第1話 守

 三分後、俺の目の前には、無数の銀色のカプセルが整然と並んでいた。真っ白い体育館のような場所に、銀色の楕円形がどこまでも広がる光景はSF映画のようだった。カプセルの間にある通路を、三人と並んで歩く。全てのカプセルは、上面にガラス窓がついていて、中に人が入っているのが見える。

 その一つの前で立ち止まり、カプセルの上部をカパッと開けた。そのカプセルの中で眠る中年のおっさんの顔を指さして、エックス氏――三人の中で一番年上に見える男はそう名乗った――は言った。その<眠るおっさん>が本当の俺の姿で、俺が今まで異世界に転生したものとして生きてきたのは、<仮想現実夢ヴァーチャル・ドリーム>なのだ、と。


 もし、それを言葉だけで告げられたら「は? 何言ってんの?」と思っていただろう。


 しかし、エックスの話は、視覚、聴覚、嗅覚、触覚のリアルな感覚を伴っていた。

 エックスは、最初に俺の前からダンジョンや獣耳の女の子を消したように、俺の目の前に、カプセルが並ぶ光景を出して見せ、カプセルの冷たい感触や、その中を満たしている生理食塩水と消毒薬を混ぜた液体の鼻をつく匂い、カプセルの間を巡回する自動点検機ドローンの微かな機械音をなどを感じさせた。


 今この瞬間も、俺は感覚を伴うスーパーリアルな<仮想現実夢ヴァーチャル・ドリーム>の中にいて、彼らが操作する機械によって、これらを感じているのだと言う。現実には、眠ったまま。

 眩暈めまいがしそうだった。


 何か、こういう話、以前にSF映画で見たことがあるような……。

 そう考えたとき、俺の考えを見透かしたように、エックスは言った。

「事実を知った時に受け入れやすいよう、<仮想現実夢ヴァーチャル・ドリーム>のなかで、何かのきっかけで、しかし自然な形でその映画を見ておくように、決められているからだ」

 俺は、映画の内容を思いだして聞いてみた。

「じゃ、あなたたちは? あなたたちも眠っているんですか?」


 俺の質問に、三人はちょっと笑った。なんだか、馬鹿にしたような感じで。エックスは言った。

「我々は、眠っているわけではない。この姿は<仮想現実夢ヴァーチャル・ドリーム>の中での、いわばアバターだ。通達者メッセンジャーとしてのね」


 三人組の女性が口を挟んだ。

「私たちの仕事は、現実世界リアルからの指令を<仮想現実夢ヴァーチャル・ドリーム>の中の人たちに伝えることなの」

「現実世界?」

「そう、あなたが17歳まで暮らした世界。それが現実世界リアル

「じゃ、俺は17歳からこんな風に眠っていたと……そして眠り続けて異世界に転生した夢を……。どうして?」


 そこまで口にして、ふと、思い至った。トラックにはねられたことに。


「残念ながら、それは違うね」

 エックスが、再び俺の考えを見透かしたように言った。

「トラックにはねられた部分も、夢なんだ」

「……」

「この<仮想現実夢ヴァーチャル・ドリーム>は、我々が操作コントロールして君に見させている。つまり、君の思考は、こちらに見えているんだよ」

「!」

 驚きの次にやってきたのは、恐怖だった。考えていることが全てこいつらに読まれている――? 恐怖と混乱でパニックになっている俺を憐れむように見て、今まで口を閉ざしていた若い方の男が話し始めた。


