川上柊

川上柊

著・檜山 温華

https://kakuyomu.jp/works/1177354054918486975


 自分の望みが叶わないから自殺した川上柊と、彼女をよく知る周囲の肯定的な証言からなる不一致の物語。


 他人の評価と本人の自己評価のズレを書いたのだろう。

 ――ダッシュの使い方云々は目をつむる。

 ふと思い浮かんだのは、事件や事故がおきたときマスコミにインタビューを受けて答える第三者の映像だった。

 事件が起きたとき、ニュースっぽいワイドショー番組で語られる「あんないい子があんなことをするなんて」と判を押したように答える映像を私達はどれだけ見てきただろう。

 そんな映像を見ながら、どれだけの人が「他人からみた本人なんて一面に過ぎないから、身内だからといってわかるわけない」と見れているのだろう。

 はじめに書かれてあるのは、川上柊という子のプロフィール。

 彼女の容姿の「肩まである黒髪と、華奢な身体付きが良く似合う、大和撫子とはこの人といった風情の人だ」のところがもやっとする。

 華奢な体つきと肩まである長い黒髪が、よく似合うのだと思う。

 その見た目から、大和撫子とは彼女のような人のことだといいたいのかもしれない。

 のちに「ひいちゃん」と呼ばれていたことがわかるので、彼女の名前は「かわかみひいらぎ」なのだろう。はじめは「しゅう」と呼ぶのかと思ったので、男子かとおもったら女子だった。柊花など、呼びやすい名前をつけてあげたいと思った。


 一人目は幼馴染。幼い頃から一緒だっただけに彼女をよく見ている。彼女のことを「いい子過ぎた」としている。

 小さい頃からテストの点が良く、駄々をこねなかった。

 私にも、そんな友達がいたからわかる。両親が教師だったため、幼稚園児から勉強のノルマを日々与えられて継続し続けていた。体調が悪くてもノルマが優先されていたのを知っている。その友達のことを私はいい子とは見なかった。

 なので、母親が見に来た授業参観時に柊が大泣きした姿を見て、「血の通った、暖かい子だったの。だから私は、ひいちゃんを愛さなきゃなって思ったんだよね」というところがどうにも飲み込めない。

 古い言い方をするなら、幼馴染は柊を真面目な冷血人間と蔑んでいたのだ。快く思っていなかったといえるのは、柊の容姿に言及していないから。同性だから、自分よりも可愛く真面目で優等生な柊を、心のどこかで嫌っていたに違いない。

 柊が泣いた姿を見たときようやく、彼女は今までいろんなことに我慢して無理してたんだ、と気づいて蔑んでいた自分を反省し、罪滅ぼしのように彼女を愛さなければと思ったのではないだろうか。


 二人目は中高時代の恋人。成績がよく謙虚で、わからない問題も丁寧に教えてくれる「優しい子」だったと見ている。

 どちらから告白して、付き合うことになったのだろう。

 彼女が困っていたところを彼が助け、それが縁で付き合うことになったのなら証言に出てくると思う。

 出さないならそれなりの理由、たとえば彼女と付き合うために意図的な策略を働いた場合が考えられる。

 彼女を困らせろと誰かに指示し、困っている所に彼が登場、窮地を救ったことをきっかけに付き合ったのなら、証言には出したくないだろう。

 証言にない以上、そういうこともなかったものとして、美少女の彼女に告白し、運良く付き合うことになったと推測する。ラッキーボーイですね。

 彼女は彼氏の親とも仲が良く、彼氏の母親と買い物に行ったり食事をしたりしている。親公認だから結婚前提のお付き合いだったのだろうか。

 だとすると柊は、かなり彼氏のことが好きだったのかもしれない。

 ひょっとすると彼はイケメン、あるいはそれに準ずる何かしらの魅力(金持ちとか)があった。そうでなければ、ラノベの主人公みたく、美少女にモテるチートスキル持ち設定だったかもしれない。

 もし彼に魅力がなかった場合、彼女に彼と付き合う目的なりメリットがあったことになる。

 親の仇とか、なにか特別な理由……。

 彼女は恩義を感じるような行動を取っていたから、彼は「自分は柊を愛さなければならない」と思わせたのだ。


 三人目は高校教師。柊を、率先して仕事もこなす、容姿も心根も「とても美しい人」だったと評価している。

 一年生のとき委員長をしていた柊は、不登校の生徒の家に根気よく通い、登校できるようにしただけでなく勉強も教えてあげたという。

 委員長だからといって一生徒の彼女がなぜ、不登校生の家に足繁く通い登校させるだけでなく、長期休学していたあいだの勉強も教えなければならなかったのだろう。

 なぜ不登校になったのか。要因は大きく三つ考えられる。

 学校関係。家庭関係。本人。

 不登校は一年生のときに起きている。中学校から高校へ進学して、新しい環境がもたらすストレスで不登校になる事は多い。

 仮に不登校になった理由がそうだった場合、同じ中学でもなさそうな第三者の彼女が力になるのは難しい。家族関係のトラブルの場合も同様、彼女が手助けできることは難しいのでおそらく違う。

