第3話飲み会は楽し

人魚。下半身に魚の尾ひれを付けたダンサーがポールダンスをしている。腕だけで身体を支え踊っているが、無理を感じさせない。優雅。まるで海の中を舞っているよう。


ダンサーがいる円型ステージの周囲に並ぶテーブル卓に腰掛けて、ボクそして海斗と成美は飲み食いをしている。

ボクらは、紅茶で煮た鶏肉にしょう油ベースの味付けしたものをおかずに、しょうが風味の栗ごはんを食べていた。とても深みがある味。


ここは繁華街にあるレストラン。ボクたち3人は全員新型コロナウィルスのワクチンを打ったので、久しぶりにそろって外で飲み会をしている。海斗のバースデイパーティも兼ねて。

みんなマスクなし。


「この前、日本の最北端にある自宅で、スマートスピーカーのアレクサからジャック・ホワイトを流しながら、スーパーマーケットの宅配サービスで購入したブラジル産の鶏モモ肉を使ってザンギを作った」

海斗が続ける。

「ザンギを食べながら考えたんだよ。今現在、アフリカのベナン共和国の首都で、ある黒人カップルが、ロミオとジュリエット顔負けの情熱的な恋愛をしているかもしれないってさ」

海斗はマンゴー果汁を少々たらせたハイボールを飲みながら、言った。


「……ふと思う、かわいいキミは現実かフィクションか、果たしてリアルに存在するのか」

海斗が成美のブラウンの瞳を見つめながらささやいた。海斗流のおふざけだ。成美が吹き出す。


「私たち、今付き合ったら不幸になりそうな気がする」

以前、ボクが成美を夕食に誘ったとき、そう言われた。成美が深くため息をついたのを憶えている。なぜ不幸になるのか、その理由は教えてくれなかった。

今度は無理やり押し倒してキスするわけにはいかない。昔、ボクが傷つけたコリアンガールは今どこに。ボクは成美の返事を待つことにした。


ボクたちは今年の夏に新型コロナ肺炎のワクチンをそれぞれ接種した。それでもまだ、日本国民の半分は新型コロナ肺炎の免疫を持っていない。初めての大規模なワクチン接種大作戦がスムーズにいっていない、というのもあるし、ハナから注射されるのを拒否する人たちも多くいる。

また、中国地方の高速道路で軽トラが交通事故に巻き込まれ横転し、積んでいた数千人分の新型コロナ肺炎のワクチンを路上にばら撒き、後続の車がそれらを踏みつぶした、という事故もあった。


日本政府は難しいミッションをクリアしなければならない。


「テイラー・スウィフトを聴いていると、ますます女の子が好きになる」

海斗が話題を変えた。レストランの店内でテイラー・スウィフトの昔の曲が流れていた。


「海斗は素直なんだね」


「なのに、なぜ女子にモテないかね」

「こらこら、俺にだって美しい想い出があるんだよ、これでも」

ボクのツッコミに海斗が少しムキになった。 

「駅前のビジネスビルの最上階にレストランあるじゃん。学生時代あそこから女の子と夜景を見たことがあるんだ

海斗、衝撃の告白。

「へぇ……オマエ恐ろしいくらい口堅いな、同じゼミのDJ崩れがオマエのこと女にモテないってバカにしたことあったけど、一切反論しなかったもな」

ボクは驚いた。

「きぃ〜っ、海斗童貞だと思ってたのにぃ」成美もだ。

ボクはそれを聞いて内心非常に焦った。ボクにはSEXの経験がない。そう、童貞なのはボクの方なのだ。誰にも言ってない。ははは、ボクもある意味恐ろしいくらい口が堅い。


「……パリの夜景見てみたい」

海斗がボソリと言った。

「意外と東南アジアやアフリカの都市の夜景ってキレイ」

「へぇ」

「YouTube で見れるよ」

「YouTube か、リアルで見たいな」

「今はまだ無理よ、コロナで」

成美は少したそがれて、海斗に言った。


25歳になった海斗。今夜はとても饒舌だ。


あ、と思った。ふと見ると玲華がいる。玲華がレジカウンター近くの共用ソファーにすわり、スマホを弄っている。小さな街だ。他に行くところはないのだろうか。玲華もこちらに気づいて、近づいて来た。海斗と成美は近場の温泉について話すのに夢中だ。


あいさつより先に玲華は「お願い、何も突っ込まないで」と笑いながら言った。

玲華の祖母は在日コリアン2世で、だというのに、事情を知らない、ネトウヨで人種差別主義者の博茂と付き合っている。今、博茂と玲華の恋の行方は、Twitter 上、ボクの周囲でバズっている。。


ボクそして海斗と成美は玲華を笑顔で迎えた。


「みんな知ってるよ」

「やだぁ、もう」

ボクのヤラシイ笑みに玲華が爆笑した。

「博茂は?」と成美。

「消えた」

と、玲華が答える。


「私が在日コリアン5世だってカミングアウトしたら、いなくなっちゃったの」

淋しそうな玲華。センチメンタルな表情。孤独は人を詩人にさせる。


そうか、博茂はすべてを知ったか。ボクは正直ガッカリした。周知の事実を博茂だけが知らない状況を、ボクを楽しんでいた。


ボクは自らの中学生時代を思い出した。


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