第3話 半月


 真友まゆとは終業式の日から、何も連絡が取れていない。家族と楽しく過ごしているならそれでいいと何度も清楓さやかは自分に言い聞かせる。


 窪崎くぼざきの本心もいまいちわからない。けむに巻かれたという気はしていたし、子供に好かれてまとわりつかれても大人としては迷惑であろうという気持ちもあって、結局あの日以降も連絡のやり取りはしていない。もし相手からメッセージのひとつでも入ったら、歓喜してしまう程度の気持ちは胸にくすぶってはいるのだけど。


 いよいよ年の瀬でせっせと部屋の大掃除をしていたが、使っていない部屋にも埃が溜まるのが納得がいかなかった。彼女としてはもっと小さい、管理しやすい小さな部屋に住みたいのだが、セキュリティの問題があるからと祖父はこのマンション以外を許してくれなかった。

 甘えさせてくれないけど縛る事はしてくるのが、なんとも腑に落ちない。お正月になっても会いに行くつもりは全くなくなっていた。


 とりあえず大掃除を終えお茶を飲んで一息ついていたけど、何もしないでいるとやはり寂しさが募って来る。例年なら親友と買い物に行ったりと日本らしい文化を堪能したりもしているのだが、今年は一人ぼっちで終わり一人ぼっちで新年を迎えそうであった。

 空っぽになったマグカップをキッチンに戻そうと立ち上がり、歩き出したのだが何もないところで彼女は躓いて転んだ。

 カシャン、という軽い音を立てお気に入りのマグカップが割れて破片を散らす。


「えーー、掃除したばっかりなのに」


 立ち上がろうとして一瞬、右足の感覚がない事に気付いた。


「あれ? 痺れちゃったのかな」


 しばらくすると感覚が戻ってきて、ほっとした。無意識に足を組んでいたのかもと立ち上がると、再び掃除をして破片を片付ける。このマグカップは誕生日に真友まゆとお揃いで買ったものだったから、片付けながらすごく悲しくなってしまった。二人の関係も壊れて散ってしまったのかと。



 片付け終えると、彼女は割れたマグカップの代わりになるものを買いに行く事にした。ついでに年末年始の食材も買い出ししておいて、三日間は映画でも見てゴロゴロ過ごすのもいいかもと思う。


 最近は警察車両を見ない日がないぐらいよく事件事故が起きている。その全部が超能力者が絡むものではないけど、絡む時はスーツ姿の数人が必ずいるのでその事件事故が超能力者絡みなのかどうかは清楓さやかにも判断が付くようになってきた。

 酔っぱらって超能力を暴走させる人も多いから、彼女が知ってる真面目な公務員はこの年末年始も働いていそうだ。

 

 全くその通りで、彼は昨夜起こった駅前の飲食店でのケンカによる暴走事故の現場確認に、清楓さやかの住む街に来ていた。こんな些細な事件に彼が出張る事は最近は減っていたのだが、場所がこの街という事で他の局員を差し置いて来た。行きかう人の群れの中に、無意識に少女の姿を探してしまう。


 そして、現場の二階の窓から、その少女を見つけてしまった。


「あ!」


 傍にいた部下が、びっくりした顔をして富沢とみざわを見た。


「どうしました、富沢とみざわさん?」

「いや、ちょっと所用を思い出してしまった、後の事は頼めるか」

「はい、了解です。報告書はデータで送っておきます」

「頼む」


 そういうと少女の後を追いかけた。部下はそんな富沢とみざわの態度にいぶかし気に首を捻ったが言われた通りにし、その後の事は気にしなかった。


「日夏君」

「あ、はい?」

 

 振り向いた清楓さやかの目の前に、富沢とみざわがいて、びっくりしてしまった。いつものスーツ姿で明らかに職務中に見えるし。そして相変わらずの少し眠そうな顔。これが地顔だとすると、苦労が多そうだ。


「やっぱり、今日も仕事なんですね」


 顔を綻ばせてそう言う彼女の姿を見て富沢とみざわは反射的に清楓さやかを可愛いと思ってしまい、続ける言葉は少し噛み気味になってしまった。


「み、見かけて、つい呼び止めてしまったけど、急ぎだったかな?」

「いえ、ぶらぶらとお買い物なので。何かご用でしたか」

「用があると言えばあるのだが。情報提供を願いたいというか」

「情報?」


 少女が表情を改めて首を傾げるので、性急過ぎたかと富沢とみざわは若干の後悔を見せた。


「とりあえず、その、買い物を終わらせてからで。荷物持ちをしよう」

「え、そんな。お仕事中ですよね?」

「これも、まぁ、その、仕事だから」

「じゃあ、歩きながら用件を伺います」


 清楓さやかは駅前近くの公園で開かれる大き目の露店のマーケットで買い物を始め、その後ろを富沢とみざわがついていく。そして彼は最初に宣言した通り彼女が買い物をするたびに荷物をぱっと奪うように持って行く。そして中々用件を切り出さず普通に雑談だけをしていた。外で話せる内容ではないのかなと彼女は感じ若干の躊躇はあったが、家に誘う事に。


「あの、外で話しにくいようなので。お茶を淹れますからうちにどうぞ」

「ごめん、気を使ってもらって」


 ソファーに座って出されたお茶を飲みながら、やっと富沢とみざわは用件を口にした。清楓さやかは対面のソファーに座って買ったばかりのマグカップを使う。


「君は確か、私立富士見女学院の制服を着ていたよね」

「はい、そうです」

「十七歳、Cランクという子は、何人ぐらいいるのかな」

「言わない子も多いから、詳しくは……」


 それもそうだと、富沢とみざわは少しがっかりしたように溜息をついた。


「私、十七歳、Cランクですよ?」

「手術を受けた経験はあるかな」

「それは、ないですね」

「そうか……」


 富沢とみざわの求めている情報を提供できなかった事が、彼女には残念だったが、何故なにゆえ彼がそんな情報を欲しがるのか気になってしまった。


「その子を探す理由が、何かあるんですか?」

「探し出して、どうするんだ、という気持ちはあるけども」


 沈痛な思いがその男の顔に浮かび上がり、そのまま貼りついて剥がれない様子に清楓さやかは何か力になれないかと思った。


「手術って最近ですか?」

「いや、十年ぐらい前になるのかな。柏ひなつこども病院で行われたはずなんだが、その方面で君が知っている事はないか?」

「十年ぐらい前なら、そこに入院してました」

「じゃあ、同年齢で手術を受けた子はわかるかな」

「子供だったので、……ごめんなさい」

「結構大きな、超能力の暴走事故が起きた年なんだが」

「暴走事故?」

「あれ、知らないのか。じゃあ入院していた時期が違うのかな。確かその時に、医師が一人亡くなっていたが」


 少女が手を口元に寄せて考えに沈み込む。何か、思い出せそうな気がするが微妙に思い出せない。


「あの、私、事務の人と親しいので、聞いてきましょうか?」

「もし、わかったなら教えてもらえると有難い」

「じゃあ連絡先を。わかり次第、連絡します」

「ごめん、こんな事を頼んでしまって」


 彼女が携帯を取り出してデータ受信の準備を整えたので、彼は仕事で使っている連絡先のデータセットを彼女の携帯に送ろうとし、手を止めた。そしてスクロールすると、個人用の連絡先を彼女に送る。


「あれ、個人用のアドレスでいいんですか?」

「あ、うん、それで。君のも教えてもらってもいいかな」


 連絡先を交換し帰途につく富沢とみざわを見送って、彼女は再度記憶を掘り起こす。


「何だろう、思い出しちゃいけない気もする……」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る