2話 それは魔法だった

 結婚した友達が第二子を産んだ。

 SNSで報告を受けたとき、不意にホットケーキが食べたくなった。


 その友達は私を色々な場所に連れて行ってくれた。

 特に印象的なのは郊外の喫茶店だ。

 個人経営ではない。

 コーヒーチェーン店だ。

 でも、豆から挽いて一杯一杯丁寧に淹れていく。

 特に驚いたのはキッチンの前に銅の板があり、そこでホットケーキを焼くこと。

「すごいねぇ」

 私の言葉に友人は笑った。

「えー? 家でホットケーキ作らないの?」

「作らないよ」

「味噌汁の出汁から取る人なのに?」

「いつもじゃないし、子供の頃に中華鍋でホットケーキを作ろうとして痛い目を見たんだ」

「あいかわらず、何を考えているか分からない人ね」

「うん、自分でも思う」


 本題に戻ろう。

 一人で入るのは初めてだ。

 チャイムが鳴る。

「いらっしゃいませ」

 中は静かだった。

 コロナ禍のせいもあるし、朝八時ということもあり人は少ない。

 朝食を抜いているが車の運転に疲れたのもあって目がしょぼしょぼする。

 ただ、静謐せいひつの中に格調高いクラシックが流れている。

 カウンターに座る。

 喫茶店らしくカレーやスパゲッティがあるが、出産した友のためにもホットケーキとアイスコーヒーを頼んだ。

 その間に池波正太郎の『むかしの味』を読む。


 池波正太郎は子供の頃に両親が離婚し、父親と離れて暮らした。

 ただ、全く会えないわけではなく時々はあっていたようだ。

 その時のホットケーキに驚愕したそうだ。

 そして、ホットケーキは父親を思い出すことになる。


 アイスコーヒーは映画鑑賞の後に飲むのが好きだったらしい。


「お待たせしました。ホットケーキとアイスコーヒーです」

 ぼんやり本を読んでいたら店員が品物を持って来た。

 本を閉じてバックにしまい、ナイフとフォークを持って出来立てのホットケーキを切る。

 表面はパリッとして中はふんわりしている。

 甘い匂いが空腹に効く。

 目線を移すと他の客のために焼かれているホットケーキを見て『ああ、こうして作られたのか』と確認する。

 コンビニでも最近はホットケーキ(パンケーキ)が売られている。

 否定はしない。

 各社コンビニスイーツもかなり本格的になっているけど出来立てとは別物だ。

 コーヒーに関しては別件で。


 二枚あるうちの一枚とアイスコーヒーを食べ終え、再び店員を呼ぶ。

「すいません、メロンフロートを下さい」

「はい、わかりました」

――コーヒー飲んで何でメロンソーダ?

 少し不審そうな顔をするがそこはプロ。(まあ、アルバイトの可能性も有るけど)

 若者らしい笑顔で中年が注文を受ける。


 再び本を出し、読む。


 メロンソーダは株屋の小僧時代に親戚に連れられて飲んだときに衝撃を受けたようだ。

 

 ふと、活字からキッチンに目を運ぶと先ほどの店員がかき氷などに使うメロンシロップ(だと思う)を少量グラスの中にいれサイダーを注ぐ姿が目に入った。

 見慣れた緑色になるグラス。

 慌てて巻頭の写真を見る。

 メロンソーダ(今風にいるならフロート)の写真があるが明らかに色違う‼

 数分後。

「メロンフロートです」

 嫌いなサクランボを食べ(種を取るのがなんか嫌)ストローで中身を飲む。

――うん、子供の頃に粉で直接口に入れて水で飲んだメロンソーダの味だ

 ただ、嬉しいこともあった。

 乗ってあるアイス(バニラ)にガリガリとした部分があった。(たぶん、氷の結晶)

 人によっては好き嫌いあるだろうが、私は好き。


 再びホットケーキに戻る。

 まだ、ほのかに温かい。

 そこに今度はシロップやバターを乗せて食べる。


 ある漫画の言葉を思い出した。

『ホットケーキには魔力がある。どんな難しいオジサンでもホットケーキを食べる時、笑顔になるのだ』


――負の感情を持った池波先生もホットケーキを食べているときは、笑顔になれたのかな?

 そんなことを考える。

――もし、笑顔になれたのなら、もう、魔法だな

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