戦闘

(六)



 航海開始から、すでに三日が経過していた。潜水艦での生活にもすっかり慣れ、彼らは少々浮ついた気分になっていた。


 しかし、エミリアのそのひと言が、彼らを一瞬で現実の世界に引き戻した。


「バーニィ、三時方向から何かがこっちに接近してくる……。これ、潜水艦だわ!」


 ヘッドセットに手を当て、ソーナーからの信号を感じ取ったエミリアは、このふねに潜水艦が迫っていることをバーニィに伝えた。


「どんなふねか、データバンクに照合してくれないか、エミリア?」


 バーニィは制帽のつばを後ろ向きにしてかぶり直すと、エミリアに向かって問いかけた。


「うん、ちょっと待って……これは、アメルリア海軍のシルベスター級攻撃型原潜ね。艦名は『サターン』。現在、こちらに急速接近中よ」


「よし、総員、発令所に集合! 配置につけ!」


 バーニィは艦内放送で、ここにいない乗組員クルーたちを呼び寄せた。


「なんだ、敵襲か?」


 ジオたちはあわてて駆け込んでくると、それぞれが自分の持ち場となる席に座って戦闘態勢を取った。


「敵……」


 通信席に座ったマノンは、心配そうな顔でバーニィを見ていた。そんな彼女を安心させるように、バーニィはゆっくりうなずきながら言った。


「大丈夫、同じアメルリアのふねだもん。大したことにはならないさ。……ハンス、機関室の方はオーケー?」


 バーニィは、マイクで機関室にいるハンスに確認した。


「こちらも準備完了オールクリアだ」


 ハンスは、短くそう返答した。


「……さて、どうする、キャプリス艦長?」


 そばについたクリフが問いかける。


「とりあえずは、相手の出方を見よう。先に動くのはまずい」


 バーニィはそう言うと、操舵席に向かって命令した。


「速度を十五ノットに減速し、迎撃態勢を」


「げ、迎撃態勢って……?」


 フリッツが振り向き、おそるおそるたずねる。


「魚雷発射管に注水、発射準備をするんだ、フリッツ」


 はっきりと、バーニィはそう言った。


「魚雷って、バーニィ……」


 その言葉に、アニスが心配そうに彼の顔を見る。


「大丈夫、あくまで念のためだよ」


 バーニィは、半ば自分にそう言い聞かせるようにつぶやいた。




「艦長、発見しました。X1エックスワンです」


 サターンの水測員が、ヘイウッド艦長に報告した。


「おっと、ようやく見つけたか」


 艦長はその言葉を聞くと、瞬時に頭を戦闘態勢バトルモードへと切り替えた。


「あの情報は、どうやら間違ってはいなかったようですね。たしか、ランバート工科大学のスペンサー博士とかいいましたっけ?」


 と、マニング副長は言った。


「ああ。見つけてしまえばこちらのものだ。総員、戦闘配置につけ! 狩りの時間タイム・トゥ・ハントだ」


 そう言うと、ヘイウッド艦長は魚雷発射の準備を促した。


「まずは、鼻先に軽く一発当ててビビらせてやれ」


「しかし艦長。X1エックスワンの艦内には、数名の中学生が搭乗している可能性もあるという話でしたが……」


 マニング副長はそう言って、いきなり攻撃することに異議を唱えた。


「いや、ヤツのほうが足だけは速い。ボヤボヤしていて逃げられてしまっては、元も子もないからな」


 ヘイウッド艦長はそう言って、副長の意見を制止した。


「しかし……」


「今回の我々の任務は、どんなことをしてもX1エックスワンを止めることだ。あとの責任は陸上おかの人間が取る」


 ヘイウッドは、正面に向き直って命令を下した。


「やれ!」


 サターンは、マーヴェリックに向かって先制攻撃の魚雷を発射した。




「バーニィ、サターンから魚雷発射! 向かってくるわ!」


 レーダーとソーナーの情報から、エミリアはマーヴェリックに迫る危機を告げる。バーニィはジオに対し、こう命じた。


「ジオ、面舵いっぱいっ!」


「よおっしゃああっ!」


 回避体勢を取るべく、バーニィは魚雷の進んでくる方向に対して正面を向くように、ふねを立てさせた。艦底に備え付けられた、二枚のヒレのような巨大操舵のおかげで、マーヴェリックは他の潜水艦とはまるで比較にならないほどのスピードで旋回した。間一髪のところで、マーヴェリックは魚雷の直撃を避けることに成功した。


「……んの野郎、いきなり撃ってきやがったな!」


 頭に血が上ったように、ジオが叫ぶ。


(落ち着け……まだ大丈夫だ……)


 力ずくで背骨を締めつけられるような、強烈な緊張感をなんとか抑えつつ、バーニィは命令を続けた。


「エミリア、ソーナーポッド射出を頼む。それからクリフ、音響反射フレアを散布!」


「了解。音響反射フレア、散布準備」


 クリフは復唱した。


「このふねの回避能力のすごさを、サターンに見せてやる」


 バーニィは、そうつぶやいた。


 マーヴェリックの船体のさまざまな箇所から、球体の装置が次々と射出される。ソーナーポッドと呼ばれるこの機械は、水中での音の反射によって敵の位置を知ることができるという新開発のサーチユニットである。ソーナーポッドはマーヴェリックとケーブルでつながれており、それぞれを自由に操縦することが可能だった。


