妹と離婚するにはどうすれば良いのだろうか?

新名天生

第1話 結婚式

 

 妹と離婚なんて何を言ってるんだ? と思う人もいるだろう。

 別に勿体ぶる事では無い、だからまずその謎解きから始めよう。

 と言っても、謎でも何でもない、俺と妹は確かに結婚したのだ。


 今から約5年前の事、終わりと思っていた所からそれは始まった。

 妹の人生がたったの10年ちょっとで終わると思った勘違いから俺と妹の特殊な関係が始まった。



★★★★★


 森の中に佇む教会を模した建物。

 とある美術館の片隅にあるその建物に、僕達4人は親の目を盗みやって来た。

 

 ネットで調べた所本当の教会ではなく美術館の作品の一つらしい、でもここで実際に結婚式を挙げる人もいると書かれていた。


 今日は生憎の空模様、しかし人気観光地でもあるこの場所、そしてこの建物には、現在僕と3人の女子だけ。

 子供ながらに立てた計画を、正に天が味方してくれている様だった。

 

 僕達はこれからここで結婚式を執り行うという、子供ながらにそんな大それた計画を立てていた。


 昨晩から降り続いていた雨は、僕らが教会の前に着く寸前にピタリと止んだ。

 僕達は、空を見て苦笑いしながら傘を畳み、レインコートを脱ぐ。


 教会に入ると子供から見ても神聖な、そして厳かな雰囲気に見えるその場所、下調べ通り特に止められる事なく中に入れた。

 僕達は計画が順調に進んでいる事に安堵して、それぞれ顔を見合せ笑った。


 中は神父様が立つ壇上、立会人が座れる席、窓にはステンドグラス。

 雲の隙間から日が射して来たのか? 外からの明かりは、ステンドグラスを通し、教会の中を幻想的に照らしていた。


 そろそろ寒くなる季節とはいえ、まだコートを着るには早い時期だったが、雨によって急激に下がった気温に寧ろ着て来て良かったと思わざるを得ない。

 これも天が味方してくれたのだろうか……。

 

 時間はあまり無い、誰かが来る前にと、素早く全ての準備を整え、僕達は計画通り結婚式を……儀式を始めた。


「えっと……新郎、秋風秀太あきかぜしゅうたはすこやかなる時もやめる時も、死が二人を分かつまで、愛し、いつくしみ、ていせつを守る事を誓いますか?」

 神父と思わしき格好をした少女から発せられるたどたどしいセリフ。

 

 そう当たり前だが、彼女は神父では無い。


 彼女は僕の幼なじみの八木沢美空やぎさわみそら、現在は神父の格好(年の離れた兄が着ていた学生服を後ろ前に着ている)の少女は僕に向かって真剣な顔でそう言った。


「えっと……はい」

 僕はタキシードは……当然無く用意も出来なかったので持っていた服の中で一番お洒落なブレザーを着て、父さんから黙って借りたネクタイを締め、神父様役の美空に向かって拙く返事をした。


「新婦秋風紗瑛あきかぜさえは……(以下同文)」


「はい!」

 僕の横、ウェディングドレス(白のワンピースを改造した)を着た美しい少女は、手作りのブーケを持ち、手作りのベール越しに見える綺麗な瞳に涙を浮かべ、満面な笑みで僕を下から見つめ、笑顔でそう返事をした。

 子供の手仕事とはいえ、純白の衣装を纏う彼女、白い肌純白のウエディングドレス、そして美しく人形の様な顔立ち……その姿は妖精、いや、天使の様に見えた。


 その美しい姿に溢れる涙をこらえ、僕は僕のお嫁さんを見つめる。


 そう……今日は僕の……僕達、兄妹の結婚式。


「そ、それでは誓いの……キスを……」

 神父様役の美空は見つめ合う僕達を急かす様にそう言った


「……紗英」


「お兄ちゃん……」

 僕は屈んで車椅子の紗英の前にひざまずき、そっと顔を近づけると紗英の着けているベールを捲る。

 紗瑛の可愛らしい顔は涙でぐちゃぐちゃになっていた。

 でも汚いなんて全く思わない……寧ろ益々愛しく思えた。


 僕が顔を近付け目を閉じると、紗瑛は僕の顔を両手で掴み……ぎこちなく自分の唇を僕の唇に押し当てた。

 生まれて初めてのキス、紗瑛の柔らかい唇の感触、そしていつもの甘い匂い……紗瑛の唇と僕の唇が合わさる。


 まだ小学生だけど、勿論キスの意味は知っている。愛し合う者同士がその愛を確かめ合う儀式……妹の好きな恋愛物の映画で度々そんなシーンが流れ何度も一緒に見ていた。

 親や兄妹とテレビや映画を見ていて、そんなシーンが流れると気まずくなるらしい、僕も妹と一緒に見ている時、初めは気まずいなって感じていたけど、そういうシーンの時、妹はいつも目をうるうるとさせ、僕を見つめていた。


