第11話 夏祭り

 慈美子は胸がドキドキしていた。慈美子の鼓動は盆踊りの太鼓のように激しく高鳴っていた。慈美子は教室で座ってぼーとしている関都にこっそりと囁く。


「関都くん?ちょっと良い?」

「ん~?」


 慈美子は誰にも聞こえないような小声で関都に耳打ちした。誰にも聞かれたくないというのもあったが、大きい声を出そうにも恥ずかしくて出ないのである。それでより一層小声になっていたのだ。

 関都は即答した。


「良いよ。行こう行こう」


(やったわあ~~~!!!)


 慈美子は心の声が飛び出しそうなくらい大喜びした。まるで顔に嬉しいと書いてあるくらいのあからさまな大喜びである。慈美子は関都を近所の神社の夏祭りに誘ったのだ。つまり、デートのお誘いをしたのだ。おそらく関都自身はデートだとは思っていない。しかし、慈美子にとっては人生初のデートなのだ。

 慈美子はあまりの喜びで有頂天になっていた。その初デートに邪魔が入る事になるとも知らずに…。


「うん!ばっちりだわ!自慢の赤髪もヘアスタイルがばっちり決まっててキューティクルも完璧よ!この浴衣も自慢の赤髪にピッタリだわ!」


 慈美子は浴衣に着替えて、鏡でばっちりルックスをチェックした。入念に着飾ると、夏祭り会場に急いで向かった。

 慈美子が関都を待っていると、関都が小走りでやってきた。慈美子は思いっきり手を振る。


「関都く~ん!こっちよ~!」

「早いな!まだ10分前なのに!待ったか?」

「いいえ!ぜ~んぜん!さっき来た所よ!」


 本当は今から20分前にはもう来ていたのであるが。些細な可愛い嘘である。2人はさっそく会場に入ろうとした。

 慈美子はイケイケどんどんの気概で積極的に喋り出す。


「さぁ行きましょうか!」

「お待ちになって~!」


 突然の静止する声に、慈美子はゾッとする。聞き覚えのある声だ。そう、城之内の美声である。

 城之内の地獄耳は慈美子のひそひそ話を聞き逃さなかった!実は、慈美子と関都の内緒話をこっそり聴いて居て、その時間に合わせて鉢合わせになる様に待ち伏せしていたのだ!

 城之内も綺麗な赤髪に見事なまでにマッチしているブランド物の派手な浴衣を着こなしていた。


(早めに来ておいて正解でしたわ~!)


「わたくしも一緒に混ぜて下さらないかしら?」

「勿論勿論!良いよな?慈美子」

「よろしくって?」


 よろしくない!しかし、付いてきてしまったものは仕方がない。追い出すわけにもいかない。慈美子は渋々快諾するそぶりを見せた。


「ええ…勿論よ…」


 こうして3人で夏祭りを回る事になった。関都を真ん中にしながら、3人は屋台を見て回った。

 城之内はキョロキョロして少し落ち着かない様子である。


「わたくしこのようなお祭りに来るのははじめてですわ!」


 超セレブのお嬢様である城之内は神社のこんな小さなお祭りには1度も行った事が無かったのだ。城之内が行くお祭りは大々的なフェスティバルだけだったのだ。


「そうかそうか!じゃあ射的とかもやった事ないのか?」

「何ですの?お祭りで猟をしますの?」

「まぁ~さか!おもちゃの銃だよ!おもちゃの銃で景品を射落とすゲームなんだ」

「私も射的はやったことなかったわぁ」

「じゃあ皆でやってみましょう!」

「僕は見ているだけでいいよ。2人とも初挑戦なんだろ?やってみると良い」


 3人は射的のテキ屋に向かった。テキ屋は思ったよりも空いていて誰もお客さんが居なかった。3人にとっては好都合である。

 しかし、関都はあまり浮かない表情だ。


「正直、射的はあんまり好きじゃないんだがね」

「あら?どうしてですの?」

「今に分かる」


 2人は弾を詰め、銃を構えた。まるで初めて銃を持たされた軍人のような不慣れな素振りである。

 慈美子は景品を指さし関都に訊ねる。


「関都くん?なにか取って欲しいものある?」

「…。じゃあ、あのドールで」


 関都が指さしたのは鮮血のように真っ赤な髪色でロングヘアの美女のシームレスドールであった。この屋台で1番の高額賞品である。

 それを聞いた城之内が声高々に宣言する。


「まかせてちょうだい!わたくしが取って差し上げますわ!」

「いいえ!あれは私の獲物よ!横取りしようとしないで!」

「いいえ!早い者勝ちですわ!」


 2人は赤髪ロング美女のドールを射止めようと銃を発砲した。慈美子の弾は見当違いの方向に飛んでしまった。一方、城之内は惜しい所まで弾が定まっていた。2人はさらに撃ち続けるが、慈美子の弾は明後日の方向に飛んでしまい、城之内の弾は惜しい所まではいくがかすりしない。そして2人は全弾撃ち終えてしまった。


「もう1度挑戦しますわ!」

「私も!」


 2人は再び銃を構えて狙いを定める。


パーン!