「君が17歳から<仮想現実夢ヴァーチャル・ドリーム>で暮らすようになったのは、それがこの世界のルールだからだ」

「ルール?」

「端的に言うと、君には居場所がないと判断されたんだ。我々の世界に」

「はあ?」

 なんだ、それ。確かに、俺は成績優秀でもスポーツ万能でもなかったし、地味で陰キャで特に大きな取り柄はないけど、居場所がないって何だよ。

 これもまた、思考を読み取られたらしく、エックスが気の毒そうな顔をしてこう言った。


「人類は、分断してしまったんだ」

「分断……?」


 女性が、エックスの言葉を継いだ。


「人類の文明は、高度に発展した。あまりにも急激に。知的専門性のある職業以外は、すべてAIがまかなうようになり、高度情報化社会において、知力が一定基準以下の人たちは社会に居場所がなくなってしまったの。いわゆる<馴染めない人々アンフィット・ピープル>ね」


 女性は説明しながら、<馴染めない人々アンフィット・ピープル>のところで、アメリカ映画の俳優がやるみたいに、人差し指と中指を立ててクイックイッと曲げるジェスチャーをした。おそらく彼女はハーフか帰国子女なのだろう。

 俺は彼女の話を聞きながら、つられるように自分の人差し指で自分自身を指さした。彼女は頷いた。


「そう、あなたも含まれる。馴染めない人々アンフィット・ピープルに」


 エックスがその後を引き取った。


「その知的分断、経済的分断は、より大きな精神的分断を生み出し、それまでのように宗教や仮想敵、国粋主義ナショナリズムなどでも埋めることはできなくなってしまった。

 人類は、仕方なくによって問題を解決した。


 有能な労働者世代と、生産性の低い人間――人類の文明発展のためにプラスにならない者――を、物理的なスペースを分けることで問題を解決した。つまり、彼らを強制的に移住させたのだ。


 しかし、その物理世界はあっという間に無法地帯ディストピアと化した。あまつさえ、勝手に繁殖までしはじめた。

 それを見かねた元の世界に残った人々は、人道的見地から、大規模な仮想世界ヴァーチャルを建設して、そちらへ移住させた。彼らに睡眠処置を施してね。


 つまり、有能な労働者世代を現実世界リアルに、その世界で生きて行くことのできない生産性の低い人間を仮想世界ヴァーチャルにと、生活スペースを分けることで問題を解決したのだ。


 その分、現実世界リアルに残ったものは、仮想世界ヴァーチャルの人間に最高の生活を与えた。24時間体制で常に健康状態のモニタリングを続け、細心の注意を払い、彼が見る<仮想現実夢ヴァーチャル・ドリーム>に可能な限りの幸福感を与え続け……」


「ちょ、ちょっと待ってください。そ、そ、そんなの……ひどいじゃないですか! 俺たちの意思は? 人権ってものがあるでしょう!?

 だいたい、俺は、17歳でそんな判定を下されたんですか? 社会に居場所がないって? だって、まだ高校生で、仕事も将来も何も決まってもいないのに? オカシイでしょ!」


 エックスは、咳払いをして続けた。


「問題は、馴染めない人々アンフィット・ピープルが、排除しても排除しても、後から後から生まれてきてしまうことだ。そこで、我々は選別と排除のシステムを、洗練したものに改良していった。


 子どもたちは、自我が確立した17歳時にすみやかにふるいにかけ――いわゆる『17歳の試練トライアル・オブ・セブンティーン』だが――、合格したものは現実世界、不合格のものは余剰人口サープラス・ポピュレーションとして<仮想現実夢ヴァーチャル・ドリーム>へと移住させるようにした。それが、持たざる彼らが、持たざる者として果たすべき義務だからだ。健全な文明発展のためのね」


 耐えられなくなって、俺はエックスの話を遮った。

「あんたたち、人でなしだ!」


 エックスは言った。


「私たちは文明の発展を守らなければならない。それが、個々人が果たすべき、人類としての義務なのだよ。人類の文明の発展させ続けるための。


 高貴なる者の義務ノブレス・オブリージュという言葉を知っているかね? もとは倫理的な議論に於いて、特権者が持たざる人々に対して負う義務、つまり「モラル・エコノミー」を説明する際に用いられてきたが、その後、もう少し広く社会的責任を表すのに用いられるようになった。

