11話 騎士団への贈り物

 そして早速救護棟へと戻ると、薬草をすり潰していたザールさんはにこにこと聞いて来た。


「真白さん、皆さん差し入れ喜んでくれましたか?」

「ええ。それにとてもいいことを聞きました。ザールさん、重曹と粘土の粉とコーンスターチってありますか」

「重曹はここに。白粘土の粉もありますよ。あとは……コーンスターチ……?」


 ザールさんは首を傾げた。あ、もしかしたらトウモロコシがないのかな。


「デンプンです。穀物とかから取れる」

「ああ、それなら騎士団寮のキッチンにあるかと。お米のデンプンですが」

「お米……!? お米あるんですか……」


 え、お米? お米があるの? た、食べたい! だってずっとパンだったんだもの。


「はい。サラダやスープに入れたりすると美味しいですよね」

「サラダ……?」


 こっちではお米の料理の使い方がちょっと違うみたい。待って、今はお米の事は置いておいて。


「ちょっと貰ってきます!」


 私はひとっ走り騎士団寮に行って山ほどデンプンを貰ってきた。


「一体何を始めるつもりなんです?」


 作業テーブルに材料を広げた私の後ろから、ザールさんが覗き混んでいる。並べたのは重曹と米のデンプンと粘土。それから『ティーツリー』と『ミント』の精油。


「兵士の皆さんは、鎧が暑いそうです。まぁ、そうですよね。あんな金属鎧を着て動き回っているんですもの。だからそれを軽減してあげたいと思って、デオドラント効果のあるボディパウダーを作ろうと思います」


 ポーション製作用の大きなボウルに重曹とデンプン、粘土を入れて良く混ぜ合わせる。そこにティーツリーとミントの精油を垂らす。そしてふるいにかけて細かく肌触りを良くしたら中身は完成。あとはこれをどうやって小分けにして使い易いようにするかだけど……。


「容器がないのよね……」

「容器ですか? この軟膏の入れ物なら一杯ありますよ」

「あっ、そこに布に包んで入れれば飛び散らないですね」


 という訳で騎士団専用デオドラントボディパウダーの完成。


「これ、こっちの抗菌作用のあるハーブで作ってもいいし、ローズマリーが育ったらそれを使ってもいいです」

「作り方はよく分かったよ」


 単純にリベリオに完成品を出して貰わなかったのは、私が居なくてもザールさんが作れるように。それから残りのパウダーを地道に容器に詰めていく。


「では早速みんなの所に持っていきましょうか」


 ザールさんと手分けして、箱に入れたパウダーを教練場まで運んだ。


「全体、止まれ! これにて本日の訓練は終了!」


 丁度訓練が終わったところみたいだ。みんなぞろぞろと片隅の井戸で水を汲んで汗を拭っている。


「すみませーん!」

「あっ、真白さんだ」


 皆、一旦手を止めてこちらを見る。私はそんな彼らにデオドラントパウダーを渡して歩いた。


「皆さんにプレゼントです。こちらをどうぞ」

「なんですか、これ……粉?」


 兵士は不思議そうに粉を詰めた容器を開けてクンクンと匂いを嗅いだ。


「はい、匂いとべたつきを抑えるパウダーです。虫除けの効果もありますよ」

「へぇ……そりゃすごい。野営の時は虫がやっかいなんですよ」


 私は兵士達に作ったパウダーを配った。


「真白、私の分はあるのかな」

「はい、ありますよ」


 もちろんフレデリック殿下にも一つ。すると、殿下はその場で甲冑を外して中のシャツを脱いだ。日の光の下に、殿下の意外にも筋肉のついた厚い胸板が……。


「これはどうやって使うのか?」

「えっ!? あ……はい! 着替えの前に汗を掻きやすいところを中心に肌にはたいてください」

「ほう……着替えの前なのか。まあいいちょっと試してみよう」


 殿下が半裸でぱふぱふパウダーをはたいているのを見て、私は思わず目を逸らしてしまった。


「爽やかな匂いだ。スーッとした清涼感がある」

「これで不快な匂いやあせもでかぶれたりは防げるかと」

「ありがとう。早速使ってみるよ」

「は……はい」


 気に入ってくれてなにより。……でも早く服着てくれないかしら。ちょっと目のやりどころに困ってしまう。


「真白さん、そろそろ戻りましょう。帰りが遅くなってしまいますよ」

「はいっ、ザールさん!」


 ザールさんにそう言われて、私はこれ幸いにと殿下に頭を下げてその場を後にした。


「では、失礼します」

「ああ。素敵なものをありがとう。真白」


 殿下は私に手を振って兵士達の元へと戻った。


「皆さん喜んでくれましたねー」

「あ、はい。良かったです」


 そうよ、それが目的で来たのよ私……。


「真白さん、ちょっと顔赤くないですか?」

「いや、ほら夕日のせいじゃないですかね」


 顔を覗き込んでくるザールさんから目を逸らしながら、私はそう誤魔化した。


『何をそんなにぐったりしているんだ。デオドラントパウダーくらい僕が出したのに』

「いや……それが理由じゃないんだって」

『じゃあなんだ』

「ふん……おこちゃまにはわかりませーん」

『僕は今年で二百八十七歳だっ』


 帰宅した私は、リベリオの横でお茶を飲む。クラリスが持ってきた今日のお茶はなんと緑茶だ。ティーカップで飲むのはちょっと違和感がある。


「でも、おいし。落ち着くわー。……あ」


 ふうと一息ついて、私はふとあることを思い出した。そうだ、お米。


「リベリオ、お米を辞典から出した事ある?」

『米……? 米は出してない。ハーブじゃないからな』

「そう……」


 どれがハーブでどこまでハーブじゃないかってのはちょっと難しい問題だ。地域や時代や考え方でそれぞれ違ったりする。とりあえずリベリオにとってお茶はOKでもお米はハーブじゃないらしい。まぁ私もそう思うけど。


「そっか……じゃあこっちにお米が存在してるのね。売ってるのかな……」

『主食じゃないがそう珍しい食材ではない。市場にでもいけばあるんじゃないか』

「そうなの。じゃあ今度探してみよう」

『お前達は米がそんなに好きか』


 リベリオはちょっと呆れたような顔をして言った。……どういう事?


『この本を作った転移者はここに米が無かったので港から別の大陸に渡っていた』

「ええ……?」


 じゃあ、お米がここにあるのもその回復術師のおかげって事……。というかもしかして同じ国の人?


「その人は日本人だったの?」

『ああ。おそらく。というか同じ国の人間だったから真白を連れてこれたのかも……。うむ、ちょっと調べてくる』


 そう言ってリベリオは姿を消した。転移してきた偉大な回復術師ねぇ……。どんな人だったんだろう。そしてどう生きて……どんな風に人生を終えたのか。


「リベリオに任せきりにしないで、私もちょっと調べてもいいかもしれない」


 私はそう考えながら、残りのお茶を飲み干した。

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