第4話 救出


「言っておくが、これは不法侵入だからな」

「私達は捕まっても、未成年だから大丈夫よね?」

「それはどうだろうな」


 こそこそと周囲を伺いながら三人は、湾岸倉庫のエリアに来ていた。

 正直なところ、富沢とみざわとしてはこのようなリスクは犯したくない。更に言うなら、子供二人にこんな事はさせたくなかった。窪崎くぼざきがどうなろうと、知った事ではないという思いもある。

 だが放置すると、清楓さやかなどは一人でどうにかしてしまいそうで。

 彼がこのような行動に出たのは、ひとえに彼女のため。

 真友まゆもそうだった。


 だが気になるのは清楓さやかの病状だ。ここで動けなくなるような事があると、とにかくまずい。超能力は使わせてはいけない、絶対に。

 なのでここは、彼は自分一人が危険を侵す覚悟でいる。


「君達は、ここで待っているように」

「えー」

「人数が増えると目立つ。僕が何故いつも現場で一人で行動してると思うんだ」

「ドジ踏んだら、問答無用で助けに行くわよ、おにいちゃん」


 とりあえず、窪崎くぼざきを見つける、話はそれからだった。少女二人を倉庫の外に残し、彼は一人で侵入を開始する。

 見張りがいないのが助かった。おそらく救助に来るような人間がいるなどと、欠片も考慮していないのだろう。

 結局は大雑把な倉庫でしかなく、隠れる場所も多い。最近までずっと空き倉庫だったことはデータで確認済で、監視カメラの類も最低限だった。


――これで自分も、窪崎くぼざきを犯罪者呼ばわり出来ないな。


 電源ケーブルを辿り、明るい場所を探す。キーボードをたたく音だけが微かに聞こえ、富沢とみざわはその音を目指して慎重に進んだ。簡易なプレハブ的な囲いがあり、そこだけが煌々と明るく、腰の高さ以上はガラス張りだったので、中を見るのは容易だった。

 眼鏡姿の男が、だらだらと入力を行っている。


――見つけたが、さてどうするか。


 周辺の様子を窺っていると、見知った金髪の美女が倉庫の奥の扉を開けて、この区画に入って来るのが見えた。プレハブのような囲いの扉を、女は鍵を開ける事もなくすんなりと入って行った。


――ん? 施錠されていないのか。あいつもしや自主的にやってるのか?