「やった!当たりましたわ!」


 城之内の弾が赤髪ロング美女のドールにヒットした。城之内は敵を射止めた狙撃手のように大喜びをした。しかし、テキ屋のおやじは笑顔でダメだしする。


「あー、倒れないとだめなんだよなぁ」

「何ですって!?」

「な?言ったろ?今に分かるって。射的はセコイから好きじゃないんだよ」


 その後、城之内は何度も赤髪ロング美女ドールに弾を命中させるが一向に倒れない。一方で、慈美子は弾が全くかすりもしない。


パーン!

コテッ!


「ああ!倒れた!」


 関都が大喜びし、野犬が吠えるように大声で叫んだ。なんと景品を倒したのは慈美子である!慈美子の弾が後ろの壁に当たり、それが跳ね返って、赤髪ロング美女ドールに当たり、そのまま倒したのだ。全くの偶然である。

 慈美子は驚きと歓喜が混ざった声を上げる。


「やったの!?」

「あーお嬢ちゃん!よくやったねぇ!これは後ろから弾を当てないとなかなかとれない賞品だったんだ!おめでとう!」


 こうして奇跡的に慈美子のラッキーパンチで景品をゲットした。城之内は恋人を寝取られたかのようにすごく悔しそうである。城之内は遺憾の思いで慈美子噛みつく。


「なんですの!?ただのラッキーパンチじゃない!運がよかっただけじゃありませんの!?」

「運も実力の内よ~。はい!関都くん!プレゼント!」

「あ、ああ!ありがとう!」


 関都は申し訳なさそうに美女ドールを受け取った。城之内はチャンピオンベルトを奪われた元チャンピオンの如く、リベンジに燃えていた。


「次!次ですわ!他のゲームはありませんの!?」

「じゃあ金魚すくいでもやってみっか?」


 関都の提案で、3人は金魚すくいのテキ屋に向かった。今度は3人で挑戦するのだ。3人はホイを貰って、釣り人のように構えた。


「ほい!」

「えいや!」

「えい!ですの!」


 3人は金魚をすくおうとするがまったくすくえずホイが破けてしまった。関都はやれやれという表情で破れたホイを捨てた。


「まぁ、金魚すくいなんてこんなもんだよな」

「いいえ!もう1回やりますわ!おじさま!ホイをお願い致しますわ!」


 城之内は負けじともう1度挑戦した。今度は金魚をホイに追い詰めるまでは上手くいった。しかし、いざすくおうとするとホイが破けてしまう。

 だが、城之内は諦めない。城之内の何かに火が付いたようだった。


「もう1回ですわ!」

「まだやるのか?」

「さっきのリベンジに燃えてるのね」


 呆れる2人だったが、それもつかの間!城之内はコツを掴んだようで次々と金魚をすくいあげた。15匹をすくい上げたところでホイが破けてしまった。

 関都と慈美子は城之内を絶賛した。


「凄い!凄いじゃないか城之内!」

「ええ、私も敵ながら天晴だわ!」

「えへん!どんなもんです!?」

「金魚すくいの名人!金魚すくいの達人!金魚すくいの鉄人!金魚すくいの天才!」


 関都の称賛の声に、城之内は天狗のように鼻が高くなった。城之内は自慢の赤髪を手櫛撫で下ろし、金魚を関都に差し出した。


「はい!関都さん!プレゼントですわ!」

「ありがとう!でも15匹はちょっと多いな…。慈美子にも分けようか?」

「え?ええ、城之内さんがよろしければ…」

「え、ええ…もちろんですの!沢山捕れたので地味子さんにも差し上げますわ!」

「僕の家には昔買っていたカブトムシ用の大きな水槽があるし…後はエアーポンプだけだな」

「そだね…」


 こうして金魚を貰った2人だったが、突然大量の金魚を飼う事になったのに困惑しているのだった。

 慈美子も自分のお寺の物置の中身を思い出していた。


「家にも昔ハムスターを買っていた時の水槽はあるけれどエアーポンプはなかったわね」


 こうして3人の夏祭りは終わった。3人は別れを告げて帰路に付いた。城之内が来た時には、一時はどうなるかと思ったが意外にも楽しかった。しかし、慈美子には心残りがあった。


(関都くんと手を繋ぎたかったなあ…)


 そう思っていると、なにやら慈美子を呼び止める声が聞こえる。気のせいか?いや気のせいではない!関都の声である。


「お~い!慈美子~!!」

「関都くん!?どうしたの!?」

「一緒にエアーポンプを買おうと思ってな!エアーポンプがなきゃ可哀想だろう?金魚!

 この数じゃエアーポンプなしじゃすぐに酸欠してしまう。2人で買いに行こうぜ!」

「ええ!」


 2人はホームセンターに向かった。チャンスだ!慈美子は関都の手を掴んだ。関都は一瞬戸惑うが、慈美子の手をしっかり握りしめた。慈美子も関都の手をしっかり握り返す。

 2人は手を繋ぎながら、エアーポンプを買いに行くのだった。


(これで心残りなく夏祭りを終えられるわ!)

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