第5話 一人目の容疑者

 イミテーション・コインの会議室で、事情聴取を行うことになった。


 細長い机が部屋の真ん中に置かれ、向かい合う形で椅子が四脚ずつ並んでいた。


 一人目は、専務の速水正樹だった。阿東と同じく四十代前半で、長めの髪は茶色に染めていた。緊張しているのか難しい顔をして座っており、おかんとおれも真向かいに座っていたが、朝倉はその後ろで立ち腕を組んでいた。犯人だろうとそうじゃなかろうと、強面の刑事に見下ろされるのは、気分がいいものではないだろう。


 ただ速水も負けていなかった。朝倉に不快感の眼差しを向けると、

「刑事さん、一通りお話したと思うんですけどォ」

「すいませんな、速水さん。確認のため、もう一度頼みます」

「……まあ、いいでしょう。で、なにを聞きたいんです」


 おかんはにっこりと笑った。

「ごめんなさいねー速水さん、また話さなあかんことなってー。感謝してますー」

「い、いえ」

 どうにも刑事には見えないため、速水は困惑していた。


「昨日、速水さんは何時頃、仕事を終えましたか?」

「八時半頃です」

「誰かと一緒に帰りましたか」

「一人です」

「どこかに飲みに向かったりしました?」

「どこにも行ってませんよ。そのまま一直線で家に帰りました」

「じゃあ、九時から十時のあいだはなにをしてましたー」

「妻と酒を飲んでましたね」

「仲がいいんですね~、素敵やわあ」

 おかんは目を細め笑った。


「ほな、最後に社長を見たのは何時頃ですう」

「仕事が終わってからだから、七時頃かな」

「あとから社長から連絡があったりしましたか」

「ない」

 速水は首を振ると言った。


「事務員の折原さんと、社長室をノックしたみたいですね。詳細を教えてもらってもいいですか」

「ええ。朝から姿を見ないし、社長室は鍵がかかっていたし、朝礼の時間になっても姿を見せなかった。それで折原と扉をノックし呼んでみたんだ。返事はなく、会社に来ていないのかとも思ったが、とにかくスペアのキーで扉を開けようとした。でもスペアはなかった。おかしいと感じながらも、まずは社長の所在の確認だ。電話をかけてみると、社長室から音がした……。なにか良からぬことがあったのだと思い、扉を蹴破ることにした。すると……っていうわけ」

「何人ほどで、扉を開けたんですか」

「男五人で開けました。体力を使うので交代しながらね」

「他の社員さんたちは仕事をしてはったんです?」

「いや、騒ぎになってそれどころじゃなかったと思う。みな廊下に出て見ていた。社員の数も多くないため、廊下に皆も出れた」

「専務さんは、殺された阿東さんを見たんですか」

 速水は表情を曇らせ、下唇を噛んだ。


「見ましたよ。喉から血を出し、椅子に座ってる社長を……」

「安否確認はしなかったらしいですね」

「喉から大量の血を流し、目も見開いていた。血も乾き、少しも動くことはなく、まるで人形のように感じた。そんな状態でいたら、誰だって死んでいると思うでしょうに。……それに、あまりにも惨く、近づくのも怖かったんです……」

「わかりますよ。知っている人が酷い姿でいたら、誰だって足がすくみます」


 その惨状を頭に描き、二の腕が粟立った。


「その後は、警察に電話しました」

「誰も部屋に入らず、阿東さんにも触れていないそうですね」

「ええ、近づく者なんていませんでした」

「密室の件は取りあえず置いといて、なぜ殺されたか思いつく理由はありますか? 社長さんがなぜ殺害されるに至ったのか」

「動機ってやつですよね。いやあ、どうだろ……思いつかないな……。プライベートのことはわからないし」

「どのような人でしたか」

「どのような人かあ、ううん……」


 速水は長い髪を右手で撫でた。


「所謂、ワンマン系っていうタイプかな。小さな会社だから、俺が舵を取り動かなければならないという、自覚があったんでしょうね。勇気があるというか、少し向こう水なところもありました。大胆というか」

「では、社員さんたちとの関係はどうでした。上手くいってましたか」

「良くも悪くも、社長と社員っていう距離感だったと思います。小さな会社だと、接する機会も多いから社長との距離は近くなるけど、そこはワンマンゆえかな」

「ワンマンゆえ、と言うことは、社員さんたちにきつく当たる事もあったんですかー」

「きつくと言えばそうかもしれない。怒る時は声を張り上げて怒ってたな。全員、なにかしらのことで怒られてるんじゃないかな。その時は、たいがい俺が仲裁に入ってますね。なので俺が怒られる場合は、誰の仲裁もないんだよね」


 速水はくすりと笑った。阿東がワンマンタイプならば、速水は上からも下からも要求を受ける管理職タイプだと思った。


「声を張り上げ怒りもするけど、同時に褒める時はこれでもかと褒めてくれるんだ。黙って仕事をしろって感じでもなく、相談があれば親身になってくれた。怒るだけじゃない」

「アメとムチですね」

「その通り。だから殺人に至るほどのことは、ないように思います。俺が知っている限りでの話ですけどね……」

「仕事のことで、専務さんは社長さんとぶつかることはありしたか?」

「多少はね、ありましたよ。俺も専務という立場ですから。でも些細なことです」

「社長さんの、最近の様子はどうでした。不審なところはありませんでしか」

「特に変わりはなかったと思います。……不審で少し思い出しましたが、社長は確か昨日、キャバクラに飲みに行くと言ってたんですよ。俺が帰る七時頃にもまだいて変だなと思ってたんですが、ずっと会社にいたんですよね。キャバクラに行ってないってことですよ。なぜでしょう」


 死亡推定時刻は夜の九時から十時のあいだ。社員がみな帰ったのは九時頃、それまでは確実に会社にいたことになる。それ以降に、阿東が会社を出たという話も聞かない。目撃証言はない。キャバクラに行かず、会社にいたと考えた方がいい。


「ただキャバクラに行くのをやめただけじゃ?」

「かもしれません。でも会社にいたってことは仕事をしていたはずです。九時や十時まで残らなければならない仕事は、なかったと思うんですよね。急遽仕事が入った様子もないんです。

 キャバクラに行くのなら、おそらく同伴です。キャンセルの電話を入れたかは、調べればわかると思います」

「社長さんは、キャバクラなどといったお店がお好きなんですか」

「好きな方だと思うな。女性が好きというか……」


 おかんはこちらを冷ややかな目で見ると、

「あんたはハマったらあかんで」

「う、うん」

「刑事さんは一時期ハマってたみたいやけど」


 朝倉刑事は恥ずかしそうに咳払いした。

 おかんは鼻で笑った。

 手厳しい。


 朝倉がキャバクラで豪快に遊んでいる姿を想像した。両脇に艶やかな女性が座り、その肩に朝倉は腕を絡め悪どい笑みを浮かべている。――まるでヤクザだった。

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