012

 奏真は雪音に魔法を教えるべく、まずはどこまで雪音が魔法について知っているのかを教えてもらう。

 雪音はこれまで独学で学んできたものを奏真へ見せた。


「…………前回教えたのも含めて基礎はだいたい知ってるって感じか」


 雪音が綺麗にまとめたノートをパラパラとめくっていき、最後に学んだものを確認していると、そこへアサギがやって来た。


「ただいま。早速やってんだな、感心感心」


 熱心に奏真の話を聞いている雪音を見てアサギは何度か頷いた。

 奏真は雪音に教えるのを一時中断し、アサギの方を振り返る。


「よくここがわかったな。今までどこをほっつき歩いてた?」


 特に集合場所を決めてなかった為、奏真はアサギが戻る時間は少し遅くなるだろうと思っていた。

 しかし案外早い事に驚いていた。奏真はアサギに場所を問う。


 アサギはニコニコと何かを誤魔化すように笑う。


「単に少し気になる事があって周りを見てきただけだよ。ここまで来るなんてもっと簡単だ。霧谷の膨大な魔力を感知できるならね」


 以前より比べ物にならない程に膨れ上がった魔力。そんな雪音を見てアサギは言う。


 話をそらされた事に奏真はじっ、とアサギの表情を観察するが当の本人は「本当に何もないぞ?」と言いたげに見返す。


 これ以上探ってもきりがないとひとまず置いておく事にした奏真。

 数秒の静寂を置いた後、話を続ける。


「………そういえばこの魔力はまだ問題だったな。アサギに前頼んであったやつの他に、昔頼んだやつってまだ持ってたりするか?」


 奏真がどの事を指しているのか、一瞬考える素振りを見せるがすぐに思い出したかのように理解する。

 

「………ああ、なるほどそう言うことか。確かまだあるよ。探すからちょっと時間頂戴」


 アサギが探している間にも奏真は雪音に教えられる事を出来るだけ聞かせておく。


「それじゃあアサギが探してる間、話の続きをするか。えっと、魔法には四属性有ることは知ってるなら、その内のひとつが必ず特化して使える事は知っているか?」


「………いえ、知りません。どういう事でしょう?」


 奏真の言葉一つひとつメモを取りながら必死に耳を傾ける。

 奏真も雪音が分かりやすいようにと魔法で空気中に文字や図を浮かべながら説明する。


 手を止めた雪音は、奏真の言葉に首を傾げた。


「【炎】【水】【土】【風】の四属性からなる魔法は元素とも言われる。魔法を使うものはこの内のひとつに特化する、簡単に説明するとこの内のどれかが得意かって事だ。霧谷で言うと、この中の【水】に当てはまる」


 初めて使う時は大体自分の最も得意とする魔法が発動される。今回の雪音の魔法もそれだと奏真は言う。何も意識していなければ尚更だ、と。

 雪音は自分の手のひらを見ながら感心していた。


「あまり気にした事はありませんでした。魔法もロクに扱えなかったので………ちなみに奏真さんはどれですか?」


 そこで雪音が気になるのは師匠である奏真の得意な魔法。

 しかし、答えるより先に奏真は自分が「さん」付けで呼ばれる事を嫌った。


「…………さんはいらねぇって言ってるのにお前って奴は……まあもう何でもいいけど」


 こればっかりは言っても無駄かと諦めようとするが奏真が何でもいいと言うと今度は違う呼び方を提案した雪音。


「なら、かなでって読んでもいいてすか?」


「……別にいいけど何で?」


 この際なので「さん」付けじゃなければ何でもいいと奏真は許可するが、そう呼ぶ訳が気になった。

 すると嬉しそうに雪音は訳を話し始めた。


「えっと……初めて呼んだ本の中にカナデと呼ばれてた魔法使いが居たんです。その人は奏真さんみたいに本当に強くて………」


「………うんまあ悪くはない、かな?」


 一体その本の登場人物である「奏」はどこのポジションなのか。

 更に気になるところだが聞くと長くなるだろうと勝手に思った奏真はそれ以上の追悼は止めた。

 

 勝手にいいポジションだろうと考えているとアサギが横やりを刺す。


「奏くん!君が探していたのはこれかな?」


 手にはペンダントを持っているアサギ。


 雪音と同じように呼ばれると先程の本の登場人物が何となく馬鹿にされているような気がしたので容赦なくアサギの首を締めようとする。


「お前に呼ばれるのは癪だ」


「な、なんでぇ!?」


 手を伸ばすと感のいいアサギは察したのかそれを回避した。


 逃げたアサギを放置してアサギから奪い取るように受け取ったペンダントを雪音へ渡す。


「そんな事より霧谷、アサギからだ。貰っておけ」


「……はい……これは一体?」


 渡されるがままに雪音は受け取り、それを首から下げた。


「魔力を押さえる魔石、とでも言うのかな?本当は奏真が完全に魔力を消す為に造らされたものだけど失敗作で、魔力を半減させる効果しかないんだけど君なら十分そうだね」


「あ、ありがとうございます」


 見たところ奏真が使った時のように雪音の見た目の魔力は半減していた。奏真とアサギはそれを確認する。


「これであの破壊的な魔法よりかはマシになったかな。それとおそらく人目に付かないくらいには魔力減ったんじゃないか?」


「確かに減ってるな。まだ他よりかなり多いけどましだな」


 しっかりと効果かが発揮しているのを見るとアサギは当時の失敗作だったペンダントを思い浮かべる。

 当時は利用方法がかなり極端なため、また使用者がいなかったこともあり廃棄寸前だった。


「まさか失敗作がここで役に立つとは思わなかった。それから奏真にはこれをやるよ」


 アサギが奏真に渡したのはナイフ。特に変わりのない片刃のサバイバルナイフ。


「おっとっと、俺にもか。どんな性能なのか気になるな」


「魔力込めてみればすぐに分かると思うぞ」


「………おお!?増えた」


 奏真が手にしたナイフは魔力を込めるとひとつが二つに、二つが更に三つ、四つへと増加した。


「オリジナルを紛失しなければいくらでも増やせる。増やしたのを消したりする事も出来るけど、消えるのはおよそ三十秒で自動的に消えていく。その辺も上手く使いこなしてくれ」


