平均的な不良の恋
宵が訪れた駅前の公園は、不気味なほどに静まり返っていた。真ん中に遊具、その周りにベンチが並び、さらにそれを囲うように敷地を区切るフェンスがしかれている。フェンスとベンチの間には、草木が生い茂り、そこは公園の中からは死角になっている。――そう、たとえそこにラグビー部員が潜んでいても、誰も気づかないほどに。
「恵理ちゃんと俺は、幼稚園のころからずっと一緒だったんだ。家も近所で親同士も仲良かったからな。でも……小四のとき、恵理ちゃんの親が転勤になって、北海道に引っ越しちまった。メールでやりとりはしてたんだけどよ、俺、言ってなかったんだよ」
「なにを、ですか?」
「その……だから……普通のフリしてた、てことだよ」
つまり、グレたことを言っていなかった、ということか。
「だけどよ」
その巨体を小さく縮めて、よっちゃんは厚い唇をとがらせた。その様は、いじけたガキ大将にしか見えない。
「去年、急に恵理ちゃんが戻ってくることになってよ。嬉しかったけどよ、合わせる顔がねぇじゃねぇか。嘘ばっかついちまってたからさ。頭もよくて、運動神経もよくて、皆に好かれてて、髪もさらさらヘアーだとか」
それはさぞ、びっくりしただろう。鈴木はちらりとよっちゃんのリーゼントに一瞥をくれた。
「ずっと避けちまって」と、よっちゃんはばつが悪そうに視線を落として頭をかいた。「遠くから見つめて、目があったら逃げる。その繰り返しだよ。話しかけられても、おう、しか言えなくて」
鈴木は草むらで正座して、目をぱちくりさせる。なんと、自分は今、不良の恋愛相談に乗っているのか? しかも……なんだ、このかわいらしい相談は?
「そしたらよ、ある日、見ちまったんだよ」
急によっちゃんは顔を上げ、充血した瞳で鈴木を食い入るように見つめてきた。
「恵理ちゃんがよぉ、あの『がっかりイケメン』によぉ、ミサンガつくってあげてるところをよぉ」
「ミ、ミサンガ!?」
それは、なんて古風な。鈴木はぎょっとした。
リーゼントの不良ラガーマンにミサンガ。どうも、時代錯誤な感じがするのだが。
「放課後の教室でよ、恵理ちゃんが……恵理ちゃんが、あの『がっかりイケメン』の手首にミサンガをよぉ、つけてたんだよ。好きな人にミサンガつくるのが、夢だったの~なんて言って、もう俺はこんとらっばあす」
コントラバス? もう後半は何を言っているのか分からなかった。嗚咽と鼻をすする音でめちゃくちゃだ。
「それで、坂本さんが藤本くんに憧れてる、て分かったんですか」
よっちゃんがいつ取り乱すともしれない。鈴木はいつでも立ち上がれるように構えつつ、おずおずと訊ねた。
「当然だよ。俺みたいなラグビーしかないような男より、ああいうイケメンのほうがいいだろう」
いや、あなた、ラグビーやってないでしょう。――鈴木は喉まで来たその言葉を、唾と一緒に飲み込んだ。
「だから、せめて、あのイケメンとうまくいってくれればいい、と思ってよぉ」
「それで、第二ボタンだったわけですね」
「昔、恵理ちゃんがメールで言ってたんだ。好きな人に第二ボタンをもらうのが夢なの~、て」
「夢が多い人なんですね」
「ほら、ここ、見てくれよ」
よっちゃんは腰に手を回し、ごそごそと何かを取り出した。
「なんですか、これ?」
ばさばさ、とよっちゃんが地面に広げたのは大量の紙だった。何か文章がプリントされているようだ。
鈴木は地面に手をつき、手近な紙に視線を落とす。何箇所か、蛍光ペンでマークされているようだ。何かの資料だろうか。
「この文章なんだけどよ」言って、よっちゃんはばら撒いた紙の中から一枚選び出し、マークされた箇所を指差した。「ほら、書いてあるだろ」
書いてある、てなにが? 暗がりの中、鈴木は身を屈め、目を凝らしてよっちゃんが指差す文章を見つめた。
――そうそう、第二ボタン。わたしは、好きな人に第二ボタンをもらうのが夢なの~。
って、待て! 鈴木は「ひえっ」と声を上げて仰け反った。
「こ、これは……」
「恵理ちゃんからのメールだよ」
よっちゃんはうっとりとして、プリントアウトした恵理のメールを眺めている。なんて穏やかな表情をするんだ。まるで子ウサギでも見守っているかのよう。
「肌身離さず持ってるんだ」
「きもちわる――」
思わず言いかけた瞬間、こちらを狙う鋭い眼光に気がついた。
「きもちわ、かる!」とっさに、鈴木はひきつり笑顔を浮かべて言い変える。「気持ち分かります!」
「そうか。いや、まあ、な。惚れた女だから、つい」
よっちゃんは「へへ」と照れ笑い。ごまかすように鼻をかいた。鈴木も「はは」と愛想笑い。
もしかして、また変なのと関わってしまったんじゃないだろうか。――今さらながらに、嫌な予感がした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます