014

「う~ん………何回やっても勝てる気がしないな」


 既に始めて数時間が経過。日付はとっくに変わり日の光が見え始めようとしている。


 こんなにも長い事やっているのは二人が組み手を行う際のルールが原因だった。


 組み手に関しては遥かに奏真の腕の方が上をゆく。そこで奏真はカウンターを除く攻撃をしてはいけないとした。

 アサギは一戦一戦考えながら奏真を攻略しようとするのでどうしても時間が掛かった。


 アサギの現在の戦績は


 七戦ゼロ勝七敗。


 一度中断しその場であぐらをかいて腕を組んだ。

 口をへの字に曲げて両目とも閉じて頭の中で戦いのシミュレートをする。しかし何処にも勝ち筋が見当たらない。


 そんなアサギを見て全勝する奏真は仁王立ちしてひとつダメ出しをする。


「何をしようとしてるかがバレバレなんだ」


「あー、やっぱり?何か意識しちゃうんだよね。こう………攻め方というか崩し方というか」


 自覚はしているのか納得した。

 言葉にするのは難しいか、曖昧な言い方しか出来ず微妙な表情をする。


「別に意識する事が悪い事じゃない」


 奏真はそう言うが、アサギはあまり納得いっていなかった。


「そう?だって奏真はなんか反射的に動くって感じの動き方じゃない?」


 これまで数多く奏真と組み手をしてきた中で思い出されるほとんどが反射神経で動いているかのような素早い動きをする奏真の姿。


「確かにそうだが特別そうする必要もない。あくまでも考え方のひとつだが、予めいくつか攻める手と、崩し方を決めておけばいいんじゃないか?」


「ほう………と言いますと?」


 分かったような返事をするアサギであったが全く理解していない為、奏真へ聞き返す。


「パターンを用意して、こう動いたらこう、逆にこっちだったらこう。みたいな」


「………なるほど。それを反射的に出来るようになれば結局は奏真みたいになる訳だな」


「…………確かにその方法だと結局は反射になるな。あんまりいい例えじゃなかった」


「………プッ……ははは、相変わらず面白いやつだな」


 アサギは盛大に笑う。


「真面目に考えてやってるというのに失礼なヤツだな。こい、今度は本気でシメてやる」


 腹を抱えて笑うアサギに奏真は指を鳴らし般若のような怒りの顔をする。

 アサギの笑いはピタリと止まる。

 何をされるか未来でも見えたかアサギは座ったまま奏真から距離を取ろうと下がった。


 逃げようとするアサギを奏真が阻止する。

 掴まれ、抵抗するアサギ。


「おいこら止めろ。騒ぐと霧谷が……あ!」


「……う……ん…………」


 二人の騒ぎに目が覚めたのか、雪音は声を漏らし、うっすらと目を開く。


「ほら見た事か」


「てめぇのせいだ」


 奏真は掴む手に力を入れる。


「………おはようございます。何かあったんですか?」


「こいつが騒ぐものだから俺がシメようとしてた」


「あっ!平気で嘘つきやがった。霧谷、信じちゃ駄目だぞ」


「ええっと…………」


 収集がつかなくなる三人。

 結局アサギがシメられて終わる。


「………くそ、やっぱり手も足も出ない」


 大の字になって仰向けで寝るアサギ。奏真から抵抗を試みたが全く通用せず、意図も簡単にはり倒された。


 シバく事に成功した奏真は満足げに鼻を鳴らし、ごみを払うように手を叩いた。


「さて、朝っぱらから馬鹿をシバいたし、そろそろ移動の準備でもしよう。霧谷も朝飯済ませておけ」


 二人の事の顛末を苦笑しながら見ていた雪音に奏真は隣の荷物を指差した。

 雪音はその荷物を漁るとそこからは大量の食糧が出てきた。

 その中のひとつのパンを噛る。


 その後、着替えやら何やら全て済ませて荷物を纏める。


「さあ出発だ。出来るだけ明日の朝には着きたいところだ」


 雪音が用意を済ませたのを確認すると森に向けて歩き始める一行。昨日よりもペースを上げて中枢都市[アレクトル]へ進む。


 進んでも進んでも、ほとんど変わりのない同じような景色。感覚的にも一体どれくらい進んだのか分からなくなってきた頃。


 先頭を進む奏真が足を止めた。


「どうした?」


 その後ろに雪音、アサギと続く。

 最後尾についていたアサギが止まった事に気が付いた。奏真に止まった理由を訪ねる。

 すると奏真は先の方を凝視して言う。


「………何かいる」


 奏真が身を低くするのに合わせて雪音とアサギも同様に草むらに隠れるくらいまで身を屈めた。

 それと同時にアサギは奏真が凝視する方へ魔力を探知する魔法を使う。

 しかし、それに特に引っ掛かるものはいない。


「………探知しても何もいないぞ?」


 アサギは奏真にそう言うが奏真の警戒は解かれない。それどころかアサギの言葉を聞いてより一層、警戒心を強めた。


「魔力を隠して探知から逃れている。そいつもこっちに気が付いている筈だ」


 魔力を多少コントロール出来るならば魔力を隠蔽し、潜伏するのは誰にでも出来る。勿論それは奏真もアサギも例外ではない。


 今回はただ森を抜けるためだけなので特に隠蔽していない二人は、相手からすれば用意に探知する事が出来る。

 仮に隠蔽したとしてコントロールが苦手な雪音は出来ないので結局見つかるのは必然である。


 まさか隠蔽して潜伏するものがいるとは思いもしなかった。決して奏真もアサギも油断していた訳ではないが、想定外の事態に移動を止めざるを得ない状態。


 まだ敵と決まった訳ではないので特に攻撃したりはしないが身を屈めながら戦闘態勢をとった。


「こんな森にそんな賢いモンスターいたかな?もしかして人か?」


 アサギは相手がどう動いてもいいよう、常時魔力の探知網を敷きながら潜伏する相手を予想する。


「前は居る筈のない所にトロールがいた。その類いのイレギュラーとも考えられる。人である可能性の方が高いけどな」


 雪音と出会う前に仕留めたトロールを思い出す。トロールも実際いる筈ないところで住み着いていた。

 その事を念頭におきながらどうするか策を練る。


「正直このままただ時間を取られるのは面等だな。少々強引になるが突っ切ろう」


 この均衡状態に嫌気がさした奏真はゆっくりと立ち上がる。相手に動く気配がないと見てこちらから動く。

 横切ることになるとはいえ、こちらも何もしなければ見逃してもらえるかも知れないと甘い期待をする。


 奏真に合わせて雪音とアサギも立ち上がった。


「行くぞ」


 奏真を先頭に再度移動を開始する。

 普通に移動するより速く切り抜ける為、アサギによる補助魔法をかけてもらい真横を全力ダッシュする。


 初めに奏真が切り抜ける、と思った時。通過する瞬間奏真はブレーキをかけた。

 そして、奏真が止まらなければ通り過ぎたであろう目の前に振り下ろされる何か。

 