 だとすると、教師や生徒のいじめやトラブル、学力不振の悩みなど学校に関連することかもしれない。

 どのみち、子供が不登校になったときに親が相談すべきはまず学校。担任の他、養護教諭やスクールカウンセラーが協力し、トラブル解消へ動いてくれるはず。公的機関の教育支援センターや民間機関のNPOやフリースクールにも相談するだろう。

 証言している高校教師は、当時のクラス担任の可能性もある。

「あれは確か、一年生の時だったと記憶していますが」と前置きしつつ、やたらと詳しい。「川上さんのクラスメイトが、学校に行きにくくなってしまっていた事があったんです。そしたら川上さんはすぐに、委員長としての責任だと言って、そのクラスメイトの自宅に根気強く通い、学校に戻ってこられるようにしたのです」

 自分が受け持ちながら手に負えないからと、委員長をしている真面目な性格の彼女が引き受けるように仕向けたのかもしれない。

 結果、うまくいった。しかも不登校の生徒の成績を学年二位にまでしてしまった。とうぜん、学年一位は彼女だ。

「川上さんは、とても教え上手だったのですね、私でも敵わないかもしれません」というのは、彼女が一位の成績を取り、不登校の子を一位にさせないよう教えたことを指している。相手を先導するのに彼女は長けていた、といいたいのかもしれない。

 おそらく、この不登校生徒が彼女の彼氏。自身の魅力を使って、彼を登校させたのだ。

 高校教師が彼女を愛さなければならないのは、不登校生徒を押し付けた後ろめたさと、彼女の長けた人心掌握術に敬服したということかもしれない。

 

 四人目は母親。

 父が亡くなっており、母子家庭で育ったことがわかる。一人で過ごすことに対して、柊は怒ったり泣きわめいたりしたことがない。このことから母親は、娘は「とても心の強い子」だったと証言している。

 本当だろうか。

 父親がなくなった彼女にとって、母親が唯一頼れるひとだった。

 仕事をしなければ食べられないと知って、幼馴染のような駄々をこねる自分本位な人と思われるのが怖く、いい顔をする習慣が身についていったのだ。

 いわゆる、褒められて伸びるタイプの子である。

 彼女が泣いたことがあるのは、授業参観でのこと。その日はたまたま休みが取れて内緒で行き、参観中に後ろから肩を叩いた。

 ということは、柊の席は一番うしろかもしれない。

 親が来たことを知って、数秒硬直し、彼女はぼろぼろと大粒の涙を流し、大きな声を上げたという。

「本当はずっと皆と同じように親が来るのを今か今かと待ち望んでみたかったのだと思います」

 この頃には、すでにいい顔をする習慣が染み付いているはず。

 誰かからの褒め言葉や励ましを生きがいにしているため、母親が自分を評価してくれたことに、嬉しかったと推測できる。

 なので、どうしたら相手が喜ぶかを基準に行動することを考えたはず。それが、涙を見せる、だったのではないだろうか。

 そのあと、学校から早退させて二人で帰っている。ふつう、授業参観中に早退するだろうか。

 家に二人で帰り「私達はとても満たされていました」と母親は語っている。

 彼女は、母親が喜ぶことを選んだのだ。だから、授業参観よりも、早退して母親と帰ることを優先させたのかもしれない。

 早退したのは、涙が乾いた後の授業参観後の帰宅では喜びも失せるから。

 母親が彼女を愛さなければならないと思ったのは、我慢や寂しい思いをさせたという引け目からだろう。


 五人目は本人。

 自分を「努力の人」だったと語っている。

 周りの人たちを喜ばせようと、どんな時もいい子で、成績は常にトップクラス。女手一つで育ててくれている母に迷惑をかけまいと我儘を言わず、自己犠牲を厭わず嫌がることも率先して行い、自分に酔わず、謙虚で、自分の持てる全てを他者に捧げるように生きてきた。

 その見返りに彼女が求めたのは「自然な愛」、すなおに褒めてほしかったのだ。

 なのに周りのみんなは、理由付けの愛をくれる。

 なぜか。

 本心を隠して相手を喜ばせる相手とは、深い人間関係は気づけないからだ。本音をいわない相手は信用できない、と思われて距離を取られてしまう。

 彼女を本当に評価し、好意を持ってくれる人には、たまには「ノー」といっても、受け入れてくれるものだ。

 イエスを言うには理由が必要でも、ノーを言うのに理由はいらない。だけど柊は、イエスばかりでノーが言えなかった。

 だから、「自分の望みが叶うことなどないから、私は自分で自分を殺すのです」と言って自殺したのだ。

 彼女は周りの人を喜ばせてばかりいて、自分に正直な人生を生きていない。みんなにいい顔をすることをやめて、嫌なことにはシンプルに「ノー」といい、自分に正直に生きればいい。

 自分と、本当に喜ばせたい人だけを大切にすればよかったのだ。

 褒められて伸びる子は、みんなにいい顔をするのをやめて自分に正直に生きないと彼女のような生き方をしてしまう。

 このような複数の視点から一人の人物を掘り下げていく作品も、書いてみたい。

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