【case 3 チャラ男/優等生】

 世の中は、不公平だ。


『頑張ったら頑張っただけ報われる』なんてウソ。『頑張ったらみんな褒めてくれる』もウソ。『頑張った人は幸せになれる』もウソ。


 ウソ、ウソ、みーんな大嘘。


 だけどあたしは、その大嘘を今日も噛み締めて、噛み砕いた上で、にっこりキレイに笑って、何も知らない無邪気なオンナノコのフリをして、光が降り注ぐ先へ自信満々で進み出てみせる。


 だってあたしは今をトキメくモデルの『KaYAya☆カヤヤ


 ランウェイの上では笑っていることがオシゴトの、女子高生社長(※代行)だもの。




  ※  ※  ※




 あたしの名前は雛乃木ひなのき香夜かや。アパレルブランド社長を父に、芸能プロダクション社長を母に持つ、ごくごく普通の女子高生。


「カヤちーん! そこ、『ごくごく普通の』って言うのおかしくね?」


 両親が言う『宣伝費節約』への協力の一環として、子供の頃から父のブランドの服を着て、母が手掛けるファッションショーのランウェイを歩いてきたから、世間はあたしのことをモデルとして認識してるみたいだけど、あたしは自ら望んでその地位を手に入れたわけじゃない。何なら、返上できるものならばさっさと返上してしまいたい。


「うっわ、そんなこと言っちゃうから、ボディガードが必要になるんじゃね?」


 ……確かに、世間には『モデルになりたい!』っていう子はバカみたいにいて、その大半が夢を叶えられずに消えていく。そういう人達からしてみれば、あたしの発言はぶん殴りたくなるような代物なのだろう。


 だけど、ちょっと聞いてもらいたい。あたしにだって事情があるんだ。


「あーねー? モデルと社長と女子高生の兼業って、ちょっとキツすぎっしょ?」

「……ちょっと雛罌粟ひなげし!」


 フルスモークガラスの車の後部座席でノートパソコンとにらめっこをしていたあたしは、いい加減我慢ができずに運転席に向かって声を荒らげた。ビシッと伸びた指先は、先程から勝手にやいのやいのと声を上げてくるド迷惑極まりない男に突き立てられている。


「何で車の中にこいつを入れたのよっ!? 邪魔になるから乗せないでって言ったじゃないっ!!」

「しかし社長代行、彼は貴女様のボディーガードですから」

「そーそ! 同行しなきゃ意味ないじゃーん?」


 不遜極まりないことに、あたしの隣のシートに悠々と体を預けたチャラ男は、ニコーッとイチミリも信頼できない笑顔をこちらに向けてきた。


 金髪に脱色して、派手に逆立てた髪。いくつもはめられたピアスに、だらしなく着崩された制服。いまだに何でこんな格好なのに校門で弾かれないのか不思議でならない。どっからどう見ても名門私立高校の生徒に見えないのに!


 こいつの名前は深海ふかみ裕二ゆうじ。不本意極まりないことに、あたしに付けられた……というか、学校にボディーガードの派遣を依頼したら、派遣されてきたボディーガード。


 そう、ボディーガード。ボディーガードなのだ。あたしが通っている学校は、依頼をすればボディーガードを派遣してくれる。


 私立春篠はるしの学園。天下に名を轟かせる名門私立学校。


 ──そもそもここに通うことになったのだって、私の意思じゃないのに……!


 なんでこんなことになったんだっけ?


 思わず痛み始めた頭に手を添えれば、突きつけたままだった指先がそっと熱に包まれる。『ん?』と視線を上げると、ほんっと無遠慮なことに深海があたしの指を片手で包み込むように握りしめていた。


「だからさぁー、もっと仲良くしよーよ、カヤちん!」

「……っ! 馴れ馴れしくするなっ!!」


 思わずその指をバシッと払い落とす。


 そんなあたし達の姿をバックミラーで眺めていた雛罌粟が深く溜め息をついていた。

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