7話-番外編1 そこに鬼がいた

 昔の、ファミコンなどのロールプレイングゲーム(RPG)では様々なバグや不具合があった。

 八回逃げると全て『感心の一撃』になるとか、飛行艇が途方もなく早くなる……

 意図的に含まれているのもある。

 隠し通路である。

 重要アイテムなどに通じる秘密の通路だ。

 今回は、『隠し通路』として今は無きラーメン屋さんの話。


 その店を知ったのは、今の会社に入る前。

『障碍者(精神病)の』就職活動で市内のビルに行った時だ。

 開始前につくためスーツ姿の私は道を歩いていた。

 そこにあった。

 認識はしていた。

 当時は、ほぼ平日は病院と図書館に行っていて、道沿いにあったからだ。

 ただ、駐車場は無く小さい店で、どちらかと言えば『飲み屋のラーメン』の印象が強かった。

――昼やっていなかったら、駅前のファミレスにしよう

 そんなことを思いながら私は会場へ急いだ。


 昼前に会場を後にして(色々思うことはあるが、ラーメンとは関係なので書かない)ラーメン屋に向かう。

 やっていた。

「こんちわ」

 恐る恐る中を覗く。

 そこには黒Tシャツにタオルを頭に巻き白のゴムエプロンをした『THEラーメン屋の主人』ともいうべき男性がいた。

「どうぞ」

 中に入ると横に券売機があった。

 チャーシュー麺などがあり、券売機でスペシャルラーメンを押す。

 すぐに発券された。

 上を見ると券売機に『ご注文の際に脂の量が指定できます』と書かれていた。

 その中で目を引いたもの。

【鬼脂】

 気が付いたら私は店主に券を渡しながら言った。

「鬼脂でお願いします」


 何かむしゃくしゃしていたのかもしれない。

 何か不安だったのかもしれない。

 今でも思う。

「初っ端から鬼脂っておかしくないか?」

 ラーメンを待っている間、私は恐怖半分、実は好奇心半分であった。


「はい、スペシャルの鬼脂です!」

 白かった。

 丼は雪のように白かった。

 東京とかで降る雪ではない。

 新潟などのドカ雪である。

 というか、雪ではない。

 脂、豚脂である。

 かき分け、麺を見つけて、啜る。

 脂っぽいと思っていたが、思いのほか辛くない。

 横を見ると壁に手書きのポスターで「極上の脂です!」と猛アピールしている。

 後の記憶は例によって吹き飛んでいる。


「ありあっした!」

 その声を背に受けて駅へ足を運ぶ。

 赤信号で眼鏡を外すとレンズが水玉模様になっていた。

 脂の水玉模様をハンカチで吹いて装着する。

 が、二十代なら大丈夫だったかもしれないが、三十後半の胃は悲鳴を上げた。

 わずか数百メートルでお腹が落下傘のように急降下し、私は冷や汗を流しながら駅前のデパートにダッシュした。

 でも、癖になった。

 

 その後、私は就職をして何度か理由を付けてはそのラーメン屋さんに行った。

 だが、昨年。

 店はひっそりと閉店した。

 確かに小さい店でカウンター三席、テーブル一つ(六人座れる)でほぼ三密を満たしている。

 今でも空き家になっているが外側のチラシなどはそのままで車で通り過ぎるたびに淋しい。

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