしたら、何度か改良されたかもしれないが、強烈な個性はないけど安心できる。


 そうだ。

 何か特別なことがいい事ではない。

 基礎があって、応用がある。

 ピカソだってゴーギャンだってゴッホだってルーベンスだって最初からキュビズムだの厚塗りの絵画を書いていたわけではない。

 何度も模写や風景画、裸婦像を描いて試行錯誤して己のジャンルを確立した。

 そう考えると、私も基礎が出来ているかと少し不安だ。


 お会計をして、去り際、店主が言った。

「またのご来店、お待ちしております」


 この街の味。

 ごちそうさまでした。

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