第29話

 なんか、訳が分からない。とりあえず、1番訳分かってそうな孝寿に聞くしかない。


「えと……なんで、孝寿が瑚子ちゃんと知り合いになってるの? どういう経緯で?」


「泉先輩が―――」


「お前は黙ってろよ」


 話し始めた瑚子ちゃんを睨みつけて孝寿が黙らせる。


 ……私、中学高校ずっと帰宅部で高校生の先輩後輩の関係ってよく分からないんだけど、たった1学年違うだけでこんな感じなの? 最大2年の年の差しかない狭い高校の中じゃ、1年の違いが大きいものなのかしら?


「後輩から話聞くうちにさー、俺嵯峨根のこと心配になってきて」


「はあ?!」


 瑚子ちゃんが孝寿の方を見る。うわ、こっわい目してる。


 更に上回る眼光の鋭さで孝寿が瑚子ちゃんを見た。


「一昨日ここから帰ろうとしたら嵯峨根がいたから、思い切って声掛けたんだよ。話聞いてみたら嵯峨根、直のこと本気で好きみたいで。なんかほっとけなくて」


「……え……」


 瑚子ちゃんを見ると、真っ赤になってうつむいている。さっきまでの怖さが嘘みたいに消えてる。かわいい女子高生だ。


 この子、本当に直くんが好きなんだ。


 ただただ直くんがいるはずの部屋を何時間も見上げてたんだもん。もうすっかり寒いのに、ただ見上げてた瑚子ちゃんを、私も見た。


「……どうして、直くんのこと好きになったの?」


 直くんは接客業のくせにまるで愛想がない。私も直くんを拾ったあの夜までは、単にイケメン店員だなとしか思ってなかった。女子高生がそこまで好きになるなんて……。


「……お会計で、スマホ持ったまま財布見てたら小銭ばらまいて……200円拾ってトレーに入れたら、これなら241円出した方が財布軽くなりますよって……意味分からなかったけど言われた通りに出したら、55円お釣りで……財布軽くなったから」


「財布軽くなったから?」


 財布が軽くなると、JKがコンビニ店員を好きになるの? 意味分かんない。


「ただこいつ、あばずれで手強くてさー。直に会わせる前に調……しつけがいるな、って。しつけに案外時間と手間がかかって、今日になっちゃって」


「しつけ?」


 ああ、挨拶とか、ごめんなさいしよーかとか、たしかにしつけてたな。


 へえ、孝寿も後輩思いな所あるんだ。


「杏紗ちゃんの気持ちは分かってる。……不安もあるよな。でも、嵯峨根の気持ちも……少し、考えてやってくれないかな?」


「……え……どういうこと?」


「直が杏紗ちゃんと付き合ってることは嵯峨根も分かってるんだよ。ただ……少しだけ、嵯峨根と直の時間を作ってあげてほしいんだ」


 孝寿が真面目な顔で私を見つめる。


 瑚子ちゃんと直くんの時間……。


「ごめん、私嫌だよ。……ごめん」


「そう言うと思ってたよ。でも、そろそろ帰って来るだろ」


 と、孝寿が言ったのと同時に玄関のドアが開いた音がした。


「ただいまー」


 と、直くんの声がした。私は反射的に玄関に走ったけど、瑚子ちゃんが両手で口元を押さえて声を押し殺したのが見えた。


「おかえりなさい!」


「ただいま」


 直くんに抱きつく。直くんがいつものようにキスしてくる。


「おかえり、直」


 と孝寿も玄関に来て、私にキスをする。


 なんで私?! いや、直くんにしてもおかしいだろうけど! そして直くんはなんで何も言わずにスルーなの?!


「え? あれ? お客さん?」


 リビングに入ると瑚子ちゃんを見て、直くんが驚いている。


 瑚子ちゃんは直くんの顔を見て、真っ赤になって大きなボストンバッグを落としたと思ったらすぐさま持ち上げて玄関に走った。


 バターンと、ドアが大きな音を立てて閉まる。


 ……え……帰っちゃったの?!


「あー、使えねーにも程があるな」


 と、孝寿が呆れた声で言う。


「お客さん、どうしたの?」


「あ、お客さんなんだ? 俺の学校の後輩だよ。遊びに来てたの」


「孝寿と同じ学校だったんだ。ちょっと前から毎日来るんだよ、あのお客さん」


「また呼んでいい? あの子」


「孝寿あの子かわいがってるの?」


「そうなんだ。かわいい子でしょ」


「孝寿、あの子狙ってんだ? あの子もごはん食べて行けばよかったのに」


「じゃあ、明日一緒にごはん食べようって呼んでいい?」


「わ……私のいない時に呼んじゃダメ!!」


 孝寿にそそのかされて、直くんに何するか分かったもんじゃない!


「えー、それじゃ遅い時間にしか呼べないじゃん」


 今までも遅い時間にストーカーしてたじゃん!


「孝寿が家まで送ってあげればいいでしょ! 孝寿が!」


「ああ、それいいね。送り狼だ」


「もうあの子とはやんないけどね」


「もうやったんだ?」


「うん、昨日」


 昨日?! 昨日のゴールデンリバーの相手、瑚子ちゃんだったの?!


「あんま良くなかったの?」


「超良かったよ。さすがの技だったけど、俺同じ女と2回はやんない」


「へー。なんで?」


「1人の女に慣れたらそれがスタンダードになるじゃん。杏紗ちゃん以外の女を俺のスタンダードにする気ない」


 え……スタンダード?


「孝寿、あの子狙ってんじゃねーの?」


「かわいい子でしょ。今日のごはん何?」


「まだ買い物行ってないから何でもいいよ。何か食べたいものある?」


「俺、ハンバーグ食べたい! 俺ハンバーグ好きなんだー」


「ハンバーグか。レシピ探すわ」


 直くんがスマホを出してレシピ検索を始めた。


「どれがいい?」


「えーと、これ! これ美味そう!」


「あ、レシピ4人分だからちょうどいいな。俺、買い物行ってくるわ」


「行ってらっしゃいー」


 直くんが買い物に行った。


 ……なんか、物事が勝手に動きすぎて付いていけてない気がする……。


「何ボーッとしてんの?」


「孝寿、昨日瑚子ちゃんといたの? なんで?」


「言ったじゃん。案外手強かったから、しつけのために」


「ゴールデンリバーで、しつけ?」


「そ。俺に逆らわせないためにね。嵯峨根、杏紗ちゃんに危害加える気満々だったからね」


「危害?! 瑚子ちゃん、何する気だったの?」


「使える男はびこらせてるから自分の手ぇ汚したりしねーよ。その辺も聞き出す必要あったし、腹割って話すにはさー、やっぱお互い裸にならないとね」


「え? そう?」


「俺、杏紗ちゃんの裸見たい」


「見せないわよ! そうだ、スタンダードって何?」


「色々聞くね? 俺に興味津々なの?」


「色々意味の分からないことがあるの!」


「スタンダードって標準って意味だよ」


「単語の意味は知ってるわよ」


「さっき言ったまんまだよ。杏紗ちゃんを俺のスタンダードにしたいの。だから、杏紗ちゃん以外の女に慣れたくないだけ」


「……やらなきゃいいじゃん」


「ナチュラルボーンビッチの経験値に追いつくには、同じ女と2回も3回もやってる暇ないしね」


「ナチュラルボーンビッチってやめてくれる? どれだけの経験値だと思ってるのよ!」


「どれだけの経験値なの?」


「……言わないわよ!」


 こっちが質問してたはずなのに、いつの間にか孝寿のペースになっちゃう。孝寿の手のひらの上感が半端ないなあ……。

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