 いずれにせよ、その核心にあるのは、持てる者が持たざる者に対して義務を負うということだ。


 我々は、持てる者の責務として、馴染めない人々アンフィット・ピープルのために、ユートピアたる仮想世界ヴァーチャルを建設し、安楽な<仮想現実夢ヴァーチャル・ドリーム>とともに暮らせるように配慮したのだよ」


「……俺の家族は? 友人は? 俺は死んだことにされているんですか?」


 俺の目の前に、パッ、と俺が以前暮らしていた家が映しだされた。

 そこには口うるさかった母と父、そして……あれ、誰だ?


「君がこちらの世界からいなくなって、君のご両親は養子をとったんだ。ご両親を相次いで病気で亡くした、身寄りのない気の毒な子で……」


 エックスの言葉の後半は、もう耳に入ってこなかった。俺の家には、俺の代わりの少女がいて、父も母も幸せそうに暮らしている。その光景だけで、もう、いっぱいいっぱいだった。

 おそらく、少なかった友人たちも、俺のことなど忘れているのだろう。あるいは、俺と同じように<仮想現実夢ヴァーチャル・ドリーム>の中にいるのかもしれない。


 俺の頭の中は、混乱と衝撃と絶望がごちゃ混ぜになって、何を言っていいのかもわからなかった。

 最初と同じように、真っ白になった空間の中で、三人組はじっと俺を見ている。


 見つめられているうちに、俺は自分の身体が溶けて行くような感覚に襲われた。そうして、ダンジョンにいた時の鎧をまとったすらりとした姿形の勇者から、先ほどカプセルの中で見た、中年のおっさんの姿に徐々に変わっていくような気がした。


――嫌だ! 戻りたい。夢の世界に。あの世界に戻りたい。戻るんだ!


「こんな話……聞きたくなかったですよ。せっかくいい夢を見させてもらっても、こんなの聞かされたら悪夢じゃないですか! 戻してください! 前の世界に戻せよぅっ!」


「先ほど言ったように、<仮想現実夢ヴァーチャル・ドリーム>は我々の管理下にある。

 本題は、ここからだ。こちらの世界で能力を発揮した人間には、敗者復活として社会的競争ソーシャル・ゲームへ再度参加するチャンスが与えられる。これもルールだ。

 君は、こちらの世界で、チートスキルを使い、魔王を倒し、王を説得し、望んでいたような異性との理想の暮らしを手に入れた。そのバイタリティと行動力で、文明発展のために貢献するチャンスが与えられたんだよ。

 君は、現実世界での社会的競争ソーシャル・ゲームに、再度参加することができる。覚醒して、我々がいる現実世界に来られるんだよ!」


イヤです」


 俺は即答した。

 だって、そうだろう? そんな非人間的な競争社会に、誰が行きたい? そんな場所に行くくらいなら、夢の世界にとどまっていた方がいいに決まっているじゃないか。


 若い男が言った。

「で、あれば……あなたは不参加権を行使するということでいいですか?」

「不参加権?」

「はい、不参加権は、法によって認められた権利です。現実世界での社会的競争ソーシャル・ゲームには、当然ながら参加することが望ましいのですが、馴染めない人々アンフィット・ピープルに関しては、それまでの経歴上、心身ともに負荷がかかることを考慮に入れ、不参加権の行使が認められています」


「じゃ、そういうことにしておいてください」


 しかし、ここでエックスが割って入ってきた。


「なるほど、君の意向はわかった。しかし、この点を踏まえて再考してほしい。

 君は、17歳まで愛情あふれる両親のもとで暮らし、その後も政府が管理する<仮想現実夢ヴァーチャル・ドリーム>で、幸福感を最大値まで上げた、文字通りを送っていた。それも無償で。全て政府の補償によって。

 君は自分が享受してきた幸福について、返礼せねばならぬという道理を感じないか? 与えられた義務を果たすことで」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る