第17話

「マリア、君に知っておいて欲しいんだ」


 レイは自分の事について語り出した。


 レイの家「新城家」は、曽祖父が大臣経験者で、祖父の新城啓太郎しんじょうけいたろうもまた外務省に勤務し、いずれ政界に転身するだろうと言われている。だが新城啓太郎には娘の恵子はいるが息子がなく、家名継承のため婿養子を迎えた。それがレイの父新城涼介だという。

 新城涼介と妻の恵子の間には子供ができなかった。新城家を継がせる子供を得る必要がある。そう考えたレイの祖父と当時存命だった曽祖父は、中国のある科技大学病院を頼った。そこは遺伝子レベルでの不妊治療を行う極めて高い技術を持つ大学病院だった。

 だが、レイによれば、それは表向きの話であり、実際にはそこで「デザイナーベイビー」の商業化が秘密裏に行われていたのだという。


 遺伝子を操作された「デザイナーベイビー」は、理論的には前世紀から論じられてきた。だが倫理上の問題から現実化することは無かった。

 それが一変したのが2018年。中国の賀副教授によるデザイナーベイビー誕生の報告である。AIDSへの耐性を名目にしてはいたが、知能増幅実験も行われていた可能性を指摘され、世界的な非難を浴びることになった。

 その後、WHO主導でゲノム編集の国際基準が策定され、遺伝子操作という人体実験は行われる事はなくなったかに見えた。


「でもね、資本と技術と欲望が揃うと、止められないんだよね」


 最初に確認されたのが2036年、深圳市長の息子だった。50歳過ぎて授かった息子は9歳にしてチェスの世界チャンピオンとなり、12歳でスーパーコンピュータ相手に勝利した。神童と騒がれたが14歳で早世した。

 次に2039年、上海市の10歳の少年が北京大学に合格し話題となった。上海市の共産党幹部の孫だった。彼も世界的な天才児と騒がれたが、大学を卒業することなく亡くなった。死因は心不全と発表された。

 その後2040年代半ばから、中国だけでなく日本を含め様々な才能を発揮した少年少女が現れた。だが未だ成人まで生きた例が無い。

 昨年2050年1月、中国大連医科大学の劉教授がイギリスの医学系学術誌に論文を発表した。2030年代から20年間での、未成年者に発症した再生不良性貧血についてまとめたものだ。

 その論文では、2035年以降にこれまで無かった症例が確認されたとある。

 再生不良性貧血は、古くから知られている難病である。先天的なものも後天的なものもある。造血能力が低下し、血中の赤血球、白血球、血小板が著しく減少する。かつては発症者の半数は半年後に死亡すると言われたが、現在では輸血や抗生物質の投与などで不治の病ではない。


 だが劉教授の論文によると、2035年以降にはある種の偏りが認められるとあった。


 1.中学生になった12〜13歳で発症が始まり20歳までに死亡。

 2. 輸血ならびに骨髄移植に対する深刻な拒否反応。

 3.発症者の多くはローティーンの頃から学術もしくは芸術関連で抜きん出た才能を示す。

 4.中国32、台湾6、イギリス2、日本3、シンガポール3。これだけの数が10代のうちに再生不良性貧血で亡くなった。その症例の83%が、両親が出産前に不妊治療名目で深圳市科技大付属の袁研究所を訪れた記録がある。


 この論文をイギリスの学術誌に発表した劉教授は、明言こそしていないが「秘密裏に遺伝子操作された天才児が多数存在し、その全てが短命である」と、数値を示して告発したも同然だった。


 この論文が発表されてから1ヵ月もしないうちに、劉教授は反政府活動容疑で公安に逮捕された。中国当局からの強い抗議で論文はイギリスの学術誌のサイトから削除されたが、瞬く間に複製が数カ国のサーバにアップされた。病に苦しんでいる高い知能の少年少女たちがこの情報に気づかないはずがなかったからだ。

 以後、彼らは地下活動に入った。

 既に発症し行動の自由が取れない者ばかりであったが、彼らは自らの知能、そして親の財力を使い、巧みに情報戦を展開しているという。

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