第2話 私の幼馴染は成長して行く

「そう、なんだ……ねえ、もう別れよう?私達」


 その事を切り出すのは辛かった。でも、こんな状態で恋人というのも辛かった。

 私だって、けーちゃんの言い分がわからない程子どもではない。

 子どものままの容姿の私と堂々としているとリスキーだという主張は最もだ。

 でも、私が欲しいのはそんな言葉じゃなかった。

 「それでも、愛している」というたった一言だった。


 思えば、この病気が発覚してから、けーちゃんからは一度も愛の言葉をもらったことがない。人前では言うに及ばず、さっき抱きしめて欲しいと言ったときも及び腰だった。


 世間の目が問題なら、せめて、二人きりの時は堂々と抱きしめて愛の言葉を囁いて欲しい。それがかなわないのなら……別れるしかない。


「いや、なんで急に別れるって話になるんだよ。別にお前の事は好きだぞ?」


 明らかに困惑した顔で、しどろもどろに弁解するけーちゃん。

 

「じゃあ、してみて?キス」


 挑発気味に言ってみる。彼がそれに応えてくれるなら話は変わるかもしれない。

 そんなかすかな期待を込めての言葉だったけど……彼は、懊悩するばかりだった。


「やっぱり、別れよ?二人っきりなのに、キスも出来ないんでしょ?」


 言っている間にどんどん感情が溢れてくる。

 外で堂々と手を繋ぐことも出来ないデート。

 二人きりでも、スキンシップにすら及び腰。

 デートの最後にキスすらしてくれない。

 そんな、恋人と言えるのかどうかわからない関係は辛かった。


「わかった……お前が、どうしても、というなら」


 その言葉を聞いたとき、何か決定的なものが終わった気がした。

 引き止めて欲しかった。まだ自分たちは行けると。

 キスもしてくれると。


「そっか。じゃあ、帰ろっか」


 帰り道、私達はずっと無言だった。

 私だって何を話していいかわからないし、けーちゃんだってそうだろう。

 でも、咄嗟に別れるなんて言っちゃったけど。

 私は、他の誰かを好きになれるんだろうか?

 仮になったとして、その人が私の抱える事情を理解してくれるだろうか?


(ああ、言い過ぎた、かも)


 今更、感情的に別れを切り出したことを後悔している。

 本当にどうしようもない女だ、私。

 もちろん、私が抱きしめたりキスして欲しかったのは本音だ。

 でも、けーちゃんだって、人目を気にするだけじゃなくて、色々配慮してくれた。


 たとえば、身長。

 高い椅子があれば、座るのを手伝ってくれた。


 あるいは、歩幅。

 中1並の私と彼は全然歩幅が違うのに、きちんと合わせてくれていた。

 あるいは、人混みの中での振る舞い。

 変な人に手を出されないように、いっつも守ってくれていた。


 抱きしめるのだって、躊躇はしたものの、してくれた。


(でも、今更どう言えばいいんだろう)


 言う言葉が見つからないまま、彼を追っていると、もう家の近くだった。

 これで、帰ったら、彼氏彼女の関係はおしまい、か。

 自分で撒いた種とはいえ、早くも後悔し始めている。

 今更どういう言葉で謝ればいいのかわからない。

 でも……別れたくない。


「あの、けーちゃん、その……」


 言わなきゃ、言わなきゃ。そう思うけど、なかなか言葉が出てこない。

 そんな私に向かって、彼は言ったのだった。


「ちょっと、近所の公園に寄ってかないか?」


 って。

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