非日常的なタッグ

「そうと決まれば……」よっちゃんは気合十分といった様子で、左右の拳を叩きつけた。「お前、誰が好きなんだ!?」

「……は?」

「いるだろうよ」とよっちゃんは鈴木に詰め寄る。「好きな女くらいよぉ」

「い、いませんよ! 好きな子なんて……」


 慌てて鈴木は頭を振るが、よっちゃんが「ああ、そうか」と引き下がるわけもない。


「なんで隠すんだよ?」

「か、隠してませんよ」


 もちろん、嘘だ。鈴木には好意を寄せる少女がいる。誰にも打ち明けたことなどないが。いや、打ち明けられようはずも無い。学校のアイドルにほのかな恋心を抱いているなど。


「んだよ、てめぇ? 恵理ちゃんからお守りもらっといて、その態度はねぇだろう」


 どちらかといえば、押し付けられたような気もするのだが。


「そんなこと言われても、いないんですよっ!」

「いない、で済むわけねぇだろ!? 恵理ちゃんは、そのお守りを信じてるんだよ! おめぇに彼女できなかったら恵理ちゃんが悲しむだろうが」


 どんな理屈だ、と鈴木は思ったが、そんな心のうちを明かすわけにもいかない。「そんなぁ」と震えた声を漏らすので精一杯だ。

 よっちゃんの厳つい顔がさらに眼前に迫り、リーゼントがまるで暗雲のように鈴木の頭上を覆う。


「はやく言わねぇと……」


 ぎらり、とよっちゃんの目が鈍い光を放った。捕食者の目つきだ。視界の隅でよっちゃんの拳がぴくりと動くのが見えて、鈴木の防衛本能が瞬時に働いた。


「藤本砺波さんですっ!」


 その声は、しんと静まり返った保健室に余韻を残して消え入った。


「藤本……」と、よっちゃんは惚けた声を漏らす。「藤本……砺波?」


 鈴木の顔は一気に赤く染まった。なぜ、馬鹿正直に砺波の名前を出してしまったのか。適当にありきたりな名前でも叫べばよかったのに。しかし、後悔先に立たず、というものだ。

 しばらく、沈黙が続き、やがて――、


「はっはっは!」


 やっぱりか、と思った。笑われて当然だ。鈴木は泣きたくなってうつむいた。が、すぐに違和感に気づいて顔を上げる。


「この声……」


 よっちゃんではない。ハッとして振り返ると、ベッドを囲むカーテンに浮かび上がる一つの影があった。


「そんなことなら、早く言ってくれればよかったのに」と、影は続ける。「水臭いなぁ、殿ったら」

「殿って……」


 そんな呼び方をする人間は、この学校に一人しかいない。

 腰に手をあてがい颯爽とたたずむシルエット。姿も見えないのに、その堂々たる佇まいにカリスマを感じてしまう。高貴なオーラが漂っている。


「藤本曽良!」と雷鳴のようなよっちゃんの怒声があたりに響き渡った。「よくも俺の前にツラ出せたな!?」


 そういえば、よっちゃんはまだ、曽良が恵理に『あんなことやこんなこと』をしようとした、と勘違いしたままではないだろうか。鈴木は嫌な予感がして眉を雲らせた。


「やだなぁ。まだ、ツラは出してないじゃないか」


 なぜ、わざわざ挑発するようなことを言うのだ。よっちゃんのリーゼントが小刻みに揺れている。怒り心頭だ。怒りがリーゼントにまで伝播している。

 青ざめる鈴木の眼前で、シャッと軽快な音を鳴らしてカーテンが開いた。


「やあ」と、姿を現した少年はアヒル口に暢気な笑みを浮かべていた。「具合はどう?」


 そんな爽やかに問われても、この状況でどう答えろというのだ。というか、君のせいで悪化の一途をたどりそうだ――鈴木は心底そう思った。


「藤本曽良! お前、夕べはよくも……」

「まあまあ、待ってよ」臆する様子はかけらもみせず、曽良は飄々とした様子でひらりと右手を挙げた。「ここは一時休戦、といかない?」

「休戦?」


 思わぬ言葉に、鈴木とよっちゃんの声が重なった。


「目的は一緒なんだからさ、共闘ってことで」


 目的? 共闘? ぽかんとしている鈴木の隣で、よっちゃんは何かに気づいたようだ。はたりとして、「そうか」とつぶやきほくそ笑む。


「ダブル藤本……か」


 なるほど、とよっちゃんは腕を組んだ。


「お前のことは気にいらねぇが、こいつには借りがあるからよ。役にたたねぇと承知しねぇぞ、藤本曽良」

「大丈夫。恋のキューピッドは慣れてるから」


 鈴木を置いて話がどんどん進んでいる。終電に乗り遅れたかのような焦りを感じて、鈴木は「何の話をしてるんです!?」と怒鳴った。

 すると、二人はきらりと目を輝かせ、


「決まってるだろ。お前と藤本砺波をくっつけるんだよ」

「砺波とは長い付き合いだから、任せてよ、殿」


 鈴木の口があんぐりと開く。まさか……いや、そんな悪夢のようなことが起こり得るはずはない。


「泥舟に乗ったつもりでいていいからよっ!」

「そうそう、タイタニック、タイタニック」


 どっちも沈むじゃないか――その心の叫びは、二人に届くはずもなかった。

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