「…………!」


 奏真の後から来る二人も止まっている奏真を見て慌てて止まる。


「やっぱり通してはくれないか……」


「お前が噂の請負人だな?」


 突然何かを振り下ろしたのは人間の男。それもどうやら盗賊や都市[ハルフィビナ]で問題となった組織の人間でもないようだ。


 その男は足を止めた奏真に向かってほぼ確信を持って言う。


「俺を知っているのか?」


 見に覚えのない顔に思わず奏真は聞き返した。するとその男は頷いた。


「勿論だ。よく知っているよ」


「………ガーディアン隊員のお前がこんな所で何してんだ?まして一般人に刃を振るうってのはどうかと思うが……」


 奏真を止めるのに振り下ろしたのは両刃の剣。男の手にはそれが握られていた。

 何が目的なのか未だ分からない男から奏真は一度距離を置いた。


 男はよく見るとその他、もう片方の手にはナイフが握られ、来ている服にはガーディアンを現す盾の紋章。その紋章を見て奏真はガーディアンということを悟った。


 男は奏真に両刃の剣の切っ先を向けた。


「なに、隊員でもない貴様がガーディアンに呼ばれていると聞いて試したくなったのさ。お前の腕をな」


 奏真以外のアサギ、雪音には微塵の興味もないらしく見向きもしない。

 剣を向けたまま男はもう片手のナイフを構えた。


「魔力を隠していたにも関わらずよくぞ見つけた。そこまでは誉めてやろう。しかしその魔力で呼ばれたなど、にわかに信じがたい」


「別に信じなくても結構だ。お前に認められなくともな。こっちは好きで呼ばれてる訳じゃあねぇんだよ。通してもらう」


 向けられた剣の切っ先を手の甲で弾いて無理矢理押し通る。


「なら、これでもか?」


 男は奏真が相手をしないと分かってそうではいられないように方法を変えた。

 その方法が雪音の胸元に刃を突き付け、人質のように雪音の背後から首に腕を回していた。

 男は目にも止まらぬ速さで動いたかと思えば奏真、アサギの反応出来ない速さで雪音の隣まで移動していた。


「やめろ、目的は俺だ。アサギ」


 アサギが動こうとしたので雪音の安全性を考慮して奏真が抑止する。


「何が目的なんだ?俺と戦う事か?」


 奏真に少し怒りの色が見え始める。

 しかし男はそんな奏真を目の前にしても嬉しそうにナイフをペシペシと雪音に当てながら言う。

 雪音も必死に腕を振り払おうと抵抗するが全く動かす事すら叶わない。


「殺し合い、とまではいかない。こちらも守る立場なんでね。そこでだ、私を参ったと言わせてみせろ。勿論戦ってな」


「はぁ……………分かった。やってやるから早く解放しろ」


 めんどくさそうに奏真がそう言うと男は二ィと笑って雪音を解放する。

 解放された雪音はケホケホと咳き込みながら奏真とアサギの方に駆け寄った。


「アサギ、霧谷を頼む」


 解放された雪音を守るようアサギに伝えると、アサギは目を細める。


「本当にやるのか?俺がしばいてやってもいいんだぞ?こんなやから


 アサギも少しイラついていた。

 本来ならば奏真も無視、もしくは殺る気満々のアサギに任せてしまいたいところだったがそうとはいかない。


「一応こっちは商売してる身なんでな。取引に嘘はご法度だ。あいつもそれがわかってるからわざわざ待って、人質を取ったりなんかしたんだろ。普通なら奇襲する」


「なるほど。なら霧谷は見ててやるけど、無理はするなよ。どんな手を使ってくるか分からない」


 警告するアサギから距離を置く。アサギは兎も角雪音を巻き込まない為に。


「さて、準備はいいか?スタートだ!」


 この瞬間、アサギと雪音は初めて奏真の本気を見ることとなった。


 魔法を展開しながら突っ込んで来る男。奏真も同じく魔法を展開した―――ところまでは分かったがその後、何が起きたのか。

 見ていた二人は理解が追い付かなかった。


 次の瞬間には膝から崩れ、倒れる男と一歩も動いていない奏真の姿。


「………さて、さっさと向かおうか」


 男は立ち上がる事はなかった。

 白目を向いて完全に気絶していた。


 一瞬で男を気絶させてしまった奏真は何事もなかったかのようにまた歩き始める。


 呆気にとられたアサギと雪音。二人もやや遅れて歩き始めた。


「おいこら待て。何だ今の?説明しろ」


 アサギは奏真へ追い付くや否や、肩を組んで奏真へ迫った。


 そして三人は中枢都市[アレクトル]にあるガーディアンへ向かうのだった。

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