「どう? はかどってるかしら」

「データがない状態で、まともなレポートになると思っているのか」

「頑張っているから、ご褒美をあげにきたのに」


 女はなまめかしく、男に顔を近づけるとその唇で男の頬を撫で、耳元で囁く。


「私、本当にあなたが大好きなのよ。ねえ、昔みたいに愛してるって言って?」

「……」


 愛を囁いても彼が全く無反応なので、女は機嫌を損ね、その体を離した。


「レポートを書かせたいのか、邪魔したいのか、どっちなんだライザ」

「私の所に戻って欲しいの。私達、仕事でも私生活でも最高のパートナーだったじゃない。戻るという一言を、言って欲しいだけなのに」

「台無しにしたのはおまえだ」


 久々に窪崎くぼざきは女を見たが、その強い目線を受けて、ライザは怯んだ。


「朝までにやっておいてね!」


 言い放つと、元来た扉の奥に消えて行った。



「すごいアダルトだったわね」


 少女の声が聞こえて、驚いた富沢とみざわが振り返ると、二人の少女が彼の真後ろにぴったりついて、しゃがみ込んでいた。全く気配を感じなかったので二重に驚く。


「おまえら、いつの間に」

「動きを真似てついてきちゃいました」


 清楓さやかがそう言いながら、ちょっと申し訳なさそうな顔をしたので、ついて行こうと発案したのはどうやら真友まゆの方のようだ。

 とりあえず、ライザの先程の様子だと、窪崎くぼざきが逃げ出したり、助けが来るとは一切考えていないようだった。直接の見張りもいない。


 行くなら今しかない。


「行こう」


 三人は足音を立てないように気を付けて進み、扉をそっと開けた。まず富沢とみざわが一人で侵入する。

 モニターに目を向けていた窪崎くぼざきが、気配に気付いて目線を向け、驚愕の表情を浮かべたと同時に、思わず大きな声が出そうになって、慌てて口を自らの両手で塞いだ。


「逃げたいのか、ここにいたいのか。どっちなんだ窪崎くぼざき

「逃げたいが、こんなものを付けられてしまってね」


 首輪を指さす。

 富沢とみざわは歩み寄るとそれに手をやり、近くで確認をする。


「リミッター? 爆薬付きとは恐れ入る。鍵がいるなこれは」

「これぐらいなら余裕で私が飛ばせるわよ。何処に行くかはわかららないけども」


 後ろからひょこっと長髪の女の子が顔を出した。


「物質テレポーターか」


 富沢とみざわの目線を受けて、真友まゆが頷く。

 真面目な公務員は素早く、ポケットから何等かのチップを取り出すと、テープを使って彼の首輪に張り付けた。


「飛ばしてくれ」

「はい」


 窪崎くぼざきは目を閉じたが、次の瞬間には首輪だけが消え去っていた。


「よし帰ろう、急ぐぞ」


 清楓さやかが、窪崎くぼざきの手を引いた。


――迎えに来ちゃった。眼鏡も似合うね。


 微笑みながら、心だけで彼に気持ちを語る。

 心に染みるというのは、こういう事を言うのかと思う程に、窪崎くぼざきに少女の心が吸い込まれるように入って来る。


 四人は無事に、見つからずに脱出する事が出来た。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 四人は清楓さやかのマンションに戻ったが、零時をまわり、少女二人は緊張感から疲れたらしく、清楓さやかのベッドで仲良く、すやすやと眠っていた。

 男二人はソファーで、向かい合って小声で会話を続けている。


「助けに来てくれて感謝する」

「犯罪者を助ける日が来るとは思わなかった」


 眠た気な目を更に細め、ため息交じりの苦笑をする。


「ハッキングの件は謝る」

「僕に謝られても」

 

 苦笑が続くのは、あまり会話が弾むような間柄でもないからだ。


窪崎くぼざきは、うちをハックしてまで、何のデータが欲しかったんだ」

「超能力者の登録記録と事件簿だ。最近、高ランク者の事故事件が増えてきているように感じたから、実質的なデータで確認したかった。もし増えたとしたなら、人為的なものだと思った」

「正解だ、増えている。特にここ半年ほど」

「人為的か?」

「可能性は高い。今は市中に薬をばらまいて、実験してる様子があって」


 富沢とみざわの感覚としては、上からの圧力は感じるが、PSI管理局サイかんりきょくを管轄する国家公安委員会自体は、これを事件として扱いたがっている感触があった。

 国自体が画策しているというより、一部議員による圧力という感じで、時田局長は多少の躊躇を見せている、という感じであろうか。それも強い圧力ではなく、あまり大仰にはしてくれるな、という程度のものかもしれない。

 研究所の暴走という線が濃厚だ。だがその場合だと、制御されていない分、なりふり構わずといった感じが今後事件を大きくしていく可能性がある。


「しかし何故、ライザはあんなところに」

「小樽阪上研究所に情報を横流ししていたことが鈴木所長にばれて、春日部超能力研究所をクビになったみたいだ。所長からは、俺に戻って来いというメールが来ていた」


 情報漏洩の証拠を用意するのが簡単だったはずだ。自分がやった痕跡を、窪崎くぼざきに押し付けるだけだったのだから。

 バレそうになって保身に走り、手近な恋人だった男にその罪を被せたのだ。


 あの女が愛しているのは、己だけ。


 高嶺の花と言われ、先輩と慕った女性が付き合いを承諾してくれ歓喜した、当時の自分が気の毒に思えて来る。


 そんな自己保身のみを行動原理とするライザに対し、清楓さやか窪崎くぼざきの危機に気付き、助けに来てくれた。危ない事をさせてはしまったが。


 嫌われたまま、二度と会えなかったとしたら、ライザに裏切られた時には感じなかった辛さを味わってしまう所だったから、彼は二重に救われていた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る