 これが妹の夢だったのだろう、教会の結婚式で好きな人とキスをする。


 誓いのキス……そう……僕は、僕達兄妹は……今、誓ったのだ、一生一緒にいる事を神様に誓ったのだった。


『パチパチパチパチパチパチ』

 キスをしたその時、立会人役の従姉の秋風夏生あきかぜなつきがこれでもかっていう程に手を叩く。

 そして神父役の幼なじみの美空も一緒に手を叩いた。


「──お兄ちゃん……幸せにしてね」

 僕から顔を少しだけ離しポロポロと涙を溢しながら妹は笑顔で僕にそう言った。

「……うん」

 僕は泣きながらそっと妹の頬を撫でた。



 大好きな妹の【最後の願い】……それは『僕と結婚したい』……だった。



 生まれつき身体が弱かった妹、小学生になってからは、日に日に弱っていた。

 それでも治ると信じていた僕は一生懸命妹の面倒を見てきた。


 しかし、先日遂に車椅子に乗る事に……妹は年と共に病気が悪化しているようだった。


 そして……僕は聞いてしまった……夜中キッチンで父さんと母さんが話している会話を……。


「持って後1年……だって」


「そうか……」

 泣きながら母さんは……そう言った。


 僕はその言葉にショックを受けた……信じられなかった……来年妹は……。

 心が引き裂かれそうになった。ポタポタと涙が溢れた。

 もしかしてと思ったりもしていた。このまま治らないのではと、子供ながらに思った事も一度や二度では無かった。


 覚悟はしていた……いつか居なくなるかも知れないって……でも、まさかこんな早くになんて……。

 僕達はまだ生まれて十年ちょっと、でも妹は長い期間病院にいた為、実際に僕と妹が一緒に生活をしたのは合計しても数年にも満たない。

 

 それでも僕の妹には違いないと、僕は妹が家にいるときは一生懸命遊び、面倒を見てきた。

 大好きな妹、仲の良い兄妹、片腕をもぎ取られる様な痛みが僕を襲った。

 でも……泣いてなんていられない……一番苦しいのは妹なのだ。

 だから僕は思った……最後に……妹の夢を……望みを叶えたいって……。 

 そう考えた僕は従妹の夏生と、幼なじみで隣に住む美空に相談した。


 二人を選んだ理由は、妹とも交流があった事、日頃から僕とよく話をし仲良くしてくれる事、そして妹と同じ女の子って事……。


「妹の願いを、夢を叶えたいんだ……最後の願いを……」

 僕が真剣な顔でそう頼むと、二人は二つ返事で協力すると言ってくれた。


 そして二人は妹から聞き出した、妹の夢を、妹の願いを……。



 その願いは……『僕と結婚する』……事だった。



 大好きな妹の最後の願い……それを拒否する選択なんて無かった。

 寧ろ嬉しいとまで感じた僕は……すぐさま妹にプロポーズした。


 そして、多分最後の家族旅行となるであろう今回……両親に夏生と美空と一緒に行きたいと伝え、僕達は旅先の美術館の敷地内にある、誰でも見学の出来る教会で、結婚式を挙げる事を計画し、そして実行した。


 僕が小6、妹が小5の秋の事だった。


 そう……僕と妹は……結婚したのだ。

 そしてその一年後に……天国に旅立った……。



★★★★


 あれから5年の月日が流れ……た。

 


「旦那様~~起きて~~~~」

 妹はそう言って、俺の部屋の扉を元気よく開けて、ひまわりの様な笑顔を俺に見せつけていた。

 

 目の前の妹に足はある……身体も勿論はっきりと見えている。


「何よまた人を幽霊みたいに」


「いや、だから旦那様は止めろって何度言ったら」


「じゃあ……あなた?」

 

「違う!」


「いいから早く、遅刻しちゃうよ! さあ、あっさご飯~~」

 妹は身体をクルリと半周回し、スカートの裾をフワリと浮かしながら部屋を出ていく。

 白く綺麗な足を俺に見せつける様に……


 そう妹は生きている。


 一年後に天に召されたのは、妹ではなく……母の母親……僕の婆ちゃんだった。




【あとがき】

 先が気になる方は、ブクマ、★レビューを是非とも宜しくお願い致します。

レビューといっても文字を入力する必要はありません、最終話の下に☆星がありますので、クリックするだけの簡単なお仕事で、作者が超喜び、木に登って書きまくります(。´Д⊂)

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