「ソーナーポッド、射出完了しました」


 エミリアは、バーニィにそう伝える。


 続いて、マーヴェリックの周りに音響反射フレアが広がっていった。特殊な薬剤が、赤いボディの上から染み出してくる。このようにふね全体を、音を乱反射させる物質で覆い尽くすことで、敵から自分の位置を隠す効果があるのだ。

 フレアはまるで煙幕のように、この海域一帯にじわじわと広がっていく。やがてマーヴェリックは、この特殊な薬剤によって完全に覆われてしまった。



 サターンの水測員は、ソーナーの異常に気がついた。しかし時すでに遅く、彼らはマーヴェリックの位置を見失ってしまっていた。


「艦長、敵影をロストしました!」


「なにい?」


 水測員の報告に、ヘイウッド艦長は眉をしかめた。


「新型のノイズメーカーでも使ったのでしょうか?」


 マニング副長は、そう問いかける。


「だが、ここまで音響が乱れる装置を使った以上、相手にもこちらの位置はわからんはずだ。とにかく落ち着いて探せ!」


 そう言うと、ヘイウッド艦長は敵艦の捜索を続けさせた。


(この俺が、目の前の敵を見失うロストだと? そんなこと、いまだかつてありえん……)


 ヘイウッドの顔に、焦りの色が見えはじめていた。




「一応これで、僕らの位置は見えなくなったかな」


 フレアの散布状況を確認して、バーニィはつぶやいた。


「でもこっちも、向こうの居場所がわかんなくなっちゃうんじゃない?」


 アニスの疑問に、バーニィはこう答える。


「そこで、ソーナーポッドを使うんだ。どう、エミリア?」


「うん。サターンの位置が特定できたわ」


 フレアの散布範囲外から、遠隔操作で敵艦の位置を特定することができるこの装置のおかげで、マーヴェリックは一方的に優位に立つことができたのである。


「よし、このままふねを安全な方角に向けて、ここを離脱しよう」


 すると、バーニィのその言葉にコンピュータルームが反応した。


《警告! 再度、敵艦からの追撃を受ける可能性があります》


 マーヴェリックの機械音声が、彼らのいる発令所に響く。


「じゃあ、どうすればいいのさ」


 バーニィが問いかけた。


《魚雷攻撃によって、速やかに敵艦を鎮圧すべきです、艦長》


 マーヴェリックは、いつもの冷静な調子で続けた。


「鎮圧って……。同じ国アメルリアふねを、撃てるわけないじゃないか」


「そうよ、相手は味方でしょ? 冗談じゃないわ!」


 バーニィやアニスが反対の意志を表明する。だが、マーヴェリックの人工知能はそれを聞き入れない。


《本艦は、航海を妨げる者をすべて敵と見なします。サターンへの即時攻撃を主張します》


 コンピュータのその言葉に、ジオが賛同して言った。


「そうだ。逃げたりしたら、今度こそアイツにやられるぜ」


 ジオはそう言うと、マーヴェリックの艦首をサターンの方に向ける。そして彼は、隣に座っているフリッツに向かって命令した。


「フリッツ、魚雷を発射しろ!」


「え……? ぼ、僕できないよ」


 フリッツは震えながら答える。そのやりとりを見て、バーニィが大声を上げた。


「なに言ってるんだ、ジオ!」


「お前こそわかってんのか? さっきヤツは、俺たちを狙って撃ってきただろ?」


 ジオはバーニィに向かって怒鳴った。彼はすでに、落ち着きを失っていた。


「もう、敵も味方もねえんだよ! ヤツらはマジで、マーヴェリックを沈める気なんだ。いま背中を見せたら、間違いなくやられるぞ! もういい、どけ、フリッツ。俺がやる!」


 恐怖のあまり、すっかり固まってしまったフリッツを押しのけ、ジオは魚雷の発射スイッチに手を掛ける。


「ダメっ、ジオ!」


 アニスが叫ぶ。


「ジオ! やめろ!」


「うるせえっ!」


 バーニィは発射を止めるべく操舵席に駆け寄ったものの、それよりも早くジオはサターンに向けて魚雷を発射させてしまった。




 マーヴェリックから放たれた魚雷は、サターンの後部をかするようにヒットした。激しい振動が、サターンの乗組員クルーたちを襲った。


「ぐあああっ!」


「どうした、やられたのか?」


 ヘイウッド艦長は、確認作業を急がせた。


「スクリュー・プロペラ部分に被弾! 操縦不能です!」


「なんだと?」


 サターンへの攻撃そのものは、決して激しいものではなかった。しかし、機関部からのその報告は、彼らにとって致命的なダメージを与えられたことを物語っていた。


「艦長……」


 マニング副長が不安そうに話しかけると、ヘイウッド艦長はうなずきながら全艦に向けて指示を出した。


「総員、各部署における被害状況を確認の上、至急報告せよ。本艦はこれより、この海域を離脱する……」


 サターンはなんとか緊急浮上することにより、沈没を免れることができた。しかしながら、アメルリアの誇る最新型電脳原子力サイバネティック潜水艦・サブマリンとのはじめての対戦は、自分たちの完敗という結果であっけなく終了してしまったのである。


 かぶっていた制帽を床に叩きつけると、ヘイウッド艦長は怒りをあらわにして叫んだ。


「俺たちは、コンピュータに負けたってのか……ちくしょう!」


「……」


 マニング副長は、そんな艦長の様子を言葉もなく見つめていた。




続く


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