「勿論そのつもりだ。今夜の依頼で早速お披露目になるかな」


「あれ?依頼なんかあったの?」


「お前がいない内にな。対象は夜じゃないと現れないらしいから、あと少しの間はここで待機だな」

 

 今は日没が始まって数分。日が沈むまでの間は少し時間がある。


 その後奏真は雪音に魔法を教え、アサギはそれを隣で聞いている。


 そんな奏真塾を始めて約一時間が経過した時。奏真が立ち上がる。


「今言ったように魔法にはいろんな種類があるという訳だ。さて、時間だな」


 雪音に説明を終えて一段落。いつの間にか辺りはすっかり暗くなっていた。

 村には微かに灯る街灯と民間の隙間から漏れる光で多少明るいが見渡す限りの森は薄暗くなっていた。あるのは月明かりだけ。


「で、今回の目標ターゲットは?」


 奏真と同じく立ち上がったアサギ。今回はアサギ経由での依頼ではないので奏真しか知らない。いつもの逆パターン。


 すると奏真は微妙な反応をする。


「話では変わったモノが出るらしい」


 曖昧な言い回しにアサギは「?」を頭に浮かべる。勉強道具を片付けながら耳を傾けていた雪音も同じような反応をした。


 奏真の言葉に一番最初にアサギが思い付いたのはひとつ。


「変わった?………幽霊みたいな?」


 実態のないゴーストを想像する。


「その辺は知らないが群れらしい」


 その可能性は普通に考えて極めて低いが奏真は否定しない。

 それすらも分からない奏真はただひとつ知っている事をアサギに伝える。


「それは厄介だな。今回は霧谷にも手伝ってもらった方がいいな」


「私……ですか?あまり自信ありませんが」


 まさか急に戦闘に参加する話が出て雪音は下を向く。足手まといのあの時を思い出してしまった。

 

「気にしなくていいぞ。その辺は………まぁ奏真が何とかしてくれるさ、なぁ奏真?」


 アサギは気にやむ雪音をフォローしようとするが言葉が思い浮かばず、全て奏真へ丸投げする。


「なぁじゃねぇ。結局全部俺に丸投げじゃねぇか、ふざけやがって」


 適当な事を口にするアサギに対し奏真は額に青筋を浮かべる。

 そんな二人の様子を見て雪音は少し落ち着くがその結果、聞きなれない微かな音が聞こえた。


「あの…………」


 不審に思った雪音はすぐに奏真とアサギに報告。アサギを睨み付けている奏真の裾を引っ張った。


「どうした?」


 振り返る奏真は雪音の不思議そうな表情が目に止まる。


「何か聞こえませんか。地鳴り?のような音が………」




「………参ったな。相当な数だ」


 雪音が聞いた地鳴りのようは音はモンスターの群れが急接近する足音だった。既に村近隣にまで押し寄せて来ていた。


 土煙で確認は出来ないが相当の数を推測する奏真。予想外の数に音をあげた。


 村と森の境目付近まで来た三人は横並びにその光景を目の当たりにした。


「どうする?一度に相手するのは難しそうだぞこれ。一旦退くか?」


 部が悪いと踏んだアサギは一度撤退の意見を述べる。

 奏真も同じくそうしたいところだったが今回はそうもいかない。


「村と群れはすぐそこだしな……………どうにかしよう。アサギ、時間を稼いでくれ」


 滞在と報酬の両方を引き換えに引き受けた依頼。欲張りな取引に応じてくれたこの村は何としても奏真は無事で済ませたかった。


 多少の無茶を承知でアサギに頼む。


「了解。ただどれくらい耐えるかは保証しかねるぞ?」


 快く、文句も言わずに引き受けるが限界はある。その事を念頭にアサギは引き受けた。


「……ああ」


 地面に片手を付けて、魔法を発動させる。アサギの手の周囲には冷気が漂い始める。

 そこからはあっという間。

 何もない地面から氷が突き出て、それがどんどん広がっていく。


 アサギの氷魔法は村全体を囲むように二メートル弱の壁を生成した。


 今はその接近するモンスターが一方向だが他方向からも来ることを考慮してアサギは村を囲む。


「………ひとまずこれで多少時間は稼げるかな?」


 魔法の発動を終えたアサギに更に指示がどぶ。


「モンスターの特徴、行動とか見えるか?」


 片目を閉じ、開くもう片目は親指と人差し指で丸く輪を作って出来た指眼鏡でモンスターの方向を覗く。


「…………形状はまんま猪。押し寄せる数は推定二十。大きさは一メートルから一・五メートル程。今のところは一方向から魔法は使わず突進してきている。壁に不用意に突っ込まず今は止まって様子を見ている」


 アサギの除いていた目にはその全てが見えていた。


「…………なるほど」


 考えるようにして奏真は両目を閉じ、その場で腕を組んだ。頭のなかで作戦を組み立てていく。


「この様子だとまだ余裕あるぞ?今のうちに手分けして各個撃破にするか?」


 未だに動きを見せない猪型のモンスターにアサギは思い付いた一番早い方法を意見するが、やはりこういうことは奏真の方が一枚上手のようだ。


 奏真は目を開くと、いつも以上に自信ありげに言い切った。


「…………いや、いい。敵を一網打尽にする